A women strokes the orb
ヴィヴィアン・ウエストウッドというデザイナーズブランドをご存知だろうか
何を今更と思われるかしれないが念のため簡単に説明をしておくと
ロンドンに拠点に置き、パンクファッションの火付け役とされるブランドでありアパレルやアクセサリー、香水など幅広いアイテムを生み出している
オーブと呼ばれる衛星のようなロゴをモチーフとしており誰もが目にしたことがあるだろう
そのヴィヴィアン・ウエストウッドについて、僕は特にファンである訳でもなければ毛嫌いしている訳でもなく、もちろん人生を変える何かしらのきっかけを得た縁がある、ということも無い
しかしヴィヴィアンは時折僕の人生にひょいと顔を出し、当時の何気ない情景を私の脳内にある『記憶ノート』に烙印を押し、以後決して拭えないものにしてきた
動物がマーキングをするように
いやむしろ、そのヴィヴィアンの方が先立ってまち針のようにその位置をマークしており、私がその出来事に追いついたのかもしれない
初めての出会いは中学生の頃だった
それは活字であったのだが、大槻ケンヂ著のある小説を何気無しに買って読んだ時だった
簡単に言えばバンドマンとバンギャについての物語だったのだが、作中でロッキンホースバレリーナという靴が登場した
どのようなものか気になった僕はすぐにネットで検索し、それがヴィヴィアン・ウエストウッドが誇るアイコニック的アイテムであることを知った
ヴィヴィアン・ウエストウッドという艶麗で小粋な字面に一瞬で惹かれた
オーブの神秘的なフォルムはとても印象的に見えた
ヴィヴィアンからパンクロックが好きになり、セックスピストルズを聴き漁った
セックスピストルズというネーミングと、その小説がきっかけとなり、純粋で混沌とした性というものへの興味も沸々と湧いた
そんな時、私には4つ上の兄がいるのだが、その兄がヴィヴィアンのオーブが刻印されたzippoのように綺麗な音の出るハート型のオイルライターを使っていることを知った
兄はファッションに興味がある訳でもなく、特に持ち物にこだわりがある訳でもなかったはずだ
後になって知ったことだが、そのオイルライターは『ある女』の物であるらしかった
どの女か気になったがあえて聞かないことにした
そして数年後、兄が高校を卒業し県外の大学に進学することになり部屋の掃除を手伝うよう頼まれた
ベッドの下の引出しを開けるとそこからヴィヴィアンのオーブが前面のちょうど真ん中に小さく刺繍されたピンク色のTバックが顔を出した
当時まだ性体験が無かった僕はただそのTバック(生で見る初めてのTバック)をじっと見つめた
少しシミのついたピンクのシルク生地のその物体を手に取った刹那、僕の股間は奇妙に疼き、口が自然とわずかに開いた
兄「捨てとけ」
背後からナイフを突き刺すような兄のその言葉にハッとした
僕「誰の?これ」
兄「ある女」
ある女…?
兄はその後何も語らなかったが、オイルライターの本来の保持者である『ある女』のことだろうか?
「お前もいつかどこかで見ることになる」
兄はそのTバックを燃えるゴミ袋に放り投げながら僕にそう言った
これまで多くは口で語らない兄(その代わりにパンチやキック、チョークスリーパーで語られることが多かった)であったため、謎は深まるばかりであった
そして僕はヴィヴィアンのことが気になるようになり、学校の美術の時間に出された『自由に立体的な絵を描く』というお題に対しても奥行きもクソも無い2次元のオーブを描いた
そして財布を買い替えるタイミングがあり、僕はヴィヴィアンの黒い長財布を手にした
大学生になる時にはヴィヴィアンの腕時計を購入し、初めてできた彼女との初めてのお揃いアイテムもヴィヴィアンのネックレスだった
ヴィヴィアン好きとして知られる二階堂ふみのことが好きになり、その二階堂ふみがアナザースカイというテレビ番組でロンドンに行っていた、という理由から必ずロンドンに行こうと決心した
そして大学卒業を機に実行したロンドン旅行の際にもいの一番にヴィヴィアン本店に足を運び、そこで勝ったネクタイは新卒で入社した会社の入社式にも着けた
仕事やプライベートの場でも、ここぞという時には僕はヴィヴィアンの腕時計とネクタイを身に付けるようになった
働き始めてしばらくし、そんなヴィヴィアンのことを考えることが減り、勝手に深く感じていた関わりも希薄になってきた頃ある女性(後に付き合うことになったのだが)と一夜を共にすることがあった
常夜灯の濁った赤いライトが灯る部屋で彼女のスキニージーンズを脱がした時に‘それ’は急に僕の目の前に姿を現した
彼女のパンティの前面にヴィヴィアンの刺繍があったのだ
部屋が薄暗いせいか、そのオーブは一際輝きを発しているように見えた
兄の部屋で出会った時はただ目視することしかできなかった、あのオーブが時を超えてまた僕の前に姿を現したのだ
「お前もいつかどこかで見ることになる」
かつてそう言った兄が、今では世にも奇妙な物語のストーリーテラーとして出てくるタモリに思えてきた
彼女は「どうしたの?」と、急に停止した僕を急かすように言った
「いや、なんでもない。なぜか懐かしくて」と僕は少々緊張しながら言った
「なにが?」
僕はその彼女の問いかけに答えず、そっとオーブを撫でた
そういう風にして、ヴィヴィアン・ウエストウッドは僕の人生に何かしらのメッセージを与えてくれているのではと錯覚するほど、僕はヴィヴィアンが気になるようになった
次に何かの機会に財布やアクセサリーなどを買う際にはヴィヴィアンを選ぼうと考えている
ある一冊の小説との出会いが、人生の何気ない瞬間に色を付ける特別なスパイスを得るきっかけに繋がることがある
僕にとってのスパイスであるヴィヴィアン・ウエストウッドは『ロッキン・ホース・バレリーナ』という小説から授かり受けた
いま考えればバンドマンやバンギャに刺さるような内容だったのだが、当時の僕はこの小説から性とヴィヴィアンというアイコンを受け取った
王道な青春小説であり、読んだ後には何か好きなことにがむしゃらに取り組みたいと思える物語だ
当時の僕はギターを持って無かったため、こっそり兄の部屋にあるギターを手にピックを持たずに弦を鳴らして爪をズタズタにした
そしてテーブルに置いてあった『ある女』の物であるヴィヴィアンのオイルライターのフタを片手で開けたり閉めたりしてその音に酔っていた
まあ酔い過ぎて帰宅した兄の気配に気付かず、またその場で蹴り飛ばされることになったのだが
小説に出てくるヒロイン『七曲町子』は今でも僕の理想の女性として記憶されている
兄の言った『あの女』とはもしかしたら彼女のことかもしれない
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