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【海の底】横須賀に人食いザリガニ襲来!?潜水艦に取り残された子どもたちを救え!
今回は私の読書人生の中でもベスト3に入るお気に入り本「海の底」について語らせてください!私が有川浩(ひろ)にハマった記念すべき1冊でもあります。
SF小説、自衛隊小説としておもしろいのはもちろん、ラブコメとしても見どころがぎっしり詰まっている名作なので、恋愛小説好きにもおすすめ。シリアスと胸キュンの塩梅が絶妙すぎて何度悶絶したことか…!
それではいざ!
ちなみにネタバレしまくりですので、「海の底」未読の人は読んでから戻ってきてくださいね。
物語は、桜まつり真っ最中の横須賀米軍基地に大量のザリガニが襲来するところからはじまります。人間サイズの巨大ザリガニたちは、次々に人々に襲い掛かり生きたまま人間を食い始めました。
その時、ちょうど横須賀基地に停泊していたのが海上自衛隊の潜水艦です。艦に残っていた艦長と実習中の幹部自衛官2名(夏木三尉と冬原三尉)は、ザリガニに追われ取り残されていた子供たち13名を連れて潜水艦に籠城することになりました。
冒頭で早速泣きポイントがあるんですが、艦長は子供たちを助けているうちに潜水艦に戻れなくなり、生きたままザリガニたちに食われてしまうんですよ…!子供たちを艦に収容したあと真っ先に部下を中に入れようとする姿も、自分が中に入ろうとしたらザリガニを引き連れてしまうと即座にハッチを閉める姿も、かっこよすぎて涙が止まりませんでした。
上にいるのがこんなにかっこいい上司なら、部下も命懸けで艦長に応えようとするよ!と上司に恵まれた羨ましさにも涙が出てしまうあたりはブラック企業経験者だからでしょうか。
有川さんの本のすごいところは、正義の味方をヒーローとして描いていないところです。「図書館戦争」(https://amzn.to/4h9KbCP)の図書隊しかり、「塩の街」(https://amzn.to/4h3xQ2R)の入江しかり、きれいごとで正義の味方は務まらないということを真正面から突き付けてきます。
それは「海の底」も同じで、艦長を失った幹部自衛官の夏木は、子供たちを助けたことで艦長が死んでしまった事実が受け入れられず、艦長の代わりに子供たちが死ねばよかったのにというような言葉をぽろっとこぼしてしまいます。その気持ちを一緒に生き残った冬原も否定しません。だって冬原には夏木の気持ちが痛いほどわかるから。
突然の艦長の死に動揺を隠せない夏木と冬原でしたが、一瞬の混乱を乗り越えた後は命懸けで子供たちを守ろうと奮闘します。これが国家公務員のすごいところです。しかも艦に乗ってきた子供たちの中にはとんでもないクソガキが混じっていてですね…!それでも相手は民間人かつ未成年なので、見捨てることはできません。自衛官という仕事は本当に大変だなと思いました。
潜水艦の外ではザリガニが暴れまわり、逃げ遅れた人からどんどん食われていきます。まだ状況がわかっていない段階でのんびりと会話をしていた警備員が食われるシーンでは、未曽有の事態に巻き込まれると、こんなにも突然人生が終わるのかと鳥肌が立ちました。
事態の収拾に駆り出されたのは警察の機動隊でしたが、警察官というのはそもそも人間を相手にした訓練しか受けていないので、装備的にも人員的にも苦戦を強いられます。重症者や殉職者もバンバン出ます。彼ら一人一人にも家族がいて人生があって…などと考えだすと冒頭50ページですでに涙も涸れ果てます。
ぜんそくの子供の薬を取りに戻ったばっかりにザリガニに足を食われてしまう警察官が出てくるんですが、その上司が「子供を案じる母親の気持ちはわかるけど、今の自分は足を失った部下の方を不憫に思ってしまう」と葛藤する描写にも唸らされました。上司はその気持ちを押し隠して母親に薬を届けるのですが、自衛官と同じように警察官だって人間で、より身近な人を大切に思ってしまう気持ちは止められない。でもそれを飲み込んで民間人を優先して助けているんだという描写を何度も何度も突き付けてくるんですよ。
