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変わり続ける父を追う


「性格は、変えようと思えば変えられるんだよ」

これは父の口癖であり、わたしの人生に最も影響を

与えた父の教えのひとつだ。



小さい頃は、大人しくて真面目でいい子ちゃんな

自分が嫌いだった。

誰かに何かを頼まれると断れず、我の強い友達に従って

行動するお人好しな自分が嫌だった。

ずっと、それを変えたいと思っていた。

わたしは今まで父に自分の悩みを話したことはないし、

いい話しかしなかったから、性格について悩んでいる

なんて思ってもいなかっただろう。

けれど、ことあるごとにその話を聞かされていたから、

自分もいつか変われるのかなと期待していたし、

いつか変わるんだと決意もしていた。



とはいえ父が昔話をどんなにしたところで、父自身の

言葉にはあまり信憑性がなかったし、説得力もなかった。

父とは日曜日の夜、夕食の場でしか話さなかったし、

話の内容も仕事のことが6割、勉強のことが3割、あとは

社会とか経済とか、そんな話が1割という感じだった。

父はわたしが生まれたときから、世間一般の人がイメージ

するような「お父さん」ではなくて、「大人の人」だった。

礼儀やマナーに厳しく、頑固で努力家で仕事が大好きな人。

その頃のわたしにとって、父は「すごいけど怖い人」だった。



ところがあるとき、そんな父が別人になった。

中学2年生の秋。急遽ブラジルへの転勤が決まった。

生まれて初めての引越し、しかも海外生活、という展開に

心躍らせながらブラジルに向かったわたしは、父の会社の

パーティーで驚くべき光景を目の当たりにした。

いつも口角が下がって、怒ったような気難しそうな顔を

していた父が、自分の倍以上ある大柄なブラジル人の

部下に挨拶している場面。

そのときの父は、見たこともないようなたれ目で、

口角を上げて、大きな身振りで部下の肩を叩いて

笑っていた。

「はっはっは」という、生涯で父から発せられることなど

絶対にないと思っていた軽やかな笑い声。

繰り返される、あたたかな抱擁。笑顔。

こんなに大きな動きをしている父の姿をはじめてみたし、

何より、こんなに自然に笑っている顔をはじめてみた。

今まで知っていた父とはあまりにもかけ離れすぎていて、

心の底から拍子抜けしてしまった。

その後、ブラジル滞在中に何度か会社のパーティーに

呼ばれたのだけど、最後の方ではブラジル人の部下たちの前で

歌ったり踊ったりしている姿まで見ることができて、お母さんと

「お父さん、変わったねえ」と目を丸くして笑ってしまった。



50代になって性格が180度変わった父は、娘のわたしから

見ても、本当に別人になった。

真面目なところやすぐに怒るところは今も健在だけれど、

明るさというかあたたかみというか、前よりも人間味が

増したような気がする。

今の方が接しやすいし、前よりもわたしがイメージしていた

「お父さん」に、近づいてきている気がする。

そんな父を見て、あの口癖は本当だったんだなあと知った。



知ったから、というわけではないのだけど、わたしも

大人になるにつれて、少しずつ自分の好きな自分に

近づくことができている、気がする。

環境が変わるたびに、少しずつ「前の場所で、うまく

いかなかった部分」を捨てて、理想の自分に近くために

新しい努力をしてみる。

その地道な繰り返しを今まで諦めずに継続できたのは、

どこかでいつも父の口癖が聞こえていたからなのかも

しれない。と、今では思う。



わたしはまだ、あの頃の父の半分の歳しか重ねていない。

これから倍、歳を重ねたら、一体どんな自分になっている

のだろう。

きっとこれからも変わり続ける父に負けないように、

胸を張って自分を生きていたいと思う。

未来を想像するとき、そこにはいつも、わたしの先を歩く

父の後ろ姿が見える。


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