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カリスマ指揮者、スクリャービン第五番『プロメテウス』を振る!

 今更言うまでもないが、カリスマ指揮者大振拓人は日本を代表する指揮者であるだけでなく、来世紀には二十一世紀最大の偉人と呼ばれるであろう天才である。大振がいかに天才でクラシック界に革命を起こしまくっているかは今更ここで記す必要はなかろう。大振の情報など簡単に手に入れられるからだ。クラシックになるで興味のない、それどころかクラシックを理解できる知性のないあなたでさえ、テレビやネットで昔の西城秀樹によく似た甘いマスクをした二十代の背の高い男がフォルテシモと叫んで跪きながら指揮棒を振る姿を何度も観ただろう。彼を嫌う人々はやっかみからかよく大振を広告代理店の客寄せパンダ。そのアポロンのような美麗なルックスで政財界の奥様連中をトロめかし、果てしなく公金チューチューしまくる詐欺師と罵る。しかしどんなに謂れのない中傷を受けようが、大振が天才であり滅亡寸前のクラシック界の救世主である事は地球人どころか宇宙人さえ認める事実なのだ。

 そんな大振の元にまたもやビッグプロジェクトが飛びこんできた。大振に仕事を持ちかけて来たのは彼と腐れ縁のあるプロモーターである。

「毎日毎日熱いですねぇ〜マエストロ。今回の依頼はですねぇ、そんな夏の夜を盛り上げようと日本最大の広告代理店が企画したアートイベントなんですよ。あのぉ~、今の時期ってロックフェスが日本各地で行われているじゃないですか。ああいうものをアートと音楽でやろうというのが今回のイベントの趣旨でして。あ、あの……マエストロ。ご興味はおありですか?」

「下らん!この俺がそんなものに興味なんぞ持つわけがないだろう!なんでこの天才大振拓人がロックフェスなんて人間以下の猿どもが集まるものの真似事のイベントなんぞに出なければならんのだ!さっさと出て失せろ!」

「はは……やっぱり断られると思ってました。だけどマエストロ、最後まで聞いてくださいよ。このイベントは広告代理店が言うにはマエストロが想像するような音楽のいろはもしらないガキ向けのものじゃなくて非常に芸術的なイベントなんですよ。なんでも世界的にも有名な美術家や音楽家が参加するそうです。あの、マエストロはスクリャービンって作曲家知ってます?」

 ふんぞり返って話を聞いていた大振はクラシックの興行に関わっていながらその実クラシックを全く知らないこの下種プロモーターからスクリャービンの名を聞いて驚いた。スクリャービンとはラフマニノフと同世代のロシアの作曲家であるが、ドビュッシーやシェーンベルクと共に二十世紀音楽の先駆者と呼ばれる人物である。しかし大振はこのスクリャービンをあまり高く評価せず、その楽曲を作曲家のルックスごと貶していた。意余って力足らず。巨人ワーグナーを気取ったただの小猿。誇大妄想以外何も残さなかった小猿。一生の間天才の俺が演奏するに値しない駄曲しか書かなかった能無しの小猿。と、まぁ酷い言い方で彼はスクリャービンを批判しまくったのであった。だがその一方で彼はスクリャービンが実現しようとしていた構想については尋常ならざる興味を示していた。聴覚と視覚を融合した『色光ピアノ』や、聴覚だけでなく五感全体に訴えるものを創造しようとした『神秘劇』の構想などにはかなり刺激され自らの芸術との共通点さえ見出していた。大振は常々スクリャービンの曲を、作曲家が実現し得なかった色光ピアノや、神秘劇のアイデアを自分流にブラッシュアップして演奏すれば、スクリャービンの酷いオリジナル曲を真の名曲に押し上げる事が出来るのではないかと考えていた。大振は今のプロモーターの言葉を聞いてそのことを思い出したのだった。

「貴様、誰に向かって言っているのだ!俺は偉大なる天才の大振拓人だぞ!スクリャービン如き小物作曲家でも当たり前のように知っているわ!で、その小物のスクリャービンがなんだというのだ?」

 スクリャービンの何を演奏するのか知りたい大振はまずこう尋ねてプロモーターに探りを入れた。恐らく俺の考えは合っているはず。プロモーターはきっと俺の予測した答えを言うだろう。

「さっすがマエストロ。何でもご存知で。私なんかスクリャービンって名前聞いてもスクリューネジのことしか思い浮かびませんでしたよ、ゲヘヘ。で、今日依頼しに来たアートフェスの詳細を話しますとね。主催者によるとこのイベントはさっき話したロックフェスのような形でアートとクラシックを融合を掲げたものらしいんですよ。主催者はそのアートとクラシックのフェスで誰の曲を演奏したら考えに考えてスクリャービンの交響曲『プロメテウス』に決めたそうなんです。この曲は私は全く知らないんですが、元々は鍵盤叩くと光るピアノを使った曲だったみたいなんですよ。結局諸事情で普通のピアノとオーケストラの曲になってしまいましたが、その曲を元々の構想で演奏したらサイケデリックってな感じでアートと音楽好きの若い連中にもバカウケするんじゃないかって主催者は言っていました。となれば若者にスクリャービンのサイケデリックな曲の魅力をアピールできる指揮者はもうたった一人しかいない!それはマエストロ、あなたです!」

