『殺戮にいたる病』感想
我孫子武丸さんの代表作と言える一冊で、どんでん返しというジャンルの中でも屈指の名作。
この本を知人から勧められた時、「かなりのどんでん返しが起きるから」と、割りかし大きいネタバレを食らったような気持ちになりながら本を開きました。そんな気持ち半分で読み始めたにもかかわらず、わずか三日とかからずに読み終えてしまいました…笑
それくらい引き込まれる内容かつ、脳裏に焼きつくほどの衝撃的なラストで、思い出に残る一冊であったことには間違いないです。
この作品は大変面白い内容で、是非手に取ってもらいたい一冊ではあるのですが、少々、いや、かなりグロテスクな描写があり、読む人を選ぶ作品でもあるのかなと思います。そういった内容が苦手で無い方には心から読んでいただきたいなって思います!私はそもそもミステリーやサスペンス系が好きなので、大きな抵抗もなく読めました!
※下記より一部ネタバレを含んだ内容となります。予めご了承ください。
【あらすじ】
物語は、蒲生稔という男が逮捕されるシーンから始まります。彼は逮捕の際、全く抵抗することなく、あっけなく捕まりました。それどころか微笑を浮かべ、穏やかでさえありました。
そんな彼を、これまでの連続猟奇殺人事件の犯人と結びつけるには、とても容易なことではありませんでした。
【主な登場人物】
・蒲生 稔
本作の主人公。頭脳明晰で人当たりも良く、容姿も整った一見して模範的な男。
しかし本性は、真実の愛を求めて人を殺めるサイコキラー。
・蒲生 雅子
母親。若くして子を授かり出産した。しかし夫婦仲は冷め切っており、今ある彼女の望みは、息子と平穏に暮らすこと。
・樋口 武雄
元刑事。妻を失ったことで、途方に暮れる。
・島木 敏子
樋口の妻が入院していた際の、担当看護師。
妻を亡くし、絶望する樋口を支え続けた。
・島木 かおる
敏子の双子の妹。
【叙述トリック】
叙述トリックとは、著者が読者に向けて仕掛けるトリックのことで、主に時間軸や登場人物の名前、視点などを巧みに操り、読者に強い先入観を持たせる技法です。
例:同姓同名の異なる登場人物 殺害された被害者の中に犯人がいた
事件の起きた時系列をずらす・曖昧にする
【物語の概要】※ネタバレ注意
本作品では、蒲生稔、蒲生雅子、樋口武雄の3人の視点で物語が進んでいきます。この”3人視点”が、同時系列で進んでいるかに思わせるための1つ目のトリックになります。こうすることで、時系列を曖昧にし、読者に悟られないようにすることができます。
2つ目のトリックは”家族構成”を使ったトリックです。読者は冒頭から、蒲生家の家族構成を知ることになります。
家族構成は以下の通りです。
父: ? 母: 雅子 息子: 稔 娘: 愛 祖母: ?
読者のほとんどの方が、蒲生稔という男を20代程度の青年で、雅子はその母親であると認識するかと思います。
しかし実際の構成は、
夫: 稔(大学の助教授 43歳) 妻: 雅子 息子: 信一(大学生 20歳) 娘: 愛 母: 容子
冒頭の雅子のパートで、「息子が犯罪者」と疑いを持っていることを示します。のちに稔のパートで、人を初めて殺したシーンが描かれます。この流れから、読者は雅子の息子であると認識します。これで本作品の叙述トリックはほぼ完成です。あとはその誤った認識のまま読み進め、最後の事件の詳細が公開されるシーンで、すべてひっくり返されるというわけです。
【ヒント?違和感のある描写】
1.「稔さん」
母親から、大学へ行かないのかとの呼びかけで、「稔さん」とあるシーンがあります。おそらく読者はこれを、母:雅子から息子:稔への呼びかけだと認識しますが、実際には、母:容子からの呼びかけでした。
また、大学へ行かない理由にしても、「休講で構わない」といったセリフがあります。これは講義を受ける学生のセリフというより、講義をする教授のセリフとした方がしっくりきます。つまりこのシーンで、大学の教授であることが示唆されています。
2.オジサン呼ばわり
加納えりかとのシーンで、稔はオジサンと呼ばれています。いくら加納が稔より年下であったとしても、稔のことを大学生の青年だと思っている読者からしたら、少々違和感を覚えるシーンかと思います。
しかし、加納えりかというキャラ立ちから、大した年齢差でなくても男性をオジサン呼びしてそう感があるため、そこまで気に留めることも無く読み進める方がほとんどかと思います。
3.目撃情報
物語の後半、目撃情報として「中肉中背の30前後の男性」、「30くらいのふけた学生」とあるシーンがあります。何も知らない人が、これを大学生に対しての表現として飲み込むには違和感を感じる表現かと思います。
ただ読者は違います。前述したオジサン呼びの下りといい、”稔はその年齢の割に、老けて見えるのかもしれない”というような刷り込みがなされているかと思います。またこの作品自体、ラストシーンを先に読者に公開し、そこんに至るまでを描いた物語構成となっています。ここまで読み進めている読者の心情としても、違和感よりも読み進めたいという欲が勝り、違和感を抱く事可能性すらないかもしれません。(少なくとも私はそうでした…笑)
【まとめ】
通常、叙述トリックの組み込まれた小説は、また読み直して、認識のすり合わせ・答え合わせをしたいと考えるものかと思います。
(イニシエーション・ラブ等)
しかし、はじめに申し上げましたとおり、本作品は一貫して”グロい”です。性的描写も何度かあるのですが、エロさを感じるよりも先に吐き気がするほどのグロさが勝るほど。これまで猟奇殺人系の小説や映画等触れてきましたし、もちろん叙述トリックものも読んできた私ですが、またこれを読みたいかと問われると考え直すくらいにはキツかったですね…笑
ただ、一度しか読んでいないのにここまでのインパクトが残せる作品はそう無いと感じているのも事実です。グロ描写に抵抗の無い方に限りますが、強くオススメできる作品です!
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