教習所ラブストーリー
僕は ある年上の女性に恋をしてしまった。
決して実らない恋なのに、それでも僕はその恋を追い続けた。
これは、そんな1人の男の恋愛記録である。
高校を卒業後は就職の道へ進んだ。
周りがキャンパスライフを送る姿を羨ましく思う日々だった。
私生活にこれといった楽しみがない。
休みの日にも、僕は休むことを許されなかった。
その理由は、就職と同時に車の免許も取りに行っていた。
本当は就職までの少しの休み期間に取っておきたかったのだが、既に春休みシーズンで予約はいっぱいいっぱいだった。
そのため仕方なく休みの日に教習を入れて通うスタイルを選ばざるをえなかった。
そんな職場と教習所へ通う日々が続く中、僕の私生活にもある楽しみができ始めていた。
楽しみとは言うものの、その楽しみは職場で起きるのではなく、意外にも教習所の方でできていた
教習所?
教習所の楽しみ?
教習所なんて、車の免許を取りに行くためだけにただ無感情のまま車に乗り、名前も知らない講師が隣に座ってあっちに行けこっちに行けと言われるがままに運転するのがベースである。
こんなにも無機質な時間の中でどのような楽しみが生まれようか?
車の運転をするのがそんなに楽しかったのか?
いや、そうではない。
僕はこの教習生活の中で、ある女性に恋愛感情を抱いてしまったのだ!
その相手というのは、同じ教習所に通う女の子……などではない。
教習所にて運転を教えている女性講師の方に恋をしたのだ。
彼女の名前は"かおり先生"
風貌は茶髪ショートカットで、身長は僕と同じぐらいだったのでおそらく160センチほどだ。
歳はおそらく30〜35歳程の方で、そのショートカット姿と少しハスキーな声に僕は一目惚れしてしまったのだ。
彼女の名前は教習の初めに行われる軽い自己紹介で知ることができた。
その情報を頼りに僕は裏で勝手にかおり先生と呼ばせてもらっていたのだ。
教習所では、授業の前に配車という作業を行わなければならない。
事務所から渡されたマイカードを機械にかざして、当日講師に渡さなければならない紙を発行する行程のことだ。
発行された配車の紙には、その日の担当講師の名前が書かれてある。
僕にとってはこの講師の名前が重要だった。
どうしても配車でかおり先生の名前を引きたいのである。
今日はどうかかおり先生でありますように!紙が出てくる直前、いつも心の中で願っていたものである。
この感覚はまるで、席替え前に好きなこの隣の席を引きたい!あの感情と似ている。
あのこと近くの席になりたい!同じ班になって仲良くなりたい!
しかし、一つの教習所には何人もの講師がいるものでなかなか希望の先生にはあたらないのである。
そもそも教習所に希望の講師がいて向かっている奴がいること自体珍しいのだが、僕にはそんなこと関係ない。
もう今僕の心の中はかおり先生で夢中なのだから。
講習の空き時間にも、外のベンチからついついかおり先生に目がいってしまう。
うわーあの子は今日かおり先生担当なんやー羨ましいなー
何対しての嫉妬心を抱いているのだ?
教習所の建物には講師募集の張り紙が貼られている。
"教習所講師募集‼︎"
月給〇〇円‼︎
3年間無事故無違反の方!
こういった張り紙なんて通常はスルーするだろう。
だがその時の僕はどうかしている。
壁の張り紙にもしっかりと目を通していた。
これはおそらく、自分も講師になったらかおり先生と同じ職場で働けるかもしれないのか!などと思っていたのだろう。
はっきりいって異常な行動である。
一歩間違えれば完全にストーカーで訴えられる。
でもその時の僕はもう感情が抑えられなくなっていた。
この感情を別の場所で消化するかのように、職場の同期にまで教習所に可愛い先生がいるという話までしていた。
絶対に頭がおかしい。
話を聞いたやつからしたら、知らんがなの一言だろう。
それほど当時かおり先生に夢中になってしまっつていた!
しかし、そんな僕にあるタイムリミットが迫ってきていた。
それは、教習所の卒業である。
僕がかおり先生に初めて当たった時にはもう、実習も終盤に差し掛かって来ていた。
残り少ない貴重な実習なので、どうしてもかおり先生を引きたかったのである。
しかし、一向にかおり先生に当たることがなかったのだ。
普通は教習所なんてさっさと卒業してしまいたいものである。
車の免許を取るためだけに通う学校、こんなもの邪魔くさい。
講師の人たち対しても何の感情も生まれない。
だが、その時の僕は今後かおり先生と会えることがなくなるのかと思うと、卒業することが段々と寂しくなってきてしまった。
今、客観的に見て思う。
こいつバカだ。
そして、とうとう最後の実習の日が来てしまった。
この教習でかおり先生に担当してもらえないとなると、もう二度と彼女と会うことはないのだろう。
胸が締め付けられるような思いだった。
家から教習所まで向かう途中、色々なことを考えていた。
自分はこれほどにもかおり先生のことを想っているけど、この気持ちはかおり先生に届くことはないし、そもそも僕のことなんて何の記憶にも残らないんだろうな。
…当たり前のことである。
教習所の講師の中で、誰が一人一人の名前を覚えているというのだ?