「ベストを尽くした結果死んでも叩く奴がいる。それが自衛隊に勤めるということだ」という話も出てきますが、この言葉のなんと重いことか。これは自衛官だけでなく警察官や消防士、海上保安官なんかも同じなのかな…とも思いました。
そんな非常事態にも関わらず、日本で唯一重火器を装備している自衛隊の出動要請はなかなか出ません。場所が米軍基地だったことや省庁内のメンツの取り合いが原因で、警察は苦戦を強いられ自衛隊は出番を得ることができない状況が長く続くのです。これがまたもどかしくてですね…。
日本政府があまりにもグズグズしているので米軍が横須賀一帯を絨毯爆撃しようとし始めるという展開もあって、やりそう、あの国なら…とも思ってしまいました。そこに民間人が取り残されていようと、それがアメリカ人でなければ問題にすらならないだろうという理屈にはさすがに背筋が凍りましたが。
亡くなった艦長が、生前、海自内では問題児扱いされていた夏木と冬原のことを「有事の人材は平時にはいびつなものです。我々は有事の人材をこそ育てるべきです」とかばっていたことが明かされるシーンがありますが、対ザリガニ戦では有事の人材がこれでもかと活躍します。夏木と冬原はもちろん、警察サイドでは明石と烏丸がそうですよね。日本組織では疎まれがちな人材に光が当たる展開いいな~!と思いながら読んでいました。
潜水艦に取り残された子どもたちの中には1人だけ女の子(名前は望ちゃん)がいて、突然の籠城生活というストレスで予定外の生理が来てしまいます。このシーンを初めて読んだときは、そういう視点からSFを描くか!と膝を打つ思いでした。
クローズドサークルとか、ディストピアものとか、複数の人間がひとつの場所に閉じ込められる展開ってエンタメ世界ではよくあると思うんですが、そこで生理を描くというのは新しいなと。
でもたしかに、そこに女性がいる以上、生理が来てしまう人がいるというのはあり得ることだと思うし、非日常の中で突然生理が来たらどんなに困るのかということが丁寧に描かれているのがすごいなと思いました。
しかも「海の底」で描かれている時代の潜水艦というのは女性が乗ることは想定されていないので、生理用品や女性向けのアイテムは一切ありません。そして潜水艦の中に取り残されているのはその子以外は全員男性なんですよ。なんといういたたまれなさ…。
しかし、夏木も冬原もわからないなりに必死で寄り添おうとしてくれて、「気遣いに厳然と限度があるのがもどかしい。どれだけ親身になろうとしても、超えられない想像の壁がある」と自分を責めさえします。なんて紳士なんでしょうか。
夏木は口が悪すぎて女性にモテないという設定なんですが、不器用ながらもこんな優しさを見せられたら好きになってしまうわーー!!と叫び声が出そうになりました。吊り橋効果があったのは間違いないにせよ、望が夏木に惹かれていったのは必然だなと思ったのです。
しかも、望は深夜に夏木が唯一残った艦長の遺体に手を合わせて泣いているところを見てしまうんですよ。恐いところ、優しいところと立て続けに見せられた後に弱いところまで偶然見てしまったらもう沼落ちまっしぐらでしょう!?ギャップの高低差で転がり始めた恋心も止まれなくなるってもんですよ。
夏木の一番かっこいいところは、女子高生は子供だから恋愛対象にならないと言い切るところです。これがJKに迫られてラッキー!と飛びつくような男だったら幻滅するところでした。子供をちゃんと子供扱いしてくれる年上男性だから安心して憧れられるんですよね。
最後に勇気を出して夏木に連絡先を聞いた望はかっこよかったし、それを断った夏木も私は結構好きです。一旦引いて大人になってから出会い直しにくる望のまっすぐさにも胸を打たれました。とにかく言いたいのは、この2人かわいすぎる…!
