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「絆創膏日記」

もうたくさんの人々が知っていらっしゃると思うけれど、本当に本当にひとつひとつの言葉や思いが深く美しく、尊くて、キラキラと光っている。

作家の東田直樹さんの言葉は率直でシンプルで、でも文章を読んでいるというより、まるで詩の朗読や歌を聞いているようで。

はじめは書店で見かけた、「自閉症の僕が跳びはねる理由」を手にとったこと。その頃、子育てのなかで発達障害にぶち当たり、空回りしながらの試行錯誤のなか、正解も無くゴールも無くて、本を手当たり次第読んだりネットで調べまくったり、色んなところに電話を掛けてうちじゃどうしようもないとつっかえされたり。

自分を責め世の中を恨み家族はバラバラになりそうで、辛くて悲しくてひとりよがりになっていた自分。何を悲しんでいるのかと今は思えるが、東田さんが自閉症を生きていらっしゃるから彼の本を手に取ったことは間違いなく、何かにすがりたかったんだと思う。

それから少しずつ時が過ぎ、子どももゆっくりと成長をして、自分のなかのぐちゃぐちゃがちょっとずつ落ち着きはじめ、もちろんまだまだ揉め事やらはあって。

そんな時図書館でみつけた「絆創膏日記」は、ほんとうにこぼれ落ちるくらいのキラキラがたくさん詰まっていて、思うようにしゃべる事はできないけれど、彼の澄んだフィルターを通して見た世界や人や出来事が、まるで詩の世界のように描かれている。といっても、決して叙情的ではなく日々のことに対して彼の思うことや考えが淡々と表現されているだけだ。雨が降った日のこと、イルカショーを見た時のこと、噂話について、お店での出来事などなど。

「過ぎた日々は美しい。昨日も今日も美しい。そして未来も美しいと僕は信じていたい。」「頬っぺたが神様の体温になった。」(文中より)

彼の才能、豊かな表現力。その素晴らしい内面のいのちが、文章を組み上げるという技巧だけではなく思いそのものとして伝わってきて、たった数行読むだけで、いつだってふぅとひと息もれてしまう。彼が苦しみや喜びのなかに、今という豊さや光をみつけ、現実をしっかりと見つめながらそれでも軽やかに生きていく姿が、今日も私を勇気づけてくれるのだ。

以前買った「自閉症の僕が跳びはねる理由」。その本は日々の中に埋もれて、そのまま本棚に仕舞い込まれ、今も読めないでいる。ゆっくりとこの人生を進みながら、いつかまたページを開きたいと思う。

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