書評 定食屋 「雑」
少し潔癖で真面目な沙也加。料理も体のことを考え真面目に作る。丁寧に作った料理をビールで流し込むなんて考えられない…そんな性格の彼女は、物語の冒頭、早々と夫から離婚を切り出されてしまう。
彼女の悪意のない正義感に疲れている夫。そんな構図に読者もピリリと身構えながら読み進める。
夫は、週の何日か定食屋で夕食を食べるようになっていた。疲れが取れてほっとするという理由で。
沙也加にはそれが理解できず、夫が家を出た後、その理由を確かめに『定食屋 雑』に行く。そして、面白いことにそこで働くことになるのだ。
はじめは、「醤油」と言う名のすきやきのタレを大量に使う料理に辟易する紗也加だったが、店主との心地よいやりとりに次第に心がほぐれてくる。
第2話は、一転、店主の通称「ぞうさん」であるみさえの視点で話は進む。年老いてきた自分の現在やそれまでの歩んできた道筋が語られる。
第3話は、紗也加と夫の離婚についての話し合いの場面がメインで読んでつらい。けれど、ぞうさんが話を聞いてくれて相談に乗ってくれるのが心強い。こういう年上の親身になってくれる方がいてよかったと、読みながらしみじみ思い、涙が出てきてしまう。なんでもない描写が妙にリアルで心に響くのだ。
この後、4話からエピローグまで美味しそうな料理と共にそれぞれの人物の生き方が描かれる。誰もが経験しそうな日常が綴られるのだが、それがこの物語の魅力だろう。
そして、この一文にはっとした。コロナ禍で人と人との距離感がつかめなくなり、疑心暗鬼になって鬱々としていた時のぞうさんの決意。
これこそが、この本の核ではないかと思う。人との関りで傷つく一方、癒され前を向けるのもやはり人との関りの力なのだと。
食と人との関りの素晴らしさを存分に味わえるこの作品。おすすめです。