 予測通りの答えだった。ビンゴ中のビンゴであった。体が自然と疼いてくる。大振は思わず前にのめりなって承諾の言葉が口から出かかったが、しかし天才指揮者のプライドが寸前でそれを止めた。大振は我に返り再び反り返ってプロモーターに言った。

「実にくだらん代物だ!何がサイケデリックだ!サイゲームだかなんだか知らんが珍奇な用語を使うのはやめろ!どうせアートと言ったってダヴィンチやミケランジェロなど名前すら記されていない、現代芸術のゴミ溜めしか展示されていない代物だろう。まぁスクリャービン如きにはふさわしい舞台かも知れんが、この天才の大振拓人がわざわざ出る必要はあるまい。しか……」

「あっ、やっぱりご出演なさらないんですね。じゃ、他の人当たりますから……」

「おいちょっと待て!人の話を最後まで聞かんか!この大振拓人はそのバカの集まりに出るにはあまりにも芸術的すぎるが、しかし出てやらんこともないって事を言いたいのだ!」

「なんだ、結局出たいんですね。そうならそうと最初からおっしゃればよかったのに」

「貴様という男は!人に世話になっておきながらいつもいつも無礼を働きおって!いいか!今すぐここにその主催者とアートフェスとやらの運営の連中を企画構成演出に至るまですべて呼んで来い!この天才指揮者大振拓人様が貴様らのプロメテウスにご興味をお持ちだからとっとと参上しろと言え!」

 主催者一同は大振拓人という最上客の呼び出しに一時間も経たないうちに参上した。みんな普段の仕事をほっぽりだして大振の元まで来た。主催者たちは緊張の面持ちで大振の前に整列した。その光景はある意味荘厳であった。日本を代表する広告会社やイベント会社の連中と、現在最先端を行くクリエイターが揃ってわずか二十代の大振拓人に向かって恭しく頭を下げているのである。広告代理店の幹部は大振の前に丁寧に資料を開いて説明を始めた。

「大振さん、今回我々が主催するイベントはアートと音楽の融合した野外イベントでありまして、この手のアートフェスでは今までのアートイベントではありえないぐらい規模の大きいものです。世界でも有名な現代アーティストや現在最も先鋭的な音楽家が沢山このアートフェスに参加してくれます。我々はその巨大イベントのメインに大振さん指揮のスクリャービンの交響曲第五番『プロメテウス』を据えたいと考えています。我々はこの曲を上演するにあたってスクリャービンの構想を出来るだけ忠実に再現したいと考えています。そのために是非大振さんのお力が必要なのです。大振さんご承諾いただけないでしょうか?大振さんからご承諾いただけないとこのイベント自体が潰れてしまいます。だからなにとぞよろしくお願いします!」

 大振は主催者の言葉を聞いてふむふむと頷き何度も足を組みなおしながら聞いた。そしてすべて聞き終わった後、組み外していた足を高く上げてまた組みなおしてからこう言った。

「よかろう、あなた方のスクリャービンに対する熱意はわかった。だがこちらにも引き受けるにあたって条件がある。スクリャービンの構想を丸々再現するというあなた方の企画は大変素晴らしいものだが、しかしそれは骨とう品を愛でるようなもので、この現代にあえてそんなものを忠実に再現する必要があるのかと僕は思うのだ。僕は正直に言ってスクリャービンの構想は立派なものではあるが決定的に古く、そのまま再現してもとても現代の聴衆を満足させるものにはなりえないと思っている。それにスクリャービンの曲自体が僕からすれば栄養失調の小猿のように貧相で彼の壮大な構想には全くふさわしくないものだ。だから僕が彼の構想とついでに曲もブラッシュアップして現代の聴衆の鑑賞するに堪えるものに仕上げようと思う。それを全て飲んでくれるのなら僕はスクリャービンの指揮を引き受けよう」

「ああ!それでよろしければ喜んで!名実ともに天才指揮者でありクラシック界の救世主と呼ばれている大振さんならばきっと素晴らしいものになるでしょう!アイデアはすべて今ここにいる今回のアートフェスの総合演出を担当するアートディレクターの浦路保呂美氏にご提案ください。彼は国際的に注目されているアートディレクターなんですが、実は昔ピアニストを目指していたことがありまして、クラシックには結構詳しいんですよ。まぁNHKかどっかのホールでのコンテストで大失敗をやらかしてピアニストになれなかったそうなんですが……」