潜水艦に取り残された子どもたちの救助活動は、ヘリを使って何度か試みられますが、ザリガニが賢すぎてなかなかうまくいきません。その度に夏木と冬原は艦の外に出て危険な救助補助を行います。ギリギリのところでザリガニをかわしたりやっつけたりするアクションシーンは本当にかっこいいので見どころのひとつです。同じく市中でザリガニと戦い続けている警察官たちの奮闘っぷりも見てやってください。
「海の底」の見どころは、ザリガニ相手のSFアクション、自衛官と女子高生の純愛、そしてもうひとつ、潜水艦の中で起こる子供たちの成長です。
潜水艦に取り残された子ども達は、とある町内会からやってきた子供会のメンバーでした。最年長は高校3年生の望ちゃん、最年少は小学1年生の光くんです。この中に歪な権力を持っている中学生の圭介という男の子がいました。
圭介の母親は町内会の中で強い発言権を持っている人物で、彼女に嫌われると家族全員があの手この手でいじめ抜かれて町から追い出されてしまうという恐ろしい事情があります。そのため、誰もが圭介の母親の機嫌を伺い、我が子にも圭介に逆らわないよう言い含めていました。
そんな圭介が蛇蝎のごとく嫌っているのが望です。これは恋心の裏返しなんですが、好きな人には優しくするというこの世の何よりも大切なルールをママから教えてもらっていない圭介は、エグいくらい望にキツくあたります。不幸なことに、圭介は目の前で望が夏木に惹かれていることに気づけるくらいには聡いんですよ。圭介の望へのあたりはどんどん強くなり、望にもどんどん嫌われていきます。
圭介は同じ年ごろの幼馴染たちにも同じ調子なので、いつも一緒にいるメンバーは友人というよりは取り巻きという感じ。そのうちの1人・茂久がとうとう圭介に反旗を翻します。日常に戻ったら学校でも町内会でもハブられることを覚悟して圭介にNOを突き付けた茂久はかっこよかったです。
圭介の母親は言葉を選ばずに言うとクソババアなんですけど、圭介はそんな母親をみんなに頼りにされている自慢のお母さんだと思っていました。家庭内の歪さというのは中にいる人間にはなかなか気づけないものです。
しかし、圭介は夏木や冬原と長い時間を過ごす中で、歪んでいるのは自分の母親なのでは?と疑うようになります。そして、自分の恋心まで母親に操作されていたことに気づくのです。
いやもう、中学生のうちに気づけてよかった!!!!
このまま圭介が母親の洗脳を受け続けて大人になっていたらと思うとゾッとします。艦を降りた圭介は徐々に母親に反抗するようになり、大学に入る頃には望に謝れるようにもなりました。それが私は嬉しくて嬉しくて…。自力で母親のコントロールに気づけたのも偉かったし、そこから脱しようと努力したのも偉かったです。私は、「海の底」の裏主人公はこの圭介なんじゃないかと思っています。
ザリガニに散々苦しめられた警察でしたが、指揮権を自衛隊に移した瞬間、事態は一気に動きます。自衛隊に指揮権を移すまでが大変で、お偉いさんたちのメンツとかパワーバランスのために現場の人間が命懸けで茶番を演じなければいけないという状況には眩暈がしましたが、これもまたリアルです…。
そして子供たちも無事に家に帰り、夏木と冬原の仕事もおしまい!やっと帰れるね!と思いきや、まさかのそのままザリガニ退治に出航となりました。なんてハードなんだ自衛隊は…!まさに休む暇もなくですよ。
こんなにかっこいい夏木と冬原でさえ、自衛隊のなかでは新米のひよっこだったというオチで話は終わります。いや、終われないよね!?夏木と望の恋は結局どうなるの!?と思った皆さん、安心してください。夏木と望の恋の行方、読めます。なんなら冬原の奥さんとの馴れ初めも読めます。
どこで読めるかというと、「クジラの彼」という短編集で読めます。
「クジラの彼」は自衛官の恋を描いた有川浩(ひろ)の短編集なんですが、ここに入っている「クジラの彼」が冬原の恋の話、「有能な彼女」が夏木と望のその後の話です。これは「海の底」ファンは必読の書なので絶対に絶対に読んでください。
「クジラの彼」を初めて読んだときは、「冬原ってあの大変な時にしれっと大恋愛してたの?!」とついツッコミが出ました。しかも夏木にも隠れて(?)黙って(?)しっかり本命を捕まえているあたりがもう!
子供たちの家族に電話をかけさせている間、本当は冬原も彼女に連絡したかっただろうなと思いました。そして、夏木が深夜に一人で艦長を偲んで泣いていたように、冬原も艦長を思って泣きたい夜があったんだなとも思いました。
二人で泣くわけじゃないのが夏木と冬原の絶妙な距離感を表していて好きです。お互いの恋愛の話も基本しないんですよ。事後報告だけ。仲のいい同僚であろうと弱みになりそうな部分は見せないところが男性っぽいなと思いました。
ちなみに「空の中」(https://amzn.to/3BLCq5P)の後日談も入っているので、個人的には「海の底」「空の中」を読んでから「クジラの彼」を読むのがベストかなと思います。
今回はマイベストSF「海の底」について語り尽くしました!ラブコメ好きにもSF好きにもおすすめしたい名作です。未読の人はぜひ一読を!既読の人はぜひ再読を!