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鏡の夜 都でこころ 交わりて (前編)


細い道を抜けて大通りに出ると、突然、視界がぱっと開いて何層にも重なる黒々とした瓦屋根が現れた。

「これが……東寺。」

興奮しつつも、声を潜めて少し前を歩く彼に言う。

大通りを挟んで向こう側に建っているとは思えないほどの、圧倒的な存在感。

それでいて、心にひとときの静寂をもたらすような、不思議な空気を纏っている。

実物を目の当たりにすると、その名前を口にするのも慎重になってしまう。

凛とした姿で町の真ん中に聳え立つ東寺は、厳かな表情をしていた。



しばらくその姿に目を奪われて呆然と立ち尽くす私の意識を遮ったのは、
彼が引くスーツケースのゴロゴロという音だった。

「あ、ちょっと待ってよ。」

小走りで、慌てて彼の後を追う。

その間も背中に東寺の気迫を感じて、ついつい何度も後ろを振り返ってしまう。


京都に、来たんだなあ。

京都駅周辺は、人も多いしそこそこ都会という感じだったから、東京とあまり変わらず、京都に来たという実感が沸かずにいた。

けれど、いかにも「観光客」というような浮き足立ったカップルや家族連れの代わりに、学ランを着た地元の中学生や、スーパーの袋をぶら下げて歩く親子が増えてきた辺りで、 私はようやく、京都に来た、という実感を持ち始めていた。


私が京都に訪れるのは、高校の頃の修学旅行を除くと、これで3回目だ。        

道を歩いているだけで神社やお寺に出会ったり、古い木造建築の家が連なってい住宅街に迷い込んだり、そんな地元の人にとってはなんてことないような日常から、時の流れを感じてあてもなく歩くのが、たまらなく好きだった。

古いものは、落ち着くからいい。

けれど、彼は私と正反対の考え方の持ち主だった。


彼と私は、付き合って今年で3年目。数字だけ見ると長いように感じるけれど、実際はお互い仕事で忙しく、月に1回か2回会えればいい方だったから、あまり長く一緒にいるという感覚はない。

仲は良い方だと思うけれど、如何せん趣向が合わない。
だから、デートの度に苦労する。


新しいものや斬新なものが好きな、彼。
古いものや歴史のあるものが好きな、私。

そんな正反対な私たちだったけれど、会う頻度が少ないからか、記憶にある限り、喧嘩はこの3年間で1度もしたことがなかった。

お互いがべったりと何かに依存するようなタイプではなかったということもあるけれど、それはそれで、なんだか少し物足りないような気もしていた。


「今度の休み、京都に行こうよ。」

そう提案したのは、もちろん私の方だった。

「一緒に京都に行こう」と彼に言ったことは今まで一度もなかったのだけど、心の中ではずっと、大好きな京都に、それも、大好きな秋に、行ってみたいと思っていた。



今までなかなか切り出せずにいたけれど、根気強く調べていたら、良さそうな宿を見つけた。

そこは、京都駅から徒歩で約10分、有名な「東寺」の目と鼻の先にある民泊だった。

ウェブサイトには、その民泊は1つ1つの部屋がクリエイターとのコラボによってデザインされている、と書かれている。

それを見て、確信した。
彼は絶対、ここに興味を示すはずだ。



案の定、彼にそのウェブサイトを見せると、目の色が少し変わったのが読み取れた。

その、僅かだけど確かな表情の動きをしっかり捉えた私は、

「じゃあ、決まりね。宿は予約しておくから。」

と、その場で宿を押さえた。

彼の不意を突かれたような顔に気づかないふりをして、 私たちの久しぶりの旅行先は、京都の東寺に決まった。



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「あ、ここじゃない?」

大通り沿いを歩くこと数十秒、寒色だった風景に、鮮やかな藍色が飛び込んでくる。

その力強い青の暖簾のかかった入り口の横に、小さな引き戸がある。

どうやらここが、今回私たちが泊まる宿のようだ。


彼がスマホの画面を見ながら玄関のロックを慣れた手つきで解除し、引き戸を開ける。

すると、

「こんにちは。サッシャです。ようこそお越しくださいました。」

流暢な日本語でにこやかに挨拶してきたのは、澄んだ瞳で鈍く光る金色の髪が綺麗な、30代前半くらいの優しそうな長身の男性だった。


初対面の人と気軽に話す、という場面があまり得意ではなく戸惑う私をよそに、彼は普段、友人たちにするのとなんら変わりない態度で、自然に挨拶を返した。

彼は、こういう初対面とか、海外の人とか、そんな「新しいもの」に対する抵抗が全くない。

そういうところが、彼を尊敬している部分でもあるし、同時に、私が彼に対して密かに引け目を感じている部分でもあった。



受付を通り過ぎて奥へと進むと、スロープのようなものがあり、その先に、小さなリビングのような共有スペースがあった。

そしてそこで談笑していたカップルの男性の方も、外国人であるようだった。


「ここ、外国の人多いんだね。びっくりした。」

部屋に入ってスーツケースを開いている彼の背中に向かって話しかけると、

「まあ、京都はいかにも日本って感じだしね。」と、至って冷静な返事が返ってくる。

「それはそうなんだけど…」

言葉を濁しながら、部屋を見渡す。
結構、広い部屋だった。


パキッとした白い壁に、黒い線で描かれたポップなキャラクター。

それはどこか懐かしく、愛らしく私たちを見つめていて、楽しげな雰囲気を醸し出していたのだけど、賑やかすぎず、部屋の空気ときちんと調和していた。


なんだか2人で京都に住んでいるみたいで、いいな。

今回私たちが選んだのが比較的シンプルな部屋だったということもあるけれど、「家」の空気も確かにここにはあって、自然と落