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【ある話】「ある疑問」

時々、あるページに行く

アクセス分析のページだ

そのページに繋がるタグが
僕が管理している
今となっては唯一のHPのトップページの
HTMLの中に埋め込まれている

つまり、
そのページで僕のHPへ訪問する人たちのデータが見れる
とは言うものの訪問者のIPアドレスや
その人たちのPCの環境程度のものだ

HPの宣伝はもうしていなくて
以前は何層にもなっていた階層も
トップページのみの一ページになっていて
時々、気まぐれに更新するぐらいだ

HPは一枚の写真とだいぶ前に更新した一編の詩だけが配されていて、
今掲げられている詩に希望はない



彼女はそのHPを今もまだ数日おきに訪問してきている
十二桁の数字はあるプロバイダーを表す数字で
そのプロバイダーの所在地を僕は知っている

彼女が住んでいると言っていた場所だ
少なくともそれだけは本当だったみたいだ

名前も年齢も仕事も
彼女から聞いたことの
どこまでが本当でどこからがそうでないのかは分からなかった

その時の僕はそんなことはどうでもよかった
ツレが「オマエ、そういうの怖いと思わんの?」と聞いてきたのに
「へ?別に身分証明書と付き合うわけじゃないやん
 本人がそう思って欲しくて言ってるんやったら そう思っときゃいいやん」
僕はきょとんとしながら答えて ツレたちを呆れさせた

彼女が僕に示していた彼女自身のデータは
「僕より一つ年上で大阪の南の方に住んでいて
時々海外旅行に行くのが趣味のOL」だった



今はもう閉鎖されてしまったが
当時は大規模な掲示板に僕が書き込んでいた長めの文章に
感想のメールを彼女が送ってきたのが始まりだった

その始まりから二年以上、膨大な量のメールをやり取りした
最初はパソコンで、そして次に携帯で毎日やり取りをした
今となっては何を話していたのかも覚えていないそんなやり取りだった

「逢おうか」という話はちょくちょく出ていたが
僕も慣れない仕事で忙しく
しかも、そのとき
僕は誰かの寂しさに流されるままの逢瀬ばかりを繰り返していたから

結局、初めて逢ったのは
最初のメールから三年が経とうとしていた夏だった




逢う前のやり取りで気になる存在にはなっていた
でなかったら、そんなにメールを送ってなかった
メールでは冗談っぽく「好きだよ」と送っていたけれど

そして、逢ってから彼女の柔らかい雰囲気に接するようになって
本当に「好き」になった
彼女も僕のことを「好き」とは言ってくれた

でも、僕と彼女が「付き合っている」という関係になることはなかった
僕が「付き合おうよ」と言っても
彼女は「ダメ、無理」と頑なに断り続けた

僕は彼女に逢うまでのいくつかの出会いと別れを経て
何らかの形が欲しくなっていた
そういう出会いを繰り返したのは自分だったくせに
身勝手にも「付き合っている」という形を望んだ

彼女はそんな僕の言葉を断りつづけながらも
僕に逢いに来たし、何回も夜を過ごして朝を迎えた
「実は結婚してる子なんかな?」と思ったこともあったが
結構、時間は自由に都合をあわせてくれていたし
当時の僕(今でもそうだが)としては それ以上、疑いようがなかった

逢瀬はそのときかなり忙しかった僕の仕事の合間を縫って、一年ほど続いた



ある夜、彼女と逢っているときに
僕はマトモに歩けないぐらいの激しい痛みに襲われ、
路上の公衆電話から自分で救急車を呼ぶ羽目になった
近寄ってくる救急車に手を振って呼び寄せ
自分で歩いて救急車に乗り込み、担架の上に横たわった
彼女も乗り込んできて もう一つの担架の上に座った

救急隊員は横たわっている僕から症状や僕自身の身元を聞いてから、
彼女に名前を聞いた
彼女は僕を見て戸惑ったような表情をした
僕に聞こえないようにつぶやいた言葉を隊員は書類に書き留めて
「どういう関係ですか?」と彼女に再び聞いた
彼女はさらに戸惑った表情で口ごもった
それを見て僕は隊員に「彼女ですよ」と言った
彼女が僕をじっと見つめていた
救急車がサイレンを鳴らして動き出した

その夜をきっかけに
「逢おうか」という言葉が出る回数は減った
メールは相変わらず毎日やり取りしていたけれども

それでも、数回は逢ったけど
二人過ごしながらも不自然な感じがした

海外である事件が起きて世の中がざわめいている時期に逢ったのが
結局、最後になった



ただ、メールはまだ続いていた

最後に逢ってから大分たったあるとき
彼女が「逢いたい?」と聞いてきた
僕は「逢いたいよ」と返した
彼女は「でも、もう無理なの」と言った
僕は「どうして?」と聞いた

その問いに答えた彼女の言葉に僕はショックを受けた

僕に初めてメールをしてきてから
初めて会うまでの約三年間のメールのやり取りで
彼女は彼女なりの「僕」を作り上げてしまっていた

初めて会った時の僕とのリアルでのやり取りで
微妙な違和感を感じたとのことだった
その違和感が大幅に違っていたらその一回きりで終わっていただろう
でも、あまりにも微妙過ぎて
それをはっきりと認識できないまま
僕と逢うことを繰り返すことになったと言った

そして、回数を重ねていくうちにその微妙なズレに耐えられなくなった
と言った

「●●さんは・・・
 思っていたよりもずっと優しかったし
 思っていたよりもずっと素敵だったし
 思っていたよりもずっと温かかった

 でも・・・
 思っていたよりも少し冷たい人だった」



その言葉から始まった最後のやり取りは
僕がメールをしなくなる形であっけなく終わりを告げた



でも、それから何年も経った今も彼女は僕のHPに足跡を残し続けている
僕がそのHPに掲載した文章の全てを彼女は読んでいるはずだ
そして、滅多に更新することのない現在も彼女は来ている
その12桁の数字の羅列が数日に一回、記録され続けている

どうしてだろう?
彼女は今でも僕の新しい文章が掲載されるのを待っているのだろうか?
結果的に傷つけることしか選べなかった身勝手な僕の言葉を?

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