油層モデリングにおけるヒステリシス
油層モデリングに携わるようになってから、「Hysteresis (ヒステリシス)」という言葉をよく聞くようになりました。
辞書で調べると「履歴現象」とか「履歴効果」などという訳がでてきますが、普段の生活ではあまり聞きなれない言葉です。
ウィキペディアによると、「ある系の状態が、現在加えられている力だけでなく、過去に加わった力に依存して変化すること」とあります。また言い方をかえて、「加える力を最初の状態のときと同じに戻しても、状態が完全には戻らないこと。」とも言えるとして、「弾性変形の限界を超えて伸縮したために塑性変形が加わったばね」のような事例を挙げています。
つまり、ばねは伸ばしても普通元の状態に戻りますが、限界を超えて伸ばしてしまうと元の状態までは戻らなくなってしまいます。そんな状態をイメージすればよいのでしょうか。
私たちが油層モデルでよく問題にするのは、貯留岩の中にもともとあった水 (地層水) を、後から移動してきた油が置換していく現象 (Drainage: 排水) と、いちど貯留岩に貯まった油がさらに後から油層内に入り込んできた水 (地層水や圧入水) によってまた置換されるような現象 (Imbibition: 吸水) です。
お椀を伏せたような地質構造に、孔隙の発達した貯留岩とそれを覆うように緻密で不浸透性の帽岩が発達していて、そこに石油がやってくると軽い石油はお椀型構造の貯留岩の中にたまっていき、もともとそこにあった地層水をお椀型構造の中から追い出していきます。これが Drainage です。
また、このお椀型構造の貯留岩の中にせっかく貯まった石油が、さらなる構造運動のせいで、お椀型構造から漏れ出たり、石油の生産が始まって、水圧入などを行ったりした結果、溜っていた石油が水に置き換わっていきます。これが Imbibition です。
難しいのは Drainage が起こったあとに Imbibition が起こっても、水から油への置換のされ方と、油から水への置換のされ方が同じようにはならないということです。これが私たちが問題にしている「ヒステリシス」です。
油田の貯留岩の中の油と水の割合は、長い地質時代の中での油や水の出入りによって、複雑に変化していきます。そのため、油層内の水と油の分布状態も複雑です。モデル内でこのような複雑な水と油の分布状態を再現するのにけっこうてこずっています。
また、生産が始まれば、油を圧入水によって置き換えて、さらに圧入ガスによって置き換えて、さらに圧入水によって置き換えて、、、などのような複雑な開発を行うこともあります。このような生産方法でも最終的にどのぐらいの油の回収率になるのか、なるべく正確に予測する必要があります。
そのため、コア試験などによってヒステリシスや流体の置換の様子を理解・再現しようと努力しています。
それにしても、このようなヒステリシスはなぜ起こるのでしょうか?岩石がずっと油に接していたり水に接していたりすることによって、岩石の濡れ性が変化することも理由の一つとして考えられます。流体自体の性状の変化もあるかもしれません。岩石自体の変化も起こるのかもしれません。
石油開発は固体資源の開発と違って、流体が相手です。しかも水、油、ガスなどの違う相を相手とし、長い歴史の中でも、生産中にでも、温度や圧力などの物理変化や様々な化学変化の影響を受けて、油層内はダイナミックに変化していきます。
油層モデリングには地質学と油層工学の協力が非常に大切なのです。
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