この場所で、こういった感情を抱き始めるのがもはや異質な存在なのだ。
だが、僕にとってはそのことがとても寂しいことのように思えてきたのだ。
僕は今でもたまにふと、かおり先生のことを思い出すことがある。
しかし、かおり先生側は僕を思い出すことなんて決してない。
あるわけがない。
なんて残酷な現実なのだろう?
さっきから考えなくてもいいことばかりを考えている。
このように僕の頭の中は、いくつかの感情が交わり出してぐちゃぐちゃになっていたのだ。
やがて教習所に着いて、いつも通り自分の記録ファイルを受け取る。
あーこのファイルを受け取るのも今日が最後か…
まるで高校生活最後の日に、あーこの下駄箱で靴を履き変えるのも今日が最後かーみたいに言っているが、そんないいものではない。
ここはただの自動車教習所だ。
いつも通りの行程を済ませついに、最後の配車の紙を発行することになる。
ここでかおり先生の名前が出ないと、もう2度とあることはない。
それはやはり寂しすぎるではないか。
自分の感受性が豊かすぎるだけなのか?
いや、そんなことはない。
誰しも一目惚れした人とは、たとえ相手が自分のことを知らなくても寂しさが募るものだろう。
僕も同じ境遇なだけなのだ。
さあ、最後の配車をしよう。
どうか、かおり先生が担当でありますように!
お願いします!
僕は、機械にカードをかざし、最後の配車の紙を発行した。
機械から一枚の紙が出てくる。
すると即座に、紙に書かれた本日の担当者の欄を確認した。
今日僕の教習を担当してくれるのは誰だ?
担当 利根山
………
だれ…?
コイツ誰…?
何者?
知らねんんけど?
最後の最後に聞いたことない名前出てきた…
初めて見る名前。
こんな人いたんだ。
なんの感情も生まれない。
僕の人生最後の自動車教習、それは存在も知らなかった"利根川"という謎の男が助手席に座る形で幕を閉じることとなった。
かおり先生が良かった…
僕はただ、最後にもう一度かおり先生の教習を受けられたら良かっただけなのに。
たったそれだけだったのに…
スマホを落としただけなのに…
…関係ないか。
その後僕は教習所を卒業し無事免許を取得できた。
約半年間の教習所通いも幕を閉じた。
だが、僕はまだかおり先生のことを考えてしまっていた。
僕のかおり先生への恋心は幕を閉じきれていないのだ。
でも諦めるほか無い。
もうこれからはかおり先生に会いに行く理由がない。
この恋が実るわけがない。
完全に恋の詰みじようたいである。
このモヤモヤした恋心をどうにかして成仏させたい。
そこで僕は、今回の件を歌にすることにした。
別にかおり先生の前で歌うわけでもないのに
いやそもそも知らない18歳の男の子から急にオリジナルソングを歌われたら彼女もドン引きするか。
そうではなく、曲にしてしまうことで今回の恋に終止符を打とうとという狂った考えに辿り着いたのだ。
この恋は終わらせたいが、かおり先生のおかげで僕の私生活が少しだけ楽しくなったことだけは決して忘れたくない。
曲にしてしまえば忘れることはないだろう。
そういえば、タイトルは決めていなかった。
それなら今ここで新しくタイトルをつけることにしよう。
良かったら僕の作った歌を最後に見届けてあげてほしい。
〜教習所ラブストーリー〜
作詞・作曲 ナンジョウコウタ
"おねがいします"から"お疲れ様でした"で終わる1時間
今日も短い教習が終わった
低確率でしか当たることのできない
貴方との教習が
卒業してしまったら もう貴方に会えなくなってしまうよね
僕が通った この半年間という時間も
僕とは違って 貴方にとっては
ただ過ぎてく時間にすぎないんだね。
本当一目惚れだったんだよ
貴方を一眼見た途端世界が輝きを増していったんだ(元々輝いてたんかい。)
貴方にとっては何でもない1時間だろうけど
僕にとっては貴重な1時間
そんな想いを貴方に伝えたところで ただ困らせてしまうだけ
今後、僕が貴方を忘れなかったとしても
どうせ 貴方の記憶に 僕は残らないんだろうなぁー
〜END〜
リズムやテンポは個人の解釈にお任せします。
こんなにも教習所に対して未練があるのは僕くらいだろう。
既婚の女性講師に本気で恋をしてしまった18歳男子の切ない恋物語の記録である。
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