長年続くスマホ依存を辞めたい
『スマホ脳』
という本を読んだ。
私は根っからのスマホ依存症だ。
それは今に始まった事ではない。
スマホというかデジタルデバイス依存症だ。
歴史は小学生の頃に遡る。
親の持っているパカパカの携帯電話に興味深々だった。
周りの友達は自分の携帯を持っている子もいたが、うちは持たせてもらえなかった。
今思うと、この時から携帯を持っていなくてよかったなあと思う。
好きだった男の子とアドレスを交換する機会を失ったことだけが後悔。
親の携帯を借りて外出した時の高揚感を今でも覚えている。
携帯電話をフォルムから愛していた私は、親が携帯ショップに行くのに付き添って大量のカタログを持ち帰ってきて、それを毎日熱心に読み込んでいた。
あの時のボータフォンの機種まだ覚えてる。
足生えてるケースのやつとか。
親の携帯に伸びるアンテナが付いて、あのちっちゃい画面でテレビが見られた時とかもう感動ものだった。
そして我が家には1台のパソコンがあった。
ありがたいことに父がそういったものが得意だったから、めっちゃ厚いアナログのテレビみたいなPCが家に来た。
あの頃はWindows98だったかなあ。XPだったかなあ。
訳もわからないのにマインスイーパー開いてみたり、サンリオタイニーパークずっとやってたり。
家電量販店のPCコーナーでサンリオタイニーパークやって他の子供にドヤ顔したことあるよね。
中学生になったら初めて自分の携帯を買ってもらった。
アンテナは伸びないけど、テレビ見られるやつ。
外側にも画面があった。
当時は ” パケホーダイ ” などという便利なものは存在していなかった。
大好きな海外アニメのサイトでこれでもかというくらい待ち受け画像をダウンロードしてたら、月の携帯代1万円超えてしまって震え上がった。
超怒られたし、怖くなった。
その頃家のPCはネットに繋がり、様々な情報をネットで調べるようになった。
PCは携帯と違ってどれだけネットを使っても追加料金が取られない。
幸せすぎる箱だ。
その時ハマってた芸能人がいて、その人の出演情報を調べてはプリントして、部屋でニヤニヤしながら眺めてた。
オタクを加速させたのは、間違いなくPCの存在だ。
中学三年生の頃には、パケホーダイを使える携帯を手に入れた。
その頃流行っていたのは、いわゆる学校裏サイトと呼ばれたような、生徒が作ったクラスのサイト、そしてモバゲー。
学校が大好きだったので、学校のみんなと家でも話が出来て盛り上がれる、そんな空間が大好きで、更に携帯が手放せなくなった。
そういえば、クラスのサイトは悪口が蔓延して自然消滅したっけ。
中学一年生までは上から数えてもトップくらい勉強できた方だったのに、卒業する頃にはダラダラと成績が下がって、希望だった高校にも落ちた。
高校生になってもモバゲーブームは続いていた。
あと前略プロフ。
前略プロフって存在消滅して良かったよね。あれが消滅したことによって、大量の人間の黒歴史が抹消された。良かった。
進学校だったのに、成績めっちゃ悪くて、携帯ばっかいじってたなあ。
携帯禁止の学校だったから、先生にめちゃくちゃ携帯取り上げられた。
今のスマホとは違って、携帯の時代は買い換えると機能もガラッと一新されて目新しいものばかりだった。
携帯変えるとできることがどんどん増えて、更に携帯依存が加速する。
今までの携帯だと見られなかったサイトとか、ダウンロード出来なかった動画がダウンロードできるようになった瞬間の喜びってすごいよね。
あとiPod classic持ってたから、あれに動画入れてずっと見てた。
手にもって動画見られるデバイスってそこが自分の原点な気がする。
大学生になったら、自分のPC、そしてスマートフォンを手に入れた。
もうコレだけのデジタルデバイス依存の私には天国だった。
勉強した記憶なんてあんまり無い。
遊び歩いてたり、飲み歩いてたりするような大学生でも無かったし、ずーーーーっとスマホとPCに囲まれた生活。
やたらと集中力無いし、ぼーっとするし、何故かメンタルボロボロだし、とりあえず学校は行ってた。
こんな学生生活を過ごしてた。
デジタルデバイスに支配された人生だなあ。
けどこんな生活でもデメリットだけでは無かった。
大学卒業して、就職したのは携帯キャリアだった。
こんな携帯、スマホ、PCに支配された学生生活だったけど、仕事は大好きなことに向かえるので楽しくてしょうがなかった。
話は戻って『スマホ脳』を読んだ。
スウェーデンの精神科医、アンデシュ・ハンセンの著書だ。
この本の中には”ADHD”という単語が多々出てきたり、スマホが出てきてからメンタル不調が急増していることが書かれている。
私過去にADHDの治療受けてたことあるし、今も心療内科に通っている。
ずっとメンタルとか体調の不調に悩まされてた原因ってスマホを始めとしたデジタルデバイス達にあるのでは???????
と長年の自らの中にあった詰まりのような物が取れた気がした。
そりゃこれだけ画面見て生活する人生が続いてたら体調悪くもなるよなあ。
メンタル不調を起こすと、スマホ手放せなくなって、生産性のないことを延々としたくなったりするんだけどこれも普段からスマホばっかみてるからなのかな。
最近はメインで使っているスマホは枕元に持っていかないをルールにして生活している。画面白黒で暗くしたサブは睡眠導入音声流す用で持っていってるから意味ないかもしれないけど。
noteはPCで書くようにしている。
というか文章書くのは圧倒的にPCがやりやすい。
直感でスラスラ打てるというか。
デジタルデバイスを目の前にしてるという点では変わらないのだけれども。
noteの編集画面ってシンプルで余計なものが無くていいよね。
『スマホ脳』の中で目に付いたところが、子供とスマホの関係性についての項だ。
私は絶賛妊娠中。
上記のような画面に囲まれた生活を送ってきた私は、これから生まれてくる我が子とデジタルデバイスに関してどういった付き合い方をしていけばいいのだろうか。
この本を読む前からそれは気になってはいたけれど、上手く向き合えるのかが心配だ。
私は完全なるスマホ依存症だ。
そして夫もどう見てもスマホ依存症だ。
こんな夫婦が果たして自分の子供に正しくスマホやタブレットを使わせることができるのだろうか。
自分が子供の頃にスマホが無くて良かったと心底思う。
小学生の頃から、携帯とPCが大好きな人間だったから、ここにスマホとかタブレットあったらどうなっていただろうと考えただけで怖い。
正直ここまでの人生で何度もスマホ依存辞めたいと思っていて、体調がいい時は、本当スクリーンタイム短いけど、アホみたいにメンタル死んでる時は意味わからないくらいスマホ触ってる。
今だってメンタルの調子が良いからスマホを手放したり、本を読んだり、こうやって文章を打てているのかもしれない。
具体的に今までやったことって、
・全画面にスクリーンタイムのウィジェットを配置する
・画面を白黒にする
・使用時間制限をかける
・誰かに毎日スクリーンタイムを報告する
・特定のアプリを開いたら5分後にロックかかるようにオートメーションを作成
くらいかなあ。
正直白黒は一度解除したらそのままになりがちだし、使用時間の制限は制限を無視してパスコード入れてしまうし意味ないものは意味なかった。
ウィジェットとオートメーションとスクリーンタイムの報告は割と効果あった。
ダメな時は本当ダメだけどね!!!
将来我が子へデジタルデバイスとの向き合い方を説く前に自分が変わらなければ、とこの本を読んで強く思った。
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