蒼の街からの贈り物
北浜alleyを歩いていたら、
あの人が、とても好きそうなものを見つけた。
淡い蒼色で瀬戸内の港街が描かれている、
やわらかい紙に包まれたハーブティー。
一目見て、ああ、これだと直感した。
「瀬戸内の素敵を集めました。」
小さく踊る可愛らしい文字を見た瞬間、
わたしの身体は考える隙を与える間もなく、
誘われるまま小さなドアに吸い込まれていた。
瀬戸内に来てから、ずっと、
あの人のことを考えていた。
5月だというのに外は肌寒く、
薄いトレンチコートを着てちょうどいい。
朝から晩まで、傘をさすかささないか迷うような
中途半端な雨が、しとしとと降り続いていた。
高松の街は、その雨とも霧ともつかない
しっとりとした薄いヴェールをまとい、
ぼんやりと、わたしを包み込んでいた。
旅に出るときは毎回天気に恵まれていたから、
その土地に降り立ってからずっと雨が降り続いて
いることなんて初めてで、最初は落ち込んだ。
けれど、しばらく街を歩いていて、気がついた。
もしかすると、この街は、
こんな気候が一番似合うかもしれないと。
港を歩いている間じゅう、その空気はずっと、
灰色がかって薄ぼんやり、しっとりとしていた。
空は曇って空気は半透明なのに、
どんよりとした暗い感じがあるわけでも、
じとっとした重たい空気が漂っているわけでも
ないから不思議だった。
胸をすくような爽やかな風がすーっと静かに
通るたび、目を閉じて空気を吸い込んだ。
街はひっそりとしていて、自分ひとりが
この街にいるんじゃないかと
錯覚してしまうような静けさだった。
知らない街に、ひとり迷い込んでしまった
ような、街に溶け込んでしまいそうな感覚。
なのに、まったく心細さはなかった。
むしろ、そこにあるのは安心感だった。
乳白色で雨を存分に含んだ港街の空気が、
街を、わたしを、やさしく覆っていた。
この空気を、この感覚を、あの人に、
どうしても伝えたい。
この街に来てから、ずっと、
そんなことばかり考えていた。
この空気をまるごと切り取って、瓶に詰めて、
あの人に贈ることができたら。
けれどそれは叶わないことだから、せめて、
ここの空気をできるだけ感じられるものを、
あの人に贈りたいと思った。
そうして見つけたのが、蒼い和紙に包まれた、
可愛らしいハーブティーだった。
その蒼色は、ここの空気をだれかに伝えるのに
これ以上ないくらい、ぴったりな色だった。
深く濃い蒼色に、薄い灰色がかった淡い水色。
そんな蒼で描かれている風景は、まさに今、
わたしが見てきた穏やかな港街だった。
手に馴染む、やさしくて、やわらかい和紙。
きゅっと結ばれた紐を丁寧にほどいて、
ゆっくりと香りを吸い込みながら、
ハーブティーを淹れるあの人の顔が浮かんだ。
もう、きっと、贈り物はこれ以外にない。
手に取った瞬間、そんな強い確信を得た。
これをあげたら、あの人はなんて言うだろう。
きっとふんわり笑って、「これ、すごく好き」
って喜んでくれるんだろうな。
あの人の、なにもかも拒まずに、
受け入れてくれるような空気が好きだった。
目の前にいると、自分のどんな部分も、
煌めく宝物のように思えてくる。
まるでこの街の空気みたいに、穏やかで、
やわらかい気持ちをくれる人。
きっとこの贈り物も、宝物を見つめるような
笑顔で、喜んで受け取ってくれるだろう。
そう思うと、早くこれを渡したくて
たまらなくなった。
「プレゼント用でお願いします」
今までに、何度も口にしてきたはずの言葉。
それなのに、なんだかこのときは、
とても特別な言葉のように感じられた。
レジの向こうの優しそうな店員さんは、
「かしこまりました」
と穏やかに微笑んで、透明の袋に、
その蒼い和紙のハーブティーを包んでくれた。
ああ、この贈り物に、ぴったりの包み紙だ。
渡したとき、最初にこの色を目にしてほしいと
思っていたから、透明なその袋による
シンプルなラッピングは、その蒼を
生かすための、最適な包み方だった。
何から何まで、完璧だった。
雑貨屋さんを出てから、瀬戸内の空気を
たっぷり詰め込んだその贈り物を、
改めて、見つめ直してみた。
やっぱり間違ってなかったなと思った。
あの人の、ふんわりした笑顔を思い出す。
ああ、早く、この空気をあの人に届けたい。
逸る気持ちを抑えて歩き出す。
そして、しっとりとした瀬戸内の空気を、
もう一度、思い切り吸い込んだ。
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瀬戸内の「素敵」を集めた雑貨屋さん、
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