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本の海で泳ぐとき


図書館が好きだ。

本屋さんやブックカフェも大好きなのだけれど、
それ以上に、あの、見上げてしまうくらい天井が高く
て、地面から天井までびっしりと書籍が並んでいて、

圧倒されてしまうほど静寂に包まれていて、
古い紙の甘い匂いがして、厳かな空気が張り詰めて
いる、図書館が、好きだ。


記憶のなかに今でも色濃く残っている図書館は、
付き合いが一番長かった、大学の図書館だ。

通っているキャンパスから少し歩いたところにある、
もう一つのキャンパスにある図書館が大好きだった。

そこ、中央図書館には地下室があって、無機質な
移動書架がずらっと奥の方まで並んでいた。

目当ての本がある場所を特定して、その本棚の前まで
行く。

ボタンを押すと書架が動き、道がつくられるのを
待つ。

探していた本との出会いまでのその道中、わたしは
いつも、なにか神聖な儀式をしているかのような
気持ちになった。


地下室にはいつもほとんど人がいなくて、誰かと
すれ違ったことは今までに2、3回ほどしかない。

もしかしたらここには、自分しかいないのかもしれ
ない。

地上に出る頃には、自分だけが時間の流れから置いて
いかれて、何十年も経っていたり、するのかもしれ
ない。

そんな馬鹿なことを考えながら書架の間を歩いている
とき、心はいつも、静寂で満たされていた。


目的もなく、本棚を眺めて歩くこともよくあった。

ふと目に留まったタイトルの本を手に取ってパラパラ
ページをめくったり、絶対に読みきれないのに、

貸し出し上限の冊数ギリギリまで気になった本を
片っ端から手に取って、両手で抱えながら絨毯を
踏み締めている時間が、たまらなく好きだった。


何百年も、何千年も前からこの世界に存在している
本たちに囲まれているときは、どんな瞬間よりも「死」を強く意識させられる。

時折、ここにいたら自分の魂は少しずつ吸い取られて
いってしまうんじゃないか、とすら思う。

だけどその身震いしてしまうような感覚の裏側には、
安心感のような感情も常にセットになって存在して
いる。

それは、どれだけ時が経っても形として残るものも
ある、という事実に対する安堵なのか、自分もいつか
同じようにこの世から消えてしまうのだという諦めに
も似た静かな感情なのか、わたしにはまだわからない。


社会人になってから、図書館に足を運ぶ機会が
めっきり減ってしまった。

久しぶりに、あの重厚な扉を開けて本の海に潜り、
思い切り、透明な死の空気で身体を満たしたい。

そこで泳ぐ自分の姿を想像しながら、静かに目を
閉じた。

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