 休みを知らぬ男。かつて流行った某栄養ドリンクのCMの如く24時間戦う大振はすぐさま端っこにいた浦路保呂美に自分のアイデアを語った。まず彼は色光ピアノの光が会場の隅々まで見えるよう要望した。そしてプロメテウスの神話の物語をこれも会場の隅々まで見えるように光で表現してほしいと付け加えた。浦路保呂美は大振の要望にわかったと答え三日後にはアイデアを提示できるだろうと答えた。大振はこの元ピアニスト志望で多少音楽のわかるらしき男を信用してスクリャービンの演出を託したのだった。


 だがその信用は完全に裏切られた。三日後、浦路保呂美は企画書を持って大振の事務所に現れたが、その企画書に書かれた内容は大振が望んだものとは似ても似つかなかったのである。浦路保呂美は現代はスクリャービンの時代に比べてテクノロジーが発達しているからプロジェクトマッピングやドローンを駆使すれば容易に彼のアイデアを実現できる。例えば色光ピアノにしてもプロジェクトマッピング等やドローンを使用すればピアノの鍵盤だけでなくステージ全体、いや会場そのものを光で染めることが出来ると説明した。大振は保呂美のこのアイデアを聞くなり激高し浦路保呂美を怒鳴りつけた。

「な~にがプロジェクションマッピングとかドローンがおすすめだ!貴様はクラシックを何だと思っているのか!かつてピアニストを目指していた人間がこんなものしか発想出来んのか!俺は常々ピアニストなんぞ曲芸師以下だと思っていたが、やっぱりそうだったか!いいか!芸術のわからぬお前にクラシックとはどういうものか簡潔に説明してやる!クラシックとはあらゆる芸術で最も偉大なものなのだ!本物が本物の本物を奏で本物がわかる本物が本物に感動して本物の涙を流すのがクラシックなのだ!故にすべてが本物でなければならぬ!それをプロジェクトマッピングだのドローンで胡麻化したものなぞ五感も何も一感さえ訴えることが出来んわ!そもそも貴様はプロメテウスの神話についどれぐらい調べたのだ?」

 この大振の詰問にアートディレクターの浦路保呂美は汗をかきながら一応Wikiで調べたと答えた。それを聞いて大振は怒髪天を突いてくしゃくしゃの挑発を思いっきり逆立ててさっきよりも一層激しく浦路保呂美を怒鳴りつけた。

「このバカものが!貴様よくそれで芸術家などと自称していられるな!偉大なる神プロメテウスを知るにはギリシャ神話を原語で読むことは勿論、プロメテウスを題材にした文学や美術を片っ端から漁らなきゃならんのだぞ!いいか今から霊長類以下の貴様にたっぷりプロメテウスについて教示してくれるわ!耳をフォルテシモなまでに開いてよく聞け!」

 天才にして超インテリである大振は浦路保呂美に対して即席の大学教授となりバカ生徒の浦路保呂美に対して徹底的にプロメテウスを叩き込んだ。その二時間超に渡る講義を終えた大振は浦路保呂美に対して熱意を込めてこう語った。

「つまり俺は人類に炎をもたらしたプロメテウスをその炎で表現したいのだ!ステージにはピアノの和音に合わせてさまざまな色の炎が立ち上らせるのだ。そして肝心なのは次だ。会場を全て照らすほどの眩しい極彩色の炎で夜空にプロメテウスの奇跡を再現して欲しいのだ。いいか!決してしょぼいCGやらAIやらドローンなぞ使うでないぞ!俺がこのプロメテウスで成し遂げたいのはギリシャ古代の神話の復活なのだ。オリンポス 十二神を全員召喚し、真の古代の祭典を再現するのだ!ああ!俺には見えるぞ!炎を持ちしプロメテウスがゼウスたちに向かって人類を讃えるのが!ああ!俺はプロメテウスになり変わってゼウスに言ってやるとも!指揮棒を突き出して人類の勝利を讃えてやるとも!」

 浦路保呂美は大振の憑かれたような話に最後までどうにか耐えた。彼は頭の中で大振の話を何度も咀嚼してなんとか纏めようとした。そうしてしばらく考えて口を開いた。

「大振さん、火ってあの火を使ってプロメテウスの神話を表現しろってことですか?」

「その火に決まっているだろ!他に火って言ったら何があるんだ!ああ天地を彩る極彩色の火炎。その火炎を纏ってこの天才大振拓人が新たなプロメテウスとなって人類に芸術という新たな火を授けるのだ!プロメテウスも実力不足のスクリャービンなんぞより俺を自らの後継者と認めてくれるだろう!俺は芸術を世界に伝えるためだったら喜んで鎖に繋がれよう!ああ!演奏するのが待ちきれぬ!これは新しき文明の幕開けなのだ!」

 大振の熱狂的な語りを半日以上聞かされていた浦路保呂美は流石にうんざりしてきた。大振の言いたいことがさっき延々と聞かされた講義も含めて意味不明で混乱しまくった。

「大振さん、プロメテウスの炎の件ご教示ありがとうございます。ですが大振さんの話は高尚すぎて私の理解がとても及びません。もっと私の頭でも咀嚼できるようにもう少しわかりやすくご教示いただけたらと……」

