パクリ本が大量生産される原理。売れてない本は、一目でわかる。
出版社に入社して半年も立たずに、売れてない本と売れてる本が、表紙を見ただけでわかるようになる。
これは、同期入社の営業部員も「なんでこんな、表紙見ただけでだけでわかるようになるんだろうね〜。」と言っていたので、私だけに起こる現象ではなさそうです。単に仕事上、普段から他社の本の売れ行きや、ベストセラーランキングなどを見慣れてくるので、今どの本が売れていて、売れていないのか、嫌でも知識が豊富になるだけかもしれない。
でも、書店へ行ったり、Amazonを見ると、はじめて見る本でも「あ〜あ、版元はなんでこんな本を出版しちゃったんだろ」と残念な気持ちになることが多い。
書店でそういった本の表紙を見、目次や著者プロフィール、奥付などパラパラと中を見てみると、だいたい以下のような思考がザザーッと頭の中を通り過ぎてゆきます。
「あ〜あ、版元はなんでこんな本を出版しちゃったんだろ……
おおかた編集者が熱意で出した尖った企画を、営業や編集長から『読者のパイが少ない』だの『今売れているアドラー心理学の類書ということにすれば注文がとりやすいから、その文言をサブタイトルに入れろ』だの『帯コピーではこの本のメリットがはっきり打ち出せていない』だのいろいろ言われて、編集者が迷走したか、決定権のある上司の意見が無理やり押し通されて、こんな中途半端な表紙になっちゃったんだろうなあ……。中身は新規性があるし尖ってそうなのに、これじゃ読者はなんの本かわからないよ。もったいない……。でも私も一読者としてこの本は買わない……」
そしてトリプルWINやPUBLINE(それぞれ日販と紀伊国屋書店が有料で開示している、売れ行きのデータが見られるサイト)で本の売り上げを見てみると、案の定全然動きがないことが多いのです。今のご時世、大抵の本は売れてないので、「売れない本」なんてすぐわかって当然かもしれないんですけど……。
ちなみにさきほどのセリフは、私が過去に営業部のオッサンや上司のオッサンに言われまくった「アドバイス」の一部です。すべて正論ですが、だからと言ってそのアドバイスに従って、いい本になるかは誰にもわからない。他社の先輩ビシネス書編集者と飲みに行く機会もあって、帯コピーや表紙について相談してもだいたい同じような話が出てくるので、悩んでいた私も「回答はないのだ、自分で見つけるしかない」と腹をくくったのでした。
出版業界は少し特殊な世界なので、読者のために一冊の本が世にでるまでの流れを軽く説明をします。
出版社はまず、一冊の本を出すのに、製作費や流通費用などもろもろ含めて数百万の投資をします。そのあとは、今は出版業界独特とも言える制度「再販制度」と「委託販売制度」の存在で、他業種のメーカーとは異なる動きが出てきます。(「再販制度」は1997年まで化粧品業界でも採用されていたようです)
数百万を費やして出版社がまずは一冊の本をつくり、それを大手取次会社に委託すると、初版数千部の本が全国の書店に一気に配本されます。なので、出版社は本を出した時点で、売り上げが立ちます。つまり、トーハンや日販をはじめとした取次会社のおかげで、出版社は販路については何も考えなくても出版物を全国津々浦々まで届けることができるのです。
でもその代わりに「返品制度」というものがあって、書店の側からすると「勝手に取次から送りつけられてくる」書籍たちを、書店の判断で返送できる。当然そこでお金も書店に返金される。すると、売れない本をつくっている出版社には、長くて数ヶ月くらいのタイムラグで、取次経由でどんどん本が返品されてきます。一度は立った売り上げが、返品によってガリガリと削り取られていくのです。
「潰れそうな出版社の刊行点数が増えていく」という一見矛盾した現象が起きるのは、こういう仕組みです。「返品数がやばい!」→「新刊を出して売り上げを立てろ!」→「編集部、なんでもいいから新刊をもっと出せ!」→(編集者や下請けが過労により次々と倒れる)→「このあいだの新刊がもう戻ってきたぞ! 早く新刊を出して売り上げを立てろ!」→以下無限ループ、倉庫に何万部もの「売れなかった」在庫が積み上がってゆく。
これがいわゆる「自転車操業」です。
出版社のレパートリーにもよりますが、シリーズものや季節もので定期的な収入が見込めたり(カレンダー、手帳、地図、毎年新しくなる教科書や参考書など)、既刊や電子書籍の売り上げが毎月チャリンチャリン入ってきたりで、新刊が売れなくても会社自体は運営できる場合もかなり多いですから、新刊のクオリティが下がっていって、本当に「なんでこんな本が世に出てしまったんだ……?」とガックリするようなパクリ本なども出版されるわけです。ともあれこの制度のおかげで、出版には「黒字倒産」という言葉もあるのです。
これ、著者になりたい人からしたら、実はおいしい話(?)かもしれませんね。今のビジネス書は、黎明期と違って権威ある人でなくても書けます。コンテンツが面白く、著者のキャリアが尖っていたり意外性やストーリー性が演出できれば、著者になる可能性があるわけです。「著者」になり「先生」と呼ばれたいという欲のために出版社へ企画を持ち込む人は多いですが、つぶれかけの会社ほど、安易な企画に飛びつく傾向にある。もちろん出版社が潰れれば当然商品も流通しなくなるので、著者と出版社は一蓮托生ですが、「とにかく本を出版したい!」という人には、経営の厳しめな出版社を見つけて上手に企画を持ち込めばスルーっと通ってしまう可能性もなきにしもあらず。
さて、「売れてない本は表紙でわかる」という表題に戻りますが、なぜそれがぱっと見でわかるのかは正直よくわかりません。目利きの書店員さんに聞いた方がいいのかもしれません。
けれど、私なりに推測すると、多分、集中的に何百冊、何千冊もの本を見ることになるので、その中である程度の基準が生まれ、それを満たすかどうかを一瞬のうちに判断できるようになるのだと思います。ましてや「売れる本をつくらなければメシが食えない」仕事なだけに、その判断はかなりシビアにならざるを得ない。
また、書店での本の置き場や扱いの差(置いている冊数、ポップや拡材の有無)、書店のカラーと本の内容との関係などからも、その本の立ち位置が想像できます。単純に、入り口はいってすぐの新刊台に50冊もでかでかと積んであれば、誰だって「この本は書店で押し出している売れ筋商品なのだな」という想像がつくでしょう。
本そのものの、「売れてない本の表紙」の基準について言い出すと、いろいろな要素が多すぎて、そもそもの企画の良し悪しにも言及することになるので、とりあえずここではデザイン面と情報の整理を中心として、出版業界以外の読者にも判断がつきそうなところだけ、思いついた分を上げてみます。
極論すると、「売れてない本の表紙」は、読者が、棚を通りかかった一秒で、「その本が自分に必要だ」と思わせる何かがない、フックがないのだと思います。その理由は、
→
・タイトル・帯コピーがまだるっこしく一瞬で理解できない
・小さくて文字が読みづらい、またはすべての文字が大きいなど、情報の優先順位があいまいで瞬間的に頭に入ってこない。
・色やデザインなどが地味で他の本に埋もれている、または奇抜すぎて手に取りづらい(いわゆる「かっこよさ」を求めすぎて編集的観点がない)
これはもし読者のみなさんが、サークルやなにかの活動でチラシをつくったり、ちょっとした冊子や、またウェブページを作成するときなどにも応用できるテクニックですが、要は表紙というのは「タイトル」でそのコンテンツが伝えたいテーマを一言で表し、「帯コピー」でそれを読むとどうあなたの役に立つのか、というメリットを提示する、というのが一番の基本。
だからまずはそれを邪魔する要素を排除するだけで、まずまずわかりやすい表紙にはなります。さっきの特徴を裏返すと、
・タイトル・帯コピーは簡潔にわかりやすく(長すぎたり、テンポが悪かったり、抽象的すぎるのはよくない)
・情報は、相手に伝えたい優先順位の順番に目に入るように配置、文字の大きさや色などで差をつける
・デザインは基本的にはベタ感のあるもの(手に取る側がどこかで見たことがあると安心感があるもの)で、それをもとに10パーセントくらいの「新しさ」を加える
(そんなん言われんでもわかってるわ! という方も多々いらっしゃるとは思いますが、商業出版でもこういう基本が結果的に損なわれてしまっているものを書店で見かけるし、私自身も毎回守れる基準ではないので、自戒も兼ねてまとめてみました)
ちょっと長くなってしまいました。再販制度の説明については、ざっくり書いたので厳密に事実と異なっていたらごめんなさい。
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