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第16回 「怒り」の話
「怒り」は、誰もが持っている感情です。
人に馬鹿にされて怒りが湧いてきたり、理不尽な現実やルールにイライラしてみたり。
私達は日常的に、色んな事に対して怒っています。
しかし、実はこの「怒り」が、色んな問題を引き起こしているんです。
今日はこの「怒り」についてお話をさせて頂きます。
まず、どういうメカニズムで「怒り」は起こるのか、考えてみたいと思います。
例えば、突然目の前の人に「馬鹿やろう」と怒鳴りかかられたとすると、我々はどういう反応をするでしょうか。
きっと驚いた後で、「なぜなんだ」という思いと共に、怒りが湧いて来ますよね。
この「なぜなんだ」を、「認知的不協和」と言います。
我々人間は無意識に、「この世界とは当然、こういうものだ」という「認知」を持っていて、この「認知」を超えた出来事が起きると、とっても不愉快な気持ちになるんです。
すると、脳はその不快感を解決するために、「怒り」、自分の身を守ろうとします。
これは、動物の時代から持っている、自分の身を守るための本能なんです。
不協和を感じると、脳内物質が分泌されて、体が「ファイトorフライト」という状態になり、戦うか、逃げるか、という準備を始めます。
具体的には身体能力を高めるために血圧を上げ、怪我に備えて筋肉を収縮させ、集中するために思考能力を低下させて、視野を狭め、すぐに動けるようにするんです。
つまり怒りは、「身体能力を高めて危険を乗り越える」という、弱肉強食の世界で生き残るために必要な感情なのです。
しかし、身体能力を上げるには、それなりの代償が必要です。
怒った後って、ぐったりと疲れますよね。
怒りの炎をメラメラと燃やして脳内物質を出すと、脳が貧血状態になって、ダメージを受けるそうです。
また血圧を上げる事で血管に負担がかかったり、筋肉を収縮させるので体に力が入ったりと、怒りを出す度に私達の体にはものすごく負担がかかります。
体の能力を上げるための代償として、強い副作用が出る。つまり怒りの炎を燃え上がらせる事はさながら「毒を飲んでいる」ようなものなんです。
私達の世の中は、動物の時代とは打って変わって、食うか食われるかという状況はあまりありませんので、日常においては「怒ることで得する」よりも、「副作用によって損をする」事のほうが多いのです。
しかし、現代は「ストレス社会」と言われるように、動物時代にはなかったルールや決まり事がどんどん増え、怒りが刺激されやすくなっています。
そのため、日常的にイライラしたり、怒りを覚えたりして、意味もなく体や心にダメージを与えてしまっている。
とても「不自然」な状況にいるということを、覚えておかないといけません。
また、いざ怒りが湧き上がって来た時、現代社会では、中々怒りを外に出せません。
怒ったり、趣味に変換したりして、「発散できる人」はまだましですが、怒りを「内に溜め込んでしまう」事がよくあるんです。
環境によっては毎日のように不協和が起きて、ずっとイライラと怒っている人もいます。
頭の中でずーっと「なぜなんだ」を繰り返して、怒りを燃やし続ける事は、ずっと毒を浴び続けているようなものなので、毎日が苦しくてたまりません。
そのため私たちは、無意識の内に、心の奥底に怒りを押し込んでしまいます。
この怒りが積もり積もると、うつ病をはじめとした精神疾患を発症してしまったり、または様々な体の不調として現れて来る事になります。
つまり、「怒り」を持つことは、本当に損ばかりなんです。
では、どうしたら怒らずに済むのでしょうか。
まずはこちらを御覧ください。
◆◆◆
『君以外の誰も君を傷つけない』
君を嫌っている敵が君に対してする酷い仕打ち、 そんなものは大したことじゃない。
君を憎む人が君に対してする執拗な嫌がらせ、 そんなものは大したことじゃない。
怒りに歪んだ君の心は、 それよりもはるかに酷いダメージを君自身に与えるのだから。
(小池龍之介/超訳 ブッダの言葉)
◆◆◆