「貴様がこれほどのバカだとは思わなかった!貴様本当にピアニストを志したことがあるのか?はたまたピアニストという人種は貴様のような小猿並みの知性でもなれるものなのか?俺がこれだけ教えても何一つ理解できぬとは!いいか!そのアホの頭をパックリ開いてその猿並みの脳で直接俺の言葉を聞け!俺が今回のプロメテウスでやりたいのは古代の祝祭の復活だ!俺はスクリャービンの曲で会場に集まった聴衆にプロメテウスの奇跡を体験させてやりたいのだ!プロメテウスの火は人間に途方もない可能性を与えた!それは漆黒の闇を炎で照らし人類に文明を与え、そして極彩色の世界を作り出したのだ!ああ!俺は今回のプロメテウスでその人類の文明の誕生を祝したいのだ!そのためには夜空を極彩色に染め上げるには黒魔術めいた錬金術の如く火に薬を注いで、暗き地上をすべて鳳凰の如く極彩色に染め上げねばならぬ!天上の夜空のカンバスに刹那の炎で輝いては消えるプロメテウスの肉体を照らさねばならぬ!そして最後にはこの人類の文明の奇跡である天才大振拓人の姿を一層激しく照らさねばならぬ!夜の天地に輝く輝く極彩色の火は古きものを全て焼き尽くし新しいもののみを救い出すだろう!その新しきものを導くのがこの新時代のプロメテウスたるこの大振拓人なのだ!」

 浦路保呂美は大振の話を聞いてこの誇大妄想狂の指揮者が構想しているプロメテウス像がようやく掴めたような気がした。確かにそれだったらこのフェスに見栄えがする。たしかに準備の手間はかかるがフェスを締めるにはピッタリのビッグイベントだ。

「大振さんあなたの今の言葉でやっとプロメテウスの全体像が掴めました。すぐにあなたのご構想通りに企画を修正してからまたここに来ます。期待していて下さい!今度は絶対に失望させませんから!」

 そう言って浦路保呂美は大振に深くお辞儀をして立ち去った。そして三日後彼は再び大振の元に現れた。大振は浦路保呂美から企画書を受け取り目を皿のようにして凝視した。ああ!何という事だ。このプロメテウスは自分の構想通りのものではないか!夜の闇のステージの周りを極彩色の炎が舞い上がりそれが巨大な滝となって落ちてゆく。夜空にはプロメテウスの軌跡が極彩色の炎で描かれる。極彩色の炎の一瞬のスライドでプロメテウスの苦難が次々と現れては消えていくのだ。そのプロメテウスの後に煌めくのはプロメテウスの作曲家スクリャービンと、そして一際輝く超新星は二十一世紀のプロメテウスたる天才大振拓人である。浦路保呂美は一心不乱に企画書を読んでいる大振を戦々恐々として眺めた。企画書を手にしている大振の手のひらの血管がピクっと動くたびに心臓が震えた。その時大振が突然顔を上げた。

「貴様はなんて素晴らしい企画書を作り上げて来たのだ。これは俺の望んでいたプロメテウスそのままではないか!俺は実は貴様の中に芸術家がいるのを感じていたのだ。いくら曲芸師にも劣るピアニスト崩れとはいえ一時期は神聖なる我がクラシック界に属していた男。やはり貴様は他のバカアーティストとやらと全く違う本物であった」

「だけど大振さん、この企画は本物の炎を使うのでリハーサルができないんですよ。だからぶっつけ本番になってしまいます。その事をご了承ください」

「うむ、わかった。それに関しては問題ない。プロメテウスの演出はすべて貴様に託した」

「あと、差し出がましいですが、一つお尋ねしたい事がありまして。よろしいですか?」

「なんだ。言ってみろ。遠慮などするな」

「スクリャービンのプロメテウスは交響曲と名付けられていますが、実際はピアノ協奏曲みたいなものです。で、そのピアノを弾く方は……」

 浦路保呂美がここまで言った時大振は突然けたたましく笑い出した。

「なに?もしかして貴様、プロメテウスのピアノを弾きたいのか?」

「いえいえとんでもない!私はヒビの入った骨董品にさえなれなかったものでして冗談でもそんな事口が裂けても言えませんよ。ただもし決まっていないのなら参加者の音楽家の中にスクリャービン好きのジャズピアニストがいるんです。彼女は大振さんと同じく芸大出身でクラシックを学んでいて卒論もスクリャービンだったそうで……」

「ハッハッハ!この天才大振拓人にジャズピアニストなどという下賎なものの力は不要。そう心配するでない。いいか楽しみに待っていろ。俺のプロメテウスは途方もないものになるだろう」

 大振は腕を広げて立ち上がってこう宣言した。その自信満々の態度をみて浦路保呂美は自分の中に燻っていた微かな懸念などどうでもいい事に思えてきた。大丈夫さ、俺は大振の言う通りにやっているだけだから。


