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教えるより導くーーより、自分の言葉にして自分の行動を咀嚼する

 ちかちかしている街灯にイライラを覚えながら、夜目のきかない自分の目にも苛立ちを感じる。

 大きくため息をつきながら、冷静を装って大きく息を吸う。しかし、近くに誰がいるわけでもなく、私は誰のためにそんな見栄を張っているのかもわからず虚しくなる。

 とりあえず早く家に戻って、ビールを飲みたい。

 私はそれだけを胸に、早足になる。と、ふいに憲史の顔が浮かんで、きっと今日は先に帰っているだろう、という考えが頭によぎり、いくぶんか気持ちも晴れやかになった。

「おかえり」

 玄関を開けると、憲史のやわらかな声が聞こえる。

 私はぱぱっと、最低限のことを済ませてさっさとシャワーを浴び、居間に行くと、ちょうどできあがったばかりの夕食がテーブルに運ばれているところだった。

 毎度のことながら、エプロン姿の憲史がなんとも言えず似合っているもので、笑いそうになる。

 私はすっかり気持ちを取り直していることに気がついて、軽くなった心で席に落ちついた。

「最近遅いよね。何かあったの?」

 食事を始めてから少しして、憲史がそんなことを聞いてきた。私はビールをひと口飲むと、残り半分となったグラスを置いて、軽くなった分跳ね上がった心を取り出して、

「なかなか、思うようにいかなくてね」

 ことの顛末を話してみた。

 最近は新人の世話で忙しい。この新人がなかなか厄介なもので、教えたことがほとんど入っていかず、勝手に自分で判断してどんどん悪い方向にいってしまうのだ。

 彼はもちろん、きっとやる気はあるのだろう。ただ、未熟ゆえに思いこみ、それが正しいと信じこんでしまう。それがかえって、判断を誤らせ、他の人にまで影響を与えてしまっている。

 というのが、私の見解であった。

 ぐちぐち 言葉が つらつら 出てくる私にやさしげな眼差しを向けながら、うんうん、と聞いてくれる憲史の姿を見ていると、それだけでほっとする。

「それは大変だね。でも、ゆみちゃん」

 憲史は、あぁ、でも、って言うのは本当はよくないんだけれど、ついついね。と言葉を挟む。

「もしかしたら、教え方にも問題があるかもしれない」

 その言葉に、わずかではあるが、かちんとくる。

「私が悪いって言うの?」

 はいはい怒らない、と、にこにこしている憲史を見ていると、本当に怒れなくなるから不思議だ。

 おほん、とわざとらしく咳を吐き

「彼だって、何らかしら考えがあるから行動しているわけで、何も考えていないわけではないでしょう? ただ、その方向性や熟慮などなど、まだまだ未熟なわけだ。それはゆみちゃんも言っていたけれど」

 静かに聞いてみる。

「きっと今はその方向性などを変えられるように助言していると思う。けれど、それだけで変えるのはたぶん難しい。誰だって、自分の考えを実現したいと思うからね」

 それはたしかに、と過去の自分を振り返る。

「まずは変えるべきは相手ではなく、自分なんだ。相手を変えることは容易ではないけれど、自分を変えるのは自分でできるんだ」

 そこで疑問が湧いてくる。

「自分を変えたって、相手も変わらなきゃ意味ないでしょ?」

 それもそうだね。だから、

「相手ができないのではなく、教え方がなっていないのかもしれない、と自分を変えるんだ。教え方が変われば、相手だってその影響を受けて変わることができる。まずは、そこからだ」

 私は再び黙る。

「教え方、っていうのはつまり、こちらの意見を一方的に伝えるのではなく、相手が何を思い、考えているのかを踏まえながら、道を示すことなんだ。あくまで、主役は自分。自分で漕ぎ出せるように、補助をする。それが必要なんだよ」

 また頭に疑問が湧く。けれど、今回は大人しく聞いてみる。

「たぶん、経験的にゆみちゃんなら、こうしたらこうなる、っていうのが想像できるけれど、新人はそうもいかない。だから、経験してもらうのもひとつなんだ。ただ、そのときのフォローは大事だし、そのときに相手を責めてはいけない」

 それだと、と思いながら、口にはせず我慢する。

「ゆみちゃんも、すべて誰かの言う通りにしてはこなかったでしょう? 自分で考え、実行する。それは大事なことなんだ。それを実現するための、フォロー。彼が何を思い、何に不安を感じているのかを聞き取り、導き手になる。教える、というよりは、導く。それが、必要なんだ」

 私には理想論にしか聞こえない憲史の言葉は、一理は思わせても実行できる気はしなかった。

「まあ、言うほど、ぼくもできていないし、これが正しいのかどうかもわからない。けれど、少しでもよい方向へ、そう考えながら日々意識しているよ」

 ただ、とりあえず彼の話しをもっと聞いて、サポートする。少しずつでも、できる範囲でも、それは取り組んでみよう、とは思った。

「……ありがとう」

 私は小さく言うと、憲史はやわらかな笑みを持って

「こちらこそ、ぼくの拙い話しを聞いてくれてありがとう。……こうして自分で言葉にしてみて、これまで何となくうすぼやけていた考えが整理できた気がするよ、明日から、ぼくもがんばってみる」

 憲史の何食わぬ表情と言葉に思わず苦笑して、先ほどまで感じていたものとは違い、やっぱり大事なことかも、と、すーっと入ってきた。

 そう、自分の言葉で自分の行動を振り返る、こと。

 誰に言われたわけでもなく、自分がそう感じて言葉にし、振り返る。それは、実感として経験が身につくのではないだろうか。

 そして、その時間を大切にできるような環境を作ることはたしかに。私の仕事なのだろう。

 全部が全部ではなく。

 自分にできることをできるかぎり。

 自分で考える。

 それはとても、大切なこと。

 これから必要な、ちから。

 私はビールを持つと、憲史のほうに手を伸ばす。やわらかな、安らぎを感じさせる表情で、私に応えてグラスを合わせてくれる。

 儚げな音が響いて、溶けていく。

 私は残りのビールを飲み干すと、さて片づけますか、と。軽やかな気持ちで、動くことが、できた。

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ふみ
いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。