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【物語】叱る桜

「おじさん、どうしてこんなことするの!!!ひどいじゃないか!!!!」

茜色に染まる空と美しい桜の花びらを見ていたら、突然少年に怒られた。少年の短い髪が怒りで膨らんでいるように見える。

私はただ、写真を撮っていただけだ。
写真を撮って何が悪い。

少し腹が立った。
だから私は、少年に向かい合い大人の威厳を見せるため、話しかけた。

「なんだい、君。大人に対して失礼じゃないか。」

私の様子におびえることもなく、少年は一歩私に近づいて言った。

「桜の木は弱いんだ。枝が折れたら枯れてしまう。どうして桜の枝を引っ張るんだ!!この悪党!!!」

私は、はっとして枝から手を離し、木と少年から距離をとった。
確かに、写真に夢中になりすぎてうっかり桜の枝を触っていた。だが、引っ張ってなどいない!

引っ張ってなどいない。あまりに綺麗だから、少し触ってしまっただけだ。それより、君。礼儀がなっていないじゃないか。」

先程引いた一歩をもう一度踏み出す。

少し触ったからといって、なんでこんな子供に怒られなければいけないんだ。

私も少年も向きになって、にらみ合った。


〈両方とも、そこまでにしなさい。〉

突然桜の木の向こうから、凛とした声が響く。

振り向くと、桜の花びらのような女性が立っていた。

女性は、美しい桜色の着物を着ていた。二つ結いにした髪には、桜の髪飾りがついている。目元には赤い臉譜れんぷが一線引かれている。仙人のような不思議な雰囲気を持った女性だった。

女性は、私の方を向いて言った。

〈そこの男性。私も桜を引っ張っている様子をみました。この少年が話しかけるのが遅かったら、枝が折れていたでしょう。あなたは触っただけだと言いましたが、それは本当ですか?本当は、あなたも自分に非があることを理解しているのではないでしょうか。〉

ぐさりと心に刺さった。
そうだ。確かに私は桜の枝をぐいぐいと、引っ張ってしまったかもしれない。

妙齢の女性に鋭い指摘を受け、私は思わず黙った。

その間に、女性は少年の方を向いた。

〈少年。あなたは確かに正しい指摘をしました。しかし、指摘した言葉はどうでしょうか。正しく丁寧な言葉で話をすれば、相手は分かってくれるかもしれませんよ。〉

まだ寒い春の夕方に、桜の香りがふわりと漂う。

私は、少年のほうをちらりと見た。
正しいことをしたはずの少年が怒られてしょんぼりしている。

桜の花びらがはらはらと舞う。

先程少年に対して抱いていた怒りがすっと消えていくのを感じた。
その代わりに、私は胸が苦しくなった。

この子に申し訳ないことをした。

私は、少年に向き直り腰を曲げて頭を下げた。

「申し訳ない。少年、私は夢中になりすぎて桜を引っ張ってしまった。教えてくれてありがとう。むきになって反論して、嫌な思いをさせてしまった。本当に申し訳ない。」

少年も、頭を下げて言った。

「おれもいきなり怒ってごめんなさい。悪党って言って、ごめんなさい。」

私たちは、仲直りの握手をした。夕暮れの強い日差しが私と少年を照らし、黄金色に染め上げた。

「あれ?あの女の人は?」

少年の声に、私は振り向いた。
先程まで立っていたあの女性がいなくなってしまった。

不思議に思いつつ、私と少年は近くのベンチに座って桜について話した。


私は、気づかない。

桜のベンチの端っこに、
そっと置かれた桜の髪飾りに。

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勿忘草(わすれなぐさ)
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