 さて大振拓人コンサート恒例の記者会見である。何度も書くが大振のコンサートは記者会見から始まる。記者会見の席で存分に自己アピールする事が彼のコンサートの前奏曲なのた。今回はアートフェス絡みだという事で芸術家や音楽家など他の参加者も会見の席に上がっていたが、大振はその参加者たちを完全に無視して一人今回のプロメテウスの演奏について一人で捲し立てていた。一応他の参加者にもたまに質問が振られる事はあったが、彼らの大半はメディア慣れしていないため皆言葉は少なかった。こうして結局質問は大振に集中し、いつの間にか大振の単独記者会見みたいになってしまったのであった。しかしある記者が大振に質問を発した時、ある参加者に皆の注目が集まった。記者が大振にこんな質問をしたからである。

「大振さん、今回指揮されるスクリャービンの交響曲第五番プロメテウスですが、ピアノを担当される方はどなたなのでしょうか?もしかしたらそこにおられるジャズピアニストの山中さくらさんですか?彼女はスクリャービンの研究家でもあるからきっと」

 この記者の本気なのかウケ狙いなのかわからない質問を聞いて大振は名の呼ばれた山中さくらというピアニストの方を振り向いて軽く一礼しそして記者たちの方に向き直って答えた。

「君たち、ゲスな詮索はやめたまえ。彼女が変な期待を抱いたらどうする。僕は音楽家であって芸能人ではない。下手にスキャンダルに巻き込むのはやめてくれないか。まぁ、こんな風に黙っていると今のように何を言われるか分かったものでないからここで全て話そう。今回のプロメテウスは、この天才大振拓人が指揮と、そしてピアノを演奏する!」

 この大振の発言に会見場に衝撃が走った。指揮者の大振がピアノも担当するって?確かに弾き振りする指揮者はよくいるが今まで大振はステージでピアノを弾いた事はないし、しかも演奏する曲はスクリャービンの超難曲であり、しかもオーケストラだけでなくコーラスパートもあるのだ。一体まともに演奏できるのだろうか!ジャズピアニストの山中さくらもこの同窓の後輩にあたる男の大胆な発言に驚いて目を剥いた。大振は驚きの目で自分を見つめる者たちを見て不敵に笑った。そして彼は続けてこう宣言したのであった。

「僕はこのプロメテウスで人類の第二の夜明けをもたらすでしょう!僕はスクリャービンが成し遂げられるはずもなかった奇跡を彼の構想より遥かに壮大に成し遂げて見せますよ!コンサートの夜、あなた方は暗闇の天地を照らす偉大な極彩色の炎の光を浴びるでしょう!それは五感を超えてあなた方を人類の未来へと誘うでしょう!その時を楽しみに待っていてください!」


 そしてとうとうアートフェスが始まったのだった。しかし大半の大振ファンはアーティスや他に参加していたミュージシャンなぞに興味はなかった。彼女たちはいつもの大振のコンサートの時と変わらず、正装でフェスの開催地である湖のほとりへ乗り込んだのだった。この開催地である湖一帯は昔からロックフェスとかでよく使われている場所でクラシックなどお呼びでない所だ。だから大振ファンは浮きまくっていた。

 このアートフェスの参加者はそれぞれの分野で活躍しているアーティストたちを集めていた。だからそのアーティストのファンも当然このイベントにやってくる。彼らのようなアートファンは基本的にスカした奴らばかりである。という事は激しいまでに熱狂的な大振ファンとは最も相性の悪い連中だ。大振ファンとアートファンは会場への駅ですでに争いを起こしていた。スカしたアートファンはスカした格好でスカした事を抜かして大振とそのファンを女子供向けのスカさなさマックスな連中とバカにした。大振ファンは当然このスカした悪口に激怒した。大振ファンはフランス革命を起こした民衆よりも熱い。いつもは限りなく自分ファーストな連中だが、愛する大振と自分たちをバカにされたらたちまちのうちに団結して敵をギロチン送りにするまで絶対に戦いをやめない。今も駅前で一人のアートファンがギロチン送りにされかけていた。ああ!今ギロチン台に乗っているのはアートファンのマリー・アントワネット。彼女はわざと足を踏んだ大振ファンに「ごめん遊ばせ」と詫びを入れる。だが大振ファンは許さない。死んで拓人に詫びろ詫びろと歌舞伎役者のように迫る。だが他のアートファンはそんか彼女をスカした表情でスカして見捨ててさっさと会場へと向かってしまったのであった。

 フェスのグッズ売り場でも双方のファンは揉めた。スカした格好をしたアートファンは大振のブースがまるでスカさないアイドルグッズの売り場みたいだとスカし笑った。大振ファンはこのスカし笑いに大激怒してアート関係や他のミュージシャンのブースを破壊し始めた。大振を崇拝する彼女たちの思いは革命と限りなく共振していた。無惨に地面に散らばったスカしたアートグッズはスカしたアート王朝のなれの果てである。