まず、私達がしっかりと理解しておかなければならないのは、
人から何を言われたからと言って、それは怒りとは関係ない。
「怒りを始めだしているのは、自分」だと言うことです。
つまり、自分の心のあり方一つで、怒るようにも、怒らないようにも出来るのです。
怒って解決する事と、解決しない事がありますので、怒ったって仕方がない時は、怒りのスイッチを入れないように、怒りの炎を燃え上がらせないように、自分の心をしっかり見張る事が大切です。
もう一つ大切なことは、怒りの起きてくる原因を、きちんと理解するという事です。
イエス・キリストは、「汝、なぜなんだ、なぜなんだと問いかけることなかれ」という言葉を残しているそうです。
とあるお坊さんは、若い頃、怒りの炎を毎日のように燃え上がらせて、結果クタクタになっていたそうです。その頃を振り返って、自分の理屈に合わない事を「なぜなんだ、どうしてなんだ」と、ずっと頭で考えていた、と言います。
つまり嫌なことが起きた時、「なぜなんだ」「どうしてなんだ」と、頭で考えてしまうことが、怒りの原因なんですね。
心理学の「行動療法」というものの一つに、茶道があります。茶道には「お点前」といって、茶室の入り方、お茶の立て方など、行動全部に、細かい決まり事があるんです。
怒りの強い人を茶道教室に連れて行くと、まず「なんで私が茶道なんかしなくてはならないんだ」から始まり、「なんで10回回さなくてはいけないんだ」「なんで間違えたら怒られなくてはいけないんだ」と、何から何まで反発して、「なんで、どうして」となるそうなんです。
それに対して、茶道の先生は一言
「問答無用」と答えるそうです。
そう言われると仕方がないので、なぜなんだをやめて、「とりあえずやってみる」
するとだんだん、怒りが治まって行くそうなんです。
もう一つ、天理教の先生のお話。
とある先生の所に、主婦が相談に来ました。
「どうしてうちの主人は」「どうして私はこんなに不幸なんだ」「どうして…」
そう言って怒る主婦に対してその先生は、
「『はい、にこ、ぽん』で行動したら上手くいく」
と言うんです。
「はい、にこ、ぽん」とは、ごちゃごちゃ考える事をやめて、「はい」と答えて、「にこっ」と微笑んで、「ぽん」と行動すること。
この「はい、にこ、ぽん」で、夫婦の関係が劇的に良くなるそうなんです。
今日のキーワードは、「問答無用」
仏教では「禅即行動」と言って、「考えずに、すぐに行動する事は、すなわち座禅を組んで心を落ち着けているようなものだ」と言うんです。
つまり、「ごちゃごちゃと考える事」が、怒りを生んでいるんです。
もしも怒りそうな状況が起きて来たとしても、「問答無用」で、「はい、にこ、ぽん」と行動するクセをつけること。
これこそが、怒りのループから解き放たれて、楽しく生きていくためのコツなのです。
天理教の教祖、「おやさま」のお言葉に、「山の仙人、里の仙人。里の仙人を目指すのやで」 と言うものがあります。
人里離れた山の中で、座禅を組んで、心の平穏を目指すことも一理あるとは思いますが、私たちは人と人との間に居ながら、心を濁さず明るく楽しく、「里の仙人」として生きる修行をしているのです。
「負の感情がなぜ起きて来るのか」
「起きると心や体にどういった影響が出て来るのか」
「どうしたら対処できるのか」
という事を知り、実践していきましょう。
どんな事が起きて来たとしても、自分の心を見つめて、怒りに振り回される事なく生きられるようになると、心穏やかな毎日が訪れます。
こうして負の感情に振り回されたり、ダメージを受けないようになってくると、心の底に溜まっている負の感情が段々薄まって行きます。
その分毎日は明るく、楽しくなり、心が明るくなると体も本当の意味で健康になって来ます。これが「心が助かった」ということで、おやさまは心が助かることで病気とも縁遠くなる、と教えて下さっているんです。
こうして、明るく楽しく、「里の仙人」として生きる事が、何よりの人助けですね。
イライラしたり、ぐちゃぐちゃ考えそうになった時は、
「問答無用」で、「はい、にこ、ぽん」
これを心がけて通らせてもらいましょう。