【鑑賞記録】広重ブルー 学んだこと3選!
こんにちは。
今日も数ある記事から読んでいただき、ありがとうございます!
先日、太田記念美術館さんで開催中の
企画展「広重ブルー」へ行ってきました!
今回は学芸員さんが解説するスライドトークに参加できたので
そこで学んだこと3選をお届けしたいと思います。
充実度・理解度が格段に違うなと思いましたので
今後予定されている日時にご都合が合う方は、ぜひ参加されてはいかがでしょうか。
基本情報
1830年頃から浮世絵に用いられた《ベロ藍》と呼ばれる青色の絵具。
広重は、《ベロ藍》との出会いから風景画に開眼、風景画家としての評価を得ていくことに。
本展では広重の《ベロ藍》を用いた名作の数々にフォーカスを当て、その魅力を紐解いていくという内容になっています。
《ベロ藍》
1704年、プロイセン王国で偶然発見された顔料。伊藤若冲も使っていた記録もあることから、当時から日本には入ってきていたとのこと。
19世紀に中国で製造されるようになると価格が下がり、手に入れやすく日本でも浮世絵で広く使われるようになった。
《それまでの青》
青花を染み込ませた「青花紙」:退色しやすい
藍の葉から精製した本藍:グラデーションがつけにくい
⇒ベロ藍はどちらも克服できる画期的な存在だった!
【1】ベロ藍が無ければ、葛飾北斎の名作の評価も変わっていたかも?!
「広重ブルー」として表現される《ベロ藍》は、当時の浮世絵界でのトレンドとなり葛飾北斎も作品に取り入れています。かの有名な「神奈川沖浪裏」で印象的なビビットな青にも、ベロ藍が使用されています。
もしこの青が退色しやすい顔料で描かれていたら、、、広く世界的に有名になる未来ではなかったかもしれません。
会場では実際に退色してしまう顔料で描かれていた作品を見ることもできるので、あの名作が退色したら…と思いを馳せ、《ベロ藍》の価値を再認識することができます。
【2】遠い場所の風景画ってどうやって描くの?
風景画家として日本全国さまざまな地域を描いている広重。
今よりも交通の発達していない時代、江戸から離れた場所の風景はどのように描いていたのでしょうか?
別の書物、ガイドブックなどの挿絵、地図、、、等々を参考に書いていたのでは、と考えられているそうです。
前期の展示作品には対馬(長崎)、鳴門海峡(徳島)などの作品もあり、それぞれの制作背景も聞くことができました!
【3】冴えない時代の広重
風景画で評価される前の広重は、当時スタンダードだった美人画・役者絵を制作していたそう。それらの作品も一部展示してありますが、解説に「ダイナミックさに欠ける」「ポーズがかたい」「自分の個性はまだ確立できていない」などの学芸員さんのシビアな評価を知ることができるのもおもしろかったです。
オンラインで作品を見ることもできるそうです!!
浮世絵における《ベロ藍》の価値を知ることができ、また浮世絵の魅力も再認識したとっても素敵な展示会でした。「青」の価値を意識して、いろんな浮世絵を鑑賞したくなりました!
それでは本日はこのへんで!
お読みいただきありがとうございました!
【その他メモや豆知識】
・広重と国芳は同い年
・1853年ころから、画角が横から縦へ
・「名所江戸百景」は人気だったので実際は120点ほどある
・「東都名所 高輪之明月」広重の最初のヒット作。異なる視点で捉える透視図法、遠近法が見事
・「東海道五拾三次 日本橋 朝之景」一文字ぼかし(上端に水平でまっすぐなぼかし)を活用、朝の空を表現
・「東海道五拾三次 見附 天竜川」グラデーションで朝霧の空気感までも表現
・「四季江都名所 夏両国之月」板ぼかし、月と雲の動きを表現
・「木曾海道六拾九次 洗馬」夕暮れを表現
・「六十余州名所図会 対馬 海岸夕晴」虹の表現に輪郭線無し、黒と藍の一文字ぼかしで雨上がりを表現。恐らく現地には行っていない、ガイドブックなどの挿絵や地図を参考にして描いたのでは?
・「雪月花 阿波鳴門之風景」2点透視図法、空気遠近法。「山水奇観」を参考に制作。淡い青や穏やかな空気感に瀬戸内海らしさが出ている
・「名所江戸百景 京橋竹がし」海外の作家に影響を与えた。月の周りの青・水面の淡さなど青が効果的に使われている。舟に乗る人の視線、竹がしの緻密な表現、橋を歩く人が持つ提灯に彫師の名前
・「名所江戸百景 永代橋佃しま」舟に乗っているような感覚の構図、火の水面への反射表現が見事
・「名所江戸百景 深川洲崎十万坪」ダイナミックで斬新な構図(かっこいい!)
・「月に兎」うちわ絵、輪郭線無しでやわらかな表現。画面が小さいのでモチーフ選び・構図にセンスが問われる
・「芝居繁昌之図」初期作品、透視図法が見事、観客のほどよく力が抜けたにも注目
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