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モノクローム
田舎から出てきて三年。ようやく東京にも慣れた。最初は不安だったけど、慣れてみたら全然平気。夢はシティポップシンガー。一応自作の曲で歌っている。まだ拙いシンガーソング、でもいずれ花は咲くよ。シティポップが好きになったのは勿論KIYOSHI YAMAKAWAが好きになったから。高校の時たまたまYouTubeで聴いたアドヴェンチャー・ナイト。そのシルキーなサウンドとソウルフルなヴォイスにたちまちに夢中になった。東京に来た頃にCDを買ったけど、でもやっぱりアナログ盤の魅力には叶わない。レコードの擦り切れる音から聞こえてくる夜のアドヴェンチャー。汗水たらして働いて買った50万のレコードが無限に心を満たしてゆく。
田舎者でも美人だからかライブの後にいろんな男の人に声をかけられる。俺についてくればプロになれるよ。君のファンだよ。ウチのクラブにゲスト出演しない?おめでたいほど嘘だってバレバレの誘い文句。でも全部ノ―サンキュー。私にはKIYOSHI YAMAKAWAがいるからって言い残して可憐に立ち去るの。でも、世界はモノクローム。どんなにKIYOSHI YAMAKAWAに逢いたくてもあの人はもういない。どんなに声を張り上げて歌ってもモノクローム。KIYOSHI YAMAKAWAのいない世界はこんなにもモノクロで淋しい。
私の心をカラフルにするにはやっぱりKIYOSHI YAMAKAWAしかいないんだ。ヲタ的な妄想。そんな事はわかっているよ。でも一度逢いたいんだ。だって私をシティポップに目覚めさせて人なんだから。まぁ、今の彼がおじいちゃんだって事はわかっているんだけどね。
私の歌は宙を舞ってあなたには届かない。KIYOSHI YAMAKAWAが日本を去って三十年。聞く所によるとKIYOSHI YAMAKAWAは『アドヴェンチャー・ナイト』が嫌いだったらしい。理由はスタッフが勝手に音をいぢくったからだって。私はそんな話を聞くと切なくなる。あんないいアルバムを本人が嫌いだなんて悲しいよ。モノクローム。あなたがいない世界はこんなにも色がないんだよ。
今日も歌ってる。レパートリーは自作の曲メインに時々客のオヤジ好みの歌謡曲。だけど最後にはやっぱりアドヴェンチャー・ナイトなんだ。この曲を歌っている時だけ世界がかすかに色づいてくるような気がする。ほら、私の声が聴こえる?いまあなたの曲を歌っているんだよ。
その時現れた太ったおじいちゃん。太い金のネックレスしていきなりこう言ってきた。
「下手な曲だな、全然なってねえじゃねえか!俺の曲ぐらいもっとまともに歌えよ!」
おじいちゃんの言葉を聞いた衝撃。ギターを奏でる指が電気ショックを受けたように止まる。まさか、KIYOSHI YAMAKAWA?初恋よりもずっと素敵な出会いをくれたあの人なの?確かにおじいちゃんになって太っているけどよくみるとやっぱり面影あるよ。KIYOSHI YAMAKAWA、KIYOSHI YAMAKAWA
あなたはKIYOSHI YAMAKAWAなの?
「もしかして……」
「おう俺がそのKIYOSHI YAMAKAWAだ。お前の歌は全然なっちゃいねえ。曲も歌詞も歌の節回しも無茶苦茶じゃねえか」
えっ、ちゃんとレコードの歌詞通りに歌ってるんだけど違うの。だけど考えたんだ。レコードの歌詞はKIYOSHI YAMAKAWAが歌いたかったものじゃなかったんだって。
「お前の歌は拳がなってねえ。ったくソウル好きのパクホンギさんが泣くぜ」
「じゃあ、歌ってみてくださいよ。あなたはKIYOSHI YAMAKAWAなんでしょ。だったら今すぐ歌ってよ、あのアドヴェンチャー・ナイトを」
「ちっ、とんでもないメスガキと関わっちまったもんだな。じゃあお望み通り歌ってやるよ。これが本物のアヴァンチュー・ナイトだ!」
アヴァンチュール・ナイト?ああ!本当はそういうタイトルだったんだ。ダメ出しされた腹立ちまぎれに放った嘆願。まさか答えてくれるなんて信じられない。私は他の客なんか放っ散らかしてただ彼だけ見つめている。髪をほどいた私のしぐさに気づいてよ。モノクロームの世界。今ゆっくりと世界はカラーになってゆく。
持っていたラジカセからカセットテープを取りだして出だしまでくるくる回すKIYOSHI YAMAKAWA。マイクを手にしてラジカセのスタートボタンを押す彼。本当の歌を聴かせてよ。私の目を見つめて……
「ああ~♬アヴァンチュール・ナイトぉ~♬わわわわ~♬熱海の夜わぁ~♬」
Z級の伴奏とさらに酷いΩ級の歌が聞こえた瞬間、さっきまであんなにカラフルだった町が再びモノクロームに戻ってしまった。私の瞳はコントラスト100%のモノクローム。ため息でいっぱいよ。
私は完全にブチ切れてこのジジイに向かってこう叫んだ。
「お前誰だよ!」
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