 このアートフェスはいくつかのエリアから構成されており、至る所に置かれたオブジェの間を進むとギャラリーやパフォーマンススペースやライブスペースがある。アートファンはそれぞれ自分の好きなエリアで芸術や音楽を楽しんでいたが、大振ファンはそんなものに目もくれず、このクソ暑い中、夜にコンサートが開催される湖の水辺の広場に集まってずっと地蔵のように大振りの登場を待っていた。彼女たちは近くで他のアーティストや音楽家がパフォーマンスしているのに耳をつんざくほどの大音量で大振のベートーヴェンの運命を鳴らし、運命の中での大振のフォルテシモの叫びに陶酔し切っていた。当然パフォーマンスをやっているスカしたアーティストやそのスカした観客たちと揉めたが、だがスカしっきりで争いごとからすぐに逃げるアートファンと闘争どころか殺人も辞さない大振ファンとでは勝負になるはずはなかった。

 そんな喧騒の中、自家用ジェットでフォルテシモタクト・オーケストラの団員を引き連れて会場入りした。大振は自らの指示で設計させた自分と団員用の豪華なプレハブの楽屋に荷物などを置くと、そのまま団員と共に自ら出演するアートフェスがどんなもの視察するために会場内を歩き回ったのだった。最初に大振は夜に自分がコンサートを行う湖のほとりへと向かい自分の音源をガンガン鳴らして熱狂的にフォルテシモぉ~!と叫んでいる自らの崇拝者を見て満足し切った。彼は崇拝者に声をかけたかったが、彼女たちがあまりにも自分の音源に夢中になっているのを見て、邪魔をしてはいけないと思って静かにその場を去った。次に大振はアートファンどもに二十一世紀最大の天才である自分をアピールしようと指揮棒片手にフォルテシモタクト・オーケストラを引き連れて堂々と闊歩したが、しかし会場の人間はその大振とオーケストラの燕尾服の異様な出で立ちをみてもスカシた顔で彼らを素通りしたのであった。大振はこの予想外の無視っぷりに唖然とし、団員たちに「天才指揮者大振拓人さまのおな~りぃ~!」と自分の名前を連呼させたが、それでもみな彼をスカした顔でガン無視した。

 だがそのせいで大振は何事にも煩わされることなくアートフェスの出し物を隈なく見て回る事ができたのだ。大振はただのゴミの集積場と特に何も期待せずに展示作品やらアートパフォーマンスやら、それに自分と同じ音楽家を名乗っている連中の演奏を一通り見て回ったのだが、彼はそれらの出し物の予想以上の酷さに唖然とし憤慨した。天才の俺がこんなゴミ溜めどもと一緒に並べられるなんて我慢ならんと思わず持っていた指揮棒を折りそうになったぐらいである。特に酷かったのが、自分と同じ芸大出身だというあの山中さくらが夕方に行ったライブであった。この女は芸大出身のくせに破廉恥にも「フリー・セックス」というタイトルの音楽以下の代物でPCの壊れたようなノイズをバックにしてピアノの鍵盤を激しく殴打していたのだ。大振はこのピアノいぢめに激怒した。なんたるいぢめっこぶりか。これがクラシックを学んだものが行うことか!大振はこの不快な雑音と公開処刑のようなピアノいぢめに耐えきれず、悍ましさに耳を抑えて逃げ出した。

 アートフェスの視察を終えた大振はプレハブハウスに帰ると後からついてきたタクトオーケストラの団員を並べてフォルテシモなまでの訓示を垂れた。

「いいか!貴様らよく聞け!貴様らも見ただろう!あの芸術と称したゴミ溜めを!俺は正直に言ってこのアートフェスとやらのゴミの中にも多少マシなものがあるのではないかと期待したのだ。だがここにあるのは産業廃棄物以下の代物だけだった!全くアートフェスと称していながら芸術のゲさえもないとは!俺はこの有様を見て決意した!今夜この湖一帯を俺のプロメテウスの極彩色に輝く業火でフォルテシモなまでにこの湖ごと燃やし尽くしてやる!この俺が身をもって芸術とはなんたるかを会場のバカどもに知らしめてやる!だから貴様らも死ぬ気で、いや全生命をマイナスになるまで使い切って演奏しろ!後のことなど気にするな。貴様らの代わりなどいくらでもいる!」

 この大振の激烈な訓示を聞いてフォルテシモタクト・オーケストラの面々は震えあがった。彼らは自分たちのマエストロが有言実行の人間であることを知っていた。やると言ったらやる。どんなことでもやるという男であることを知っていた。芸術のためなら何人でも人を殺せる男であることを知っていた。団員は皆心の中で家族への別れを告げ、遺書を作成し始めた。


