音楽関連書紹介「世界史リブレット 植物と市民の文化」(川島昭夫著 山川出版社)
※インターネットラジオOTTAVAで11/10(金)にご紹介した本の覚書です。
イギリスのガーデニングが、イギリス音楽のみならずイギリスの芸術全般とどう関係があるのかずっと気になっていた。本書では、世界帝国となったイギリスが、海外からの膨大な植物を集めることによって、その生活文化や美学をどう変容させていったかを伝えてくれる。
本書は冒頭から単刀直入に本質に入ってくる。
「イギリスのガーデニングの特徴は、多種多様の植物の形、色、大きさ、それらを巧みに交えて配しながら、空間に一つとして同じもののない変化と複雑さをつくりだすことにあるといってよいだろう。庭をつくる人にも、庭を眺める人にも、わずかな差異や変化を見逃さない眼力を要求するのである」(1ページ)
こんなにも見事な定義があるだろうか。何となくイギリスのガーデニングに憧れている人にも思わず膝を打ちたくなるような明快さである。
さらにはこんな定義も出てくる。
「庭はここでは、一地点に立って見通しを得るものとしてではなく、曲がりくねった小径を回遊しながら、つぎつぎと目前にあらわれる風景の変化を楽しむための装置として設計されている。自然のもつ本来の多様性を、密かに人工的環境に置き換えて配置し、際限のない驚きを演出するのである」(43~44ページ)
植物園にしても図書館にしても、あるいは予約出版にしても、都市生活の基盤となるような舗装道路、街路の照明、そして劇場の整備や建設にしても、イギリスでは、みんなで出資して支えるサブスクリプショナルな制度が根底にあるという話も面白かった。
「その背後には、共同の負担による共同の受益、あるいは全体の向上をめざした公共的精神とも言うべきものがはたらいていたであろう。(中略)いくつもの公共が同心円状に重なりながら、人びとは公共というものを意識し、個人が属する全体の利害をまるで自分個人のものであるかのように痛感しはじめていたのである」(35~36ページ)
19世紀のイギリスでは、中流階級が都市からの脱出を開始して、庭園の附属した郊外の住宅に住み、農村地主の生活様式を模倣し始めた時代でもあったという。この自然回帰の風潮が、ヴォーン・ウィリアムズやフィンジら近代イギリス音楽の隆盛と同期していたことは留意してよいだろう。
イギリスらしさとは何かをガーデニングを通して考える上で、本書はまたとないヒントを与えてくれる。鉢植えや切り花の歴史、ヴィクトリア朝における花や羊歯(シダ)への嗜好の背景への考察も読みごたえがあった。山川出版社の世界史リブレットはどれも面白いが、特に本書は傑作である。
https://www.yamakawa.co.jp/product/34360
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