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選挙で政治家を育て、民主主義を成熟させるという発想
もうすぐ衆議院選挙の投票日です。
多くの総裁選候補者が「改革」を口にし、特に新総裁は総裁選期間中「有権者は決して納得しておらず国民への説明責任は総裁も負う。政党がどうカネを集めて使うのかなど政党のガバナンスを律する法律の制定が急務だ」などと訴えていたようですが、その「急務な法律」についてさえ国会でまともな議論もないまま、総理大臣になった途端、いきなり選挙に持ち込んだのです。
いったいあの政党はどうして有権者が、「新しい総裁になったからあの政党は変わるはず」と確信が持てると考えたのでしょうか?
有権者はずいぶん甘く見られたものだと思わずにはいられません。
憲法の趣旨にのっとって、民主主義の原則を貫くことは随分まどろっこしく感じることもあります。しかし私たちが世界で目にする、一部の独裁的な国家や覇権主義的な国家、武力で恫喝を繰り返すような国家をとことん反面教師とするなら、私たちはこの国の民主主義を守るためには、まずは選挙で投票することだと思います。
誰かに投票して、政治に関心を持ち、国民の暮らしや安心・安全にしっかり目を向けなければ政治家でいられないということを私たちが示さなければ、政治は良くならないということなのだと思います。
選挙で政治家を育て、民主主義を成熟させるという発想。もう一度、東京都知事選の前にRYOJIさんが投稿してくれた記事を読み返してみると、あらためてこの明るくも極めて健全な考え方に共感の言葉しか出てきません。
私たちが民主主義を大切に守ろうと日本国憲法の精神を死守している限り、私たちは選挙のたびにダメなものはダメ、良いものは良いと、自由に選べるはずです。
そろそろ勇気をもって全く新しい政治家や政党に政治をゆだねてみるのもいいのかもと思います。選挙が終わっても私たちが関心を持ち続けてさえいれば、大きく道を踏み外すことはないはずです。私たちは国政にもプレッシャーをかけ続けることができる力があるはずなのですから。
自分たちの民主的な権利と力を自ら手放すことのないように、私は勇気ある投票が増えることを楽しみに、今回も一票を投じてきます。そして結果も楽しみにしています。