 さて昼間からずっとコンサート会場を占拠し、他のスカしたアーティストたちに多大なる迷惑をかけていた大振ファンであるが、彼女たちは地蔵のように大振をステージの付近やその後ろの湖の畔に設置されている光を全く反射しない大きな黒いコンテナみたいなものが至る所に置かれているのがずっと気になっていた。きっとあれは拓人がコンサートで使うものに違いないと思うけど、果たしてあの黒いものは何に使うのか。彼女たちはその光を全く反射しない黒い物体に黒魔術めいた禍々しいものを感じて背筋が寒くなった。ああ!拓人はどんな恐ろしいことをしでかすのかしら。でもどんなことがあっても私たちは大丈夫。だって拓人のためなら命だって捧げるつもりなんですもの。拓人だったらむしろ望んで黒魔術にかけられたいわ。

 この昼間から置かれている黒い物体の噂はじきに会場内に広まった。スカしたアートファンは最初は大振の出し物だしどうせ中身はくだらないものとスカし笑っていたが、やっぱりその禍々しさは無視できるものではなく、会場を占拠する大振ファンに隠れてこっそり黒い物体を見に行った。彼らの中にもクラシックに精通しているものはいて当然大振が演奏するスクリャービンのプロメテウスも知っていた。早すぎたマルチメディアの先駆者スクリャービンの最後の大曲プロメテウス。このアートフェスのトリを飾る曲を指揮するのが彼らが女子供向けのバカフォルテシモ指揮者の大振拓人だと知ってスカしたアートファンたちはズッコケた。スクリャービンを演奏できる人間ならいくらでもいるだろうにやっぱり広告会社が絡むとろくなことはないとため息をついた。だがこの会場の至る所に置かれた禍々しい黒い物体を見てひょっとして自分たちの予想よりもずっといいものになるかもしれないと思い直した。大振は記者会見で極彩色の炎で人類を未来に導くとかスクリャービンが言いそうな誇大妄想狂的な発言をしていた。大振はそれをこの黒い物体で実現しようとしているのだろうか。

 アートファンたちはコンサート会場に忽然と現れた黒い物体についてこんな風に妄想を逞しくし、今までお呼びでないとバカにしていた大振のプロメテウスにいつの間にか期待するようになっていった。


 黒い物体に反応したのはアートファンだけではなかった。当のアーティストたちでさえも大振のコンサート会場に置かれた黒い物体について口々に語っていた。その中のスカし放題のアーティストが大振のプレハブハウスの近くにいた浦路保呂美を捕まえた。

「ねえ、ホロビン。大振のコンサートの演出ってホロビンがやるんだよね?」

「いや……ちょっと関わってるだけだよ」

「ホロビン、アンタ前にプロメテウスの演出やるって言ってたじゃん。まさか大振に追い出されたわけ?」

「いや、違うよ。自分から手を引いたんだ。マエストロの構想があまりにも壮大で自分にはついていけないと思ったからね。確かに企画書は作ったし、演出もうちの事務所の人間が関わっているけど俺自身は完全に手を引いてるよ。クレジットだって演出:大振拓人だしね。俺は監修のクレジットからも外してもらった。やっぱり大して働いてもいないのにクレジットに載るわけにはいかないよ。勿論手伝いはするよ。でもそれはあくまでサポートとしてだけ。まぁ、いずれにせよ。今回のプロメテウスは話題になると思うよ。マエストロは凄い人だからね」

「なんだよホロビン、その奥にものが挟まったような言い方は!アンタやっぱり大振に追い出されたんだろ?俺とアンタの仲じゃないか。思いっきりぶっちゃけてみろよ」

「いや、含みもクソもなくて俺は事実をそのまま言ってるだけだよ。変に誤解すんなよ。とにかくプロメテウス観れば俺の言ってることがわかるから興味があったら観に行って確かめてこいよ」

「なんか釈然としないなぁ。演出の素人の大振がホロビンを超えられる演出なんて出来るわけないと思うけどな。アンタがそんなに言うなら一度観に行ってやるよ」


 大振のプロメテウスの開演時間が近づいてくると大振ファン以外も続々と会場に入ってきた。メインイベントを楽しみにしていた一般客やスポンサー枠の招待客。コンサートなんて観る気はなかったが噂でプロメテウスの演出が凄いことになるかもしれないと聞いてやってきたアートファン。そしてアーティストたちも会場に現れた。

 その中にはジャズピアニストの山中さくらもいた。彼女はスクリャービンの研究家でもあったがそのスクリャービンの代表曲交響曲第五番『プロメテウス』を芸大の後輩でもある大振が振ると聞いてあまりの無茶苦茶ぶりに憤りを覚えた。自分の愛する作曲家スクリャービンの代表作をよりにもよってあのミーハー向けのバカフォルテシモ指揮者に振らせるなんて、いくら広告代理店のプッシュがあるからといっても流石にこれは酷すぎると。

 この彼女の憤りはあの記者会見で一層高まった。大振の自分を果てしなく見下した自惚れ極まりない態度。そして指揮に加えてピアノも演奏すると言ったスクリャービンの超難曲を完全に舐め切った発言。こんなクズみたいな人間が自分が諦めたクラシックの栄光の全てを享受しているなんて。

