出席簿#33「届けたい、選び抜いた言葉」
【月曜更新】「おしゃべりな出席簿」
11月3日、月曜日。あっという間に今年もあと二か月!しかも11月は文化の日を含んだ三連休から始まるので、行事がてんこ盛りで、わっしょいわっしょい言っている間に過ぎ去ってしまいそう……!なんて、落ち着きなく過ごしているのは私だけかもしれませんが、皆様はこの三連休、いかがお過ごしですか?土曜日の大雨が嘘のように日曜日と月曜日は快晴。地元では中世の武将を模した大名行列が名物のお祭りと、産業祭が連日で行われ、にぎやかな二日間となりました。
さて、月木に更新しているnoteですが、月曜日には拙著『おしゃべりな出席簿』お試し版として、連載当時の作品とそれに寄せて今の思いなどを気ままに綴っています。今回ご紹介するのは、タイからの留学生が来たときのこと。その子が話してくれたタイの昔話が面白くって、そして、生徒たちとの交流が温かくって……書いておきたいな、と思って筆を執った作品でした。お楽しみいただけたら嬉しいです。
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定期的に沸き起こる席替えコール、学食バイキングでの温かい交流、総体出場メンバー選抜前のギスギス感。センター試験前にフェリー欠航の危機!?緊急事態宣言、そのとき島根では……?誰もが懐かしめる学生時代の思い出も、島根ならではエピソードも詰まった一冊です。
「届けたい、選び抜いた言葉」
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「いつも通りの授業をしてください」、そう言われてはいたけれど、なんとなく気になる。昨日までは空席だった場所に、ショートカットの女の子。タイからの留学生が、やってきた。
「昔、男ありけり」、朝からさっそく、古典の授業。身分違いの恋、つかのまの逃避行。でも、あわれ女は鬼に食べられてしまって・・・・・・。という古文作品だ。大丈夫かなあ、不安じゃないかなあ。何がどこまで伝わっているんだろう。
次の戸惑いは、午後の授業でやってきた。パソコン教室で大学・企業訪問前の調べ学習タイム。でも、研修旅行中、留学生はお留守番だ。授業担当者で相談をして、「タイ の こと、しょうかい しましょう。」ゆっくりと彼女に伝えた。
私は、昔のお話が知りたいな。彼女にそう伝えると、しばらく考えて、何かを検索。画面に現れたのは筋骨隆々とした灰緑色の・・・・・・、なにか。これは、いったい。私の困惑が伝わったのか、世界史担当の正担任が助け船を出してきた。「ラーマーヤナのタイ版だね。王子様の活躍を追うお話」「じゃあ、これ、王子様なんですか」
「オニ」突然彼女が口を開いた。え、鬼? 一瞬、古典の授業がよぎる。「そうそう、お姫様が鬼にさらわれるんだよ」二度目の助け船がやってくる。古文と似ててびっくり、「鬼」って言葉、知ってたんだ。タイの王子様は猿をお供に鬼退治に行くらしい。なんだか桃太郎にも似ている。
「もう、気になって集中できない」と、横並びでパソコンを見つめていた生徒が口をとがらせた。でも、耳をふさぐ彼女の横顔は、笑っている。そうだ、クラスのみんながどんなことを知りたいのか聞いてみようよ。彼女に紙を渡すと、「ヤッテ ミマス」。
できあがったのは“タイについて、知りたいことをかいてください。なんでもいいよ!”丸くてやさしい字が連なったアンケート用紙。終礼でプリントを配ると、生徒たちがざわめく。すごいね、とか、何書こう、が教室いっぱいに広がった。
それからの調べ学習、彼女は一生懸命キーボードを叩いている。「困っていること、ない」と投げかけると、笑顔で「大丈夫」。アンケートを見て納得した。「食べ物のこと 教えてください」「にんき の アニメ は」どれも、短くてわかりやすい言葉。ふりがなを振ったり、イラストを添えたり。自分たちの言葉が、彼女に届きますように、丁寧で温かいメッセージが並んでいた。
思いを乗せた言葉が、届くってうれしい。「お返事」が返ってくると、もっとうれしい。私たちは手探りで近づいていく。次は彼女が発信する番だ。1年間の留学生活は、まだ始まったばかり。
(2018/79/26 朝日新聞島根版掲載)
作品に寄せて
高校で国語の教員をしていると、いわゆる「現代文」も「古典」も担当するのですが(科目名はいろいろで、時代によっても学校によっても変わります)、これまでの勤務校では、カリキュラム上「古典」の時間が厚くなりがちでした。古典が大好きなので私はいいのですが、留学生さんが来たときは、現代文以上に、(いつも通り授業をしていいのかな……?)の不安が沸き上がります。言葉も文化も違う国に単身でやってきた留学生さんの日常とは比べ物にならないだろうことは自覚しているのですが、こちらも探り探り、おっかなびっくりな日々になるわけです。
手探りで関係性を結ぼうとしているときの、ふと何かが「伝わった……?」と感じられた喜びって、忘れがたいものがあるんですよね。ましてや私は古典オタクで昔話オタク(笑)授業で話した鬼のことを覚えてのことかどうかはわかりませんが、日本の古典に通じるものがある昔話について、一生懸命伝えようとしてくれた彼女の姿は、今でも鮮やかに思い出せます。元気でやっているのかな……?
鬼の話、なんどか書いています。よろしければこちらもお願いいたします。
読書の秋のおともに、拙著もよろしくお願いいたします。
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