大藪春彦「戦士の挽歌」〜人生のトンデモ参考書?
大藪春彦氏の小説には高校の時に「野獣死すべし」と「蘇る金狼」を読んで以来いろんな形で影響を受けました。
主人公の超人的なライフスタイルや身体能力・男性的魅力には及びもつかないヘタレでオタクな自分ですが、マニアックかつストイックな興味探求や目的遂行には相当変質はしてますが自分の中にまだまだ息づいているような気がします。
(高校3年間はSFを一時卒業して英米のハードボイルドや冒険小説にハマっていた時期で自分も習作というかパスティーシュみたいな小説書いてましたが、人生経験不足で男女間の機微とかそういう描写が出来なかったのが我ながらイタくもあり微笑ましくもあり…)。
中でも大学生の時に読んだこの「戦士の挽歌」、製薬会社のプロパー(今でいうMR)が医者に飲ませて抱かせて遊ばせての接待をしながら肉体と戦闘能力を超人的に磨き上げて最後に大暴れする、という大薮氏の荒唐無稽とマニアックなディテール追求が見事に合体した作品として大薮作品の中でもトップクラスだと思ってます。
特に主人公のジビエ含む肉と脂肪分満載の自炊には「カロリー過剰!」と呆れつつも自分が自炊するようになった際に何がしかのロールモデルになっていたかもしれません。18禁のシーンも多いですがそちらは描写が具体的すぎ、また銃や自動車などのメカ描写と同じレベルのマニアックさでエロさは逆に感じず非モテ草食男子(死語?)の僕には異世界の出来事のようでした。
そして僕の日本の医療業界に関する知識のベースは、娯楽作品としてトンデモ本レベルのデフォルメ・カリカチュアはあれど、作者が綿密に調べ上げた1980年ごろまでの日本の医療そして製薬業界の実態、というか金銭腐敗構造についての記述です。「ゾロゾロ製品」「トンネル会社」「架空レセプト」「トンビ」といった用語、といえばわかる方もおそらくおられるでしょう。
日本を離れて30年、ビジネスとしての医薬品業界はアメリカのものしか当事者として体験していない僕としては日本のヘルスケア市場を考える上で相当歪んだ世界観ではありますが一種のベンチマークになって(しまった)いました。妙な言い方ですが僕の日本のヘルスケア観は「戦士の挽歌」からの学びと理解を起点とした上方修正により形成された、とも言えます。
上記に加え、主人公の棲家が福生のアメリカンハウスで営業訪問先が国達や調布だったりと舞台が自分が育った三多摩界隈であることもあり、不思議な思い入れのある本作ですが、何がきっかけだったかは忘れましたが今回の日本訪問の際にふと思い立って日本のAmazonで(絶版なので)古本を購入して旅の合間に30何年かぶりに再読しました。
いやあ荒唐無稽というかもはや無茶苦茶な話。アナクロなマチズモ(男性優位思想)が横溢する「男のファンタジー」(内容はご想像にお任せします)には嫌悪感とは言わないまでも辟易したのですが、何度も繰り返されるうちにそのストレートさに麻痺しつつ苦笑するしかありませんでした。そして何よりも当時は理解しきれていなかった医薬品そのもの知識が増えているので、それにに照らし合わせて読めるのでまた一段深い味わいがありました。
こういうのも「原点回帰」なのでしょうか。人生の教科書では決して無いですがさしずめ「参考書」である、そんな本です。
今となってはアナクロどころがポリコレやミソジニー的観点からは完全アウトな小説なので、否定的意見は覚悟ですが、これはこれで僕の自己形成過程におけるいちファクターです。
悪食と言われようと何でも喰らって咀嚼し排出されたか残留したかはともかく何がしかの形で自分の育つ糧になった、人はその気になれば正負にかかわらずどんなものからでも学べる、ということで。