 悔しさのノイズマシーンとピアノの連打。スタッフから大振が自分のライブから逃げ出したと聞いた時、彼女は本物の音楽を見せつけてやったぞと誇らしい気分になった。しかしその後スカし仲間のアーティストから大振のステージとその後方の湖の船の上に置かれた怪しげな黒いコンテナの事を聞いて愕然となった。まさか大振は本気でスクリャービンがプロメテウスで行わんとしていた事を実現しようしているのではないか。大振の記者会見での極彩色の炎で人類を未来に導くなどという大言壮語な発言。ステージの至る所に置かれた黒コンテナ。もし自分があのままクラシックの道を歩んでいればできたかもしれない事を大振はやろうとしているのかもしれない。あんなクズのコンサートなんて見たってどうせ幻滅するだけでしょと自分に言い聞かせても、見たい思いがそれを上回ってしまう。

 山中は暗闇に覆われた大振のコンサートエリアを見て鳥の囁きが聞こえたような気がした。法悦と神秘の和音。闇夜に響く鳥たちの睦声。しかしその闇の戯れは天から降りてきた極彩色の炎によって照らされる。彼女は突如現れた幻に恍惚となる。ひょっとしたら大振はこんな奇跡を見せてくれるかもしれない。このあまりにスクリャービンじみた暗闇を見るとどうしてもそんな事を思わずにはいられない。


 夜のプロメテウスの会場は明かりさえささぬ暗闇に満ちていた。前半分を占める大振ファンは巫女のようにフォルテシモと呪文のように唱えひたすら大振の登場を待っていた。その後ろにいた他の客はこの異様な雰囲気に恐れすら抱いた。古代の儀式に遭遇した文明人の驚きを追体験したような気分。暗闇の中、プロメテウスを迎え入れんとする儀式の準備は着々と進む。突然ステージに着いた明かり、黒きコンテナは開けられ、そこから黒魔術の道具が取り出される。筒状のものと、球状の悍ましき代物。それらのものから漂う夏の夜に奇妙なほど馴染む異臭。闇を照らす極彩色の炎の儀式が今始まる。

 ステージは再び暗闇に覆われた。先ほどまでフォルテシモの呪文を唱えていた大振ファンも口を閉じ今は無言でプロメテウスの火をもたらす救世主大振拓人の降臨を待っている。会場にいた全ての人々は皆一心にプロメテウスの儀式が始まるのを待っていた。

 その時会場の左右の道からから火のついた棒を持った四人の女たちが駆けてきた。白き衣装を身に纏った彼女たちはステージの四方に備え付けられていた燭台に向かいそして火をつける。すると四方の燭台から火がステージの四隅に流れ込みステージ全体を明るく照らし出した。観客はステージを見て一斉に叫びを上げた。なんと指揮者の大振拓人とフォルテシモタクトオーケストラの面々がすでにステージに立っていたのである。この驚愕の演出には誰もがびっくりした。ステージの炎に照らされる大振とフォルテシモタクトオーケストラは客に向かって深く頭を下げそれぞれの場所に着席した。大振は指揮棒を手に自ら弾くベヒシュタインのピアノに着席すると顔を上げて「フォルテシモぉ〜!」と初っ端からフォルテシモの絶叫をした。それと同時に指揮棒を思いっきり振り下ろしオーケストラが官能的な音を奏で始めた。そのオーケストラが鳴りだしたのと同時にステージから一斉に炎が吹き出した。この場にいたすべての人間がこの出だしに驚愕した。これがあのフォルテシモバカのミーハー指揮者大振のコンサートなのだろうか。あまりにも素晴らしすぎる。皆がこの奇跡を記憶に刻みつけようと目と耳をステージに集中させた。大振は我がオーケストラの甘美な音に恍惚としながらピアノに手をかけた。そして髪を振り乱しながら鍵盤を叩いた。それと同時に轟音とともに天地を極彩色の炎がプロメテウスの奇跡を照らし出した。

 ひゅ~、ドドーン。パラパラ。パパーン!

 大振の演奏は確かに見事としか言いようのないものだった。どんな大振アンチもこの大振の神をも超える演奏には感服せざるを得ないものであった。指揮もピアノも完璧にこなす大振には一流の指揮者やピアニストでさえ相手にならないものであった。だがその神をも超える演奏も気の毒な事にこの「たまやぁ~!」と掛け声を挙げたくなる雰囲気には全く相応しくなかった。ステージには極彩色の花火がシュワ―ッと吹き出し、空には火のついた棒を持ったにこやかなオジサンの顔や長髪の男だか女だかよくわからない顔の花火が打ち上げられ、もうさっきまでの怪しげなものはなんだったのかといううちわと浴衣が似合う雰囲気が出来上がってしまった。人々はこのたまやと呼びかけたい雰囲気とステージで必死で神演奏をする大振とオーケストラを見比べていささか哀れみを込めてこう呟いた。

「演奏はいいんだけどさ、なんか違うんだよなぁ~!」

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