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リヒノフスキーが語る、ベートーヴェンの《悲愴》ソナタ

Note上で展開する、架空のラジオ番組《クラシック・エトセトラ》。
この番組では、毎回異なる音楽家がパーソナリティーを務め、
自身のお気に入りの曲と、その曲にまつわるエピソードを語っていきます。
今日の担当は、ヨハン・カール・フォン・リヒノフスキー侯爵さんです。
(お話は史実に基づき構成しています)


こんにちは、ウィーンに暮らしています、リヒノフスキーと言います。

ヨハン・カール・フォン・リヒノフスキー侯爵(1761−1814)


私自身は、まあ、立場もあるから職業として音楽はしないけれど、
音楽は教養として、理論も楽器も長く学んでもきたし、
ウィーンで活躍する一流の音楽家たちと一緒に演奏もするよ。
音楽が大好きで、週に一度は家で音楽会を開催していて、
お抱えの弦楽四重奏団も雇っています。


今日は、僕が今ウィーンでサポートしている若き音楽家、
ベートーヴェンが僕のために書いてくれたピアノ・ソナタ《悲愴》を紹介するよ。

1803年のベートーヴェン(1770−1827)

ベートーヴェンと知り合ったのは、彼がウィーンに来てすぐの頃かな。
すごい才能を持った青年だって紹介されたんだけれど
聞くと、とんでもなく酷いアパートに住んでるっていうから、
我が家に数年、居候させたんだよ。
ベートーヴェンって、癇癪持ちで、扱いにくい奴だけど、
我が家の四重奏団の仲間や、僕の弟とも仲が良くなってね。
妻も弟のように可愛がっているし、
僕たちの家族のように思っているんだよ。

一昨年の1796年も、彼を演奏旅行に連れていったんだ。
人生初めての演奏旅行だって、すごく喜んで感謝されたよ。
最終目的地は、プラハだったんだけれど、
ベルリンやドレスデンなんかも回ってね。
そういえば僕は亡くなったモーツァルトのことも
サポートしていたんだけれど、
ちょうどモーツァルトと僕が7年前に旅したのと同じ行程だ、
なんて話していたかな。


さて、今日紹介するピアノ・ソナタ《悲愴》は、
なんといっても、第2楽章がとても素晴らしいよね。
僕はやっぱり、この楽章からモーツァルトのハ短調K.457
ピアノ・ソナタが聴こえてくるよ。
ベートーヴェンもモーツァルトからは、かなり影響を受けたんだろうね。
内田光子さんの演奏でモーツァルトのハ短調K.457の2楽章を聴いてみて。
この演奏だと4分16秒あたりだね。


けど、ベートーヴェンは「同時代の最も偉大な作曲家はケルビーニ」って言ってるくらい、あの、オペラ作曲家ケルビーニに夢中なんだよ。
だから、ケルビーニが去年発表したオペラ《メデア》の影響が、
確かに聞こえるんだよ。
ベートーヴェンは、この作品の楽譜も買ってよく研究してるしね。
例えば《悲愴》第1楽章のアレグロで何回も出てくる冒頭の主題、
これは《メデア》の第2幕でメデアが激しい怒りに駆られる場面の音楽
にすごく似てるんだよね。
同じモティーフで、ベートーヴェンにとっての怒りや憎しみ、
憤りを現したかったのかな。
実は、第1楽章の第2主題や終楽章のロンド主題も《メデア》の主題にとっても似ているんだよ。

ケルビーニの『メデア』初版のタイトルページ、1797 年。
ベートーヴェンもこの楽譜を所有していた。


それから、ベートーヴェンは、僕が大バッハの楽譜を
大切にコレクションしていることを知っているから、
もしかしたら、僕のためにバッハの音も忍ばせてくれているかなあと思うよ。
ベートーヴェンは今、バッハの作品も熱心に研究してるからね。
特に、バッハの《パルティータ第 2 番》ハ短調(同じハ短調だね)は
《悲愴》といろいろ似ているよ。
シンフォニア楽章のアンダンテの最初の 4 つの音 (G–C–D–E♭) は
悲愴で重要なテーマになっているし。


そうそう《悲愴》っていうタイトルについてはどう思う?
どんな意味なのかなって、よく聞かれるんだ。
《悲愴 Pathétique》って言葉は、
ギリシャ語の「pathos」に由来しているけれど、
ベートーヴェンだけじゃなく、今ウィーンでは、パリに倣って
古代ローマとかギリシャ風のファッションのブームが来ているから
ベートーヴェンも、なんとなーく、
ギリシャ風を意識していると思うんだ。
彼の髪型もティトゥス風だって、みんな言ってるよ。
(チェルニーの言葉を借りれば「頭のあたりで逆立った」)
でも冗談ではなく、
ベートーヴェンは、プラトンとかアナクサゴラス、プルタルコスなんかにも精通しているからね。
ギリシャや古代ローマに関心が高いんだよ。

ティトゥスを意識した?若きベートーヴェン  ©︎夏目ムル


だから《悲愴 Pathétique》って言葉は、
単に悲しみだけではなくて、
もう少し美的な意味で、
高揚した情熱のようなものを意味してる気がしているんだ。

今度、ベートーヴェンに聞いてみないとね。


それでは、ピアノ・ソナタ第8番ハ短調《悲愴》作品13から
第2楽章を聞いてください。
演奏は、クラウディオ・アラウです。


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夏目ムル
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