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aからzまでの頭文字をタイトルにして、短編の小説を連載してます。 不定期配信。
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記事一覧

r : rouge

 人と話すのが苦手だった私は、学生のころから翻訳のアルバイトをしてました。ある程度英語に自信がついたころ、思い切って応募した簡単な通訳のお仕事がきっかけで、大学を卒業してからも私は通訳で生計を立てるようになりました。

 人と話すのが苦手、というよりも自分というものに自信がない私がなぜ、もろに人とのコミュニケーションが必要な通訳のお仕事を選ぶのでしょうか。

 その問の答えは至ってシンプル。このお

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j : joke

「私は神様です」
「どうしたの急に」
「いろいろ頑張って、人を創りました」
「すごい。ありがとうございます」
「けど、あなたのことは冗談で創っちゃったの」
「何それ。めっちゃショック」
「ショックなの?」
「ショックでしょ。私は何のために生きてるのさ」
「案外気が楽かもよ。『失敗したー!! あ、まぁ冗談だしいっか』みたいな」
「『成功した―!! あ、まぁこれも冗談か』ともなるよね。それ」
「じゃぁ

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i : install

「いつものインストールと何も変わらなかったよ。案外あっさりしたもんだな――」
 ヒロトはベッドに寝転びながらつぶやいた。
「便利なのか寂しいのかわからないわね――運命なんてものまでインストールできるようになるなんて」
 ミオリの声が頭に直接響く。脳に組み込まれたICが、音声を直接電気信号に変えて脳に伝える。
「で、いつその"運命の相手"に会いに行くの?」
「ああ。明日さっそく会えるらしい。10時に

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h : human

 パチッ。

 スピーカーから碁石の音が響く。女性の声がそれに続いた。

「白、4の五、コスミ」

 会場に所狭しと並んだ椅子には、これまた所狭しと大勢の記者がひしめいている。会場前方上手のスクリーンには、2人の男が碁盤を挟んで向かい合っている様子が映しだされていた。上手側に座る男は、韓国のトップ棋士――イ氏である。もう片方の男の真横には、デスクトップパソコン用の大きさと変わらないモニターがおいて

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g : gravity

 西暦21XX年。外気圏を超えた宇宙空間に、一つの宇宙船が浮かぶ。地球から約10万キロメートル離れた場所に位置するその宇宙船は、月面旅行のツアー客を乗せ舵を切っていた。

「うーん。無重力ってやっぱり最高よね。文字通りどんな重圧からも解放してくれるわ。人類が地球を飛び出そうと進歩を進めてきた理由ってきっと本能的なものよ。そうに違いない」

 ひとみは船内のフリードームと呼ばれる球状の部屋で、ふわふ

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f : fake

「どうぞよろしくお願いします。あれはうちの美術館で一番の価値を持つ宝石なんです」

 白金美術館の館長である溝口は、落ち着きのない様子で東堂警部に言った。

「ええ。我々も万全の対策をします」

 東堂警部は手元の資料を見る。そのひとつに、犯行予告の書かれた手紙がある。

『8月10日 24時 少女のルージュをいただく 怪盗X』

 犯行予告は怪盗Xからのものだった。『怪盗X』とはなんてベタな名前

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e : exchange

「なーんていうか、一緒にいる時間が退屈になってきたのよねー」

夏海はベットにごろつきながら言った。両手を伸ばして伸びをする。

「はじめはさー、自分にないものを持ってる!って思ったの。私が思いつかなかったこととかビシィッ!と言ってくれるし」

ビシィッという効果音に合わせて突き出した右手人差し指は、力なく腕ごとベットに落ちる。

「けど、最近はそんな風に思えない。なんというか、頭いいのかなんなの

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d : diary

騒がしいアラームの音。

掌を打ち付けるようにアラームの音源を叩く。

ベッドでうつ伏せになっていた園原は頭だけ左に向け、今しがた痛めつけたデジタル時計を見た。

時計には《7/20 Wed 27℃》の字が映しだされている。

(今年3回目の7月20日――、か)

少しそのまま物思いにふけてから、ベッドを出て身支度を整える。

ふと、机の上に置かれた日記帳を見る。手にとって、昨日――体感的には3日

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c : coin

メニューを見ながら京子はかれこれ3分近く悩んでいた。

「抹茶ラテにしようかな…でもこっちのカプチーノでもいいかな…」

「君は抹茶が好きじゃなかったかな?」

微笑みながら、机を挟んで向かいに座る安藤教授が訊く。この喫茶店は席がソファで出来ている。

「大好きですよ。でもせっかくこういう、豆とか淹れ方にこだわってそうなお店に来たら、きちんとコーヒーっぽいもの飲んでみたいじゃないですか」

メニュ

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b : board

ある日、そこに掲示板が立っていた。

ただの駅までの通り道。道としての違和感はそこにはない。

けれども、いつもの日常という時間軸を入れて考えると、そこに違和感が生まれる。

円いベンチがくるくるまわる遊具のある公園の前。

通称くるくる公園と呼ばれるその入り口に、掲示板が立っていた。

こんなものがあっただろうか。

見るととても見事な緑である。こういう色を深緑って言うのかしら。

こんなに派手

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