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書くことは、思い出からの卒業。

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#コラム

いつだってやさしい言い訳をして、彼女は

自転車を猛スピードで走らせると、低い「ファ」の音がなる。ハモるように「ラ」の音で鼻歌をうたいながら校門をくぐると、体育館から「レ」の音が聞こえる。朝練の、いつものドリブルの音。その音がきみだから、好きなんだ ─── そんなわけのわからないことを、彼女は言った。 いい天気、という響きが好きだとも彼女は言った。言い切りで、笑顔になるでしょう、と続けるといつもの笑顔でこっちを向いて。きみらしいねと言おうとすると、ぼくの顔を覗き込んで黙り込む。 なんか顔についてる?と不安

大事なものほど手離して、変わった先で待ち合わせ。

いいことがあると、きまって何か不吉な予感がしていた。だから、いいことが起これば起こるほど私はいつも準備を始めてしまっていた。───きっと、何かが起こってしまうから、この幸せにちゃんと溺れて、得体の知れない不吉な何かも乗り越えるエネルギーをつけておこう─── 逆も然り、悪いことが続いても “これだけ悪いことが続くなんて、このあとにどんな幸せが待っているんだろう” なんていう誰も責めない、しずかに受け入れていく運命。 だから私はいつだって多くを望んでこなかった。期待はしすぎな

関西シロップ

新しい土地で1人になって自分だけの部屋で大の字になった時、初めてちゃんと深呼吸ができた気がした。ようやく手に入れた自分だけの場所。 そしてこの新しい土地での生活もいつか終わりを迎えることは分かっていたし、きっとそれは必然で、あまりにもあっさりと地元を離れられてしまったように、いやそれ以上に淡白なものになってしまうと思い込んでいた。 カメラと写真などというものにハマり出会った彼らは、そんな私の感情をガラリと変えてしまったのだ。 何をするでもなく集まっていつまでもしゃべる女

右側、それか3番目。

「ヒミツ」って響きが昔から好き。特別感溢れる響きと、秘密と言うだけで価値が生まれちゃう魔法。aikoの「秘密」という曲が大好きなのは言うまでもない。その曲を聴いてから、私の秘密の定義は「愛」でもある。 思ったことをすぐに伝える素直さはとても大事。ただ、昔は分からなかったけど、繰り返し古文の授業で聞いた「奥ゆかしい」が今ならわかる。言うが正義、ではない。言わなきゃと思ったことほど言って後悔したりして、伝えるか迷ったことほど言うべきことだったりする。 もちろんそれが全てじゃない

愛情なんていうベールは、もう脱ぎ捨ててしまおう。

「知らなかった?」 友人と食事中、私の元彼が “変わってしまった” と聞いた。変化、それは私にとって何よりも肯定的な言葉だったから、彼のその変化を聞いてどうしても悲しくなってしまった。 知らなかった。 彼への愛情が特別だと知っている周りの友人は、私に気を遣ってなにも言わなかったのかもしれない。きっと、言えなかったのだと思う。 彼の何が好きだったか、と聞かれると困る。強いていうとすれば彼の発する生活音と、ふるまい。自ら離れたあともその存在を心のどこかで探していたのは、彼の

季節と、ポイントカード。

「ポイントカードお持ちですか」 あった気がしてカードケースの中を探す。期限が少し切れていた。新しいものおつくりしておきますので、と買った花束と一緒に袋に入れてくれた。 “そっか、よかった ” 今朝、長い片想いは散った。でも思い描いたようないつも大好きな恋ではなくて、好きで、落ち着いて、好きではないかも、と思うとまた彼は現れて、好きだと思った。ポイントカードが少しずつ更新されて期限が延びていくように、私の気持ちもずるずると延びていた。もちろん気持ちのポイントは月日を流れる

夏と、ソーダ水のような彼。

 好きなタイプは?というおきまりの会話がある。その度に「好きになった人がタイプ」とかありきたりな答えを返しているけれど、遅れて来た感情が「彼でしょ!」と私に話しかける。  そう、私は後にも先にも「これ以上ないタイプだ!」と思った人に出会ったことがある。時田秀美という名前をした彼は、当時中学生だった私のヒーローだった。彼の言葉はちょっと恥ずかしくて、たまにアホらしくて、でもいつも正しかった。勉強ができる=頭がいい、ではないということを教えてくれたのも彼だったし、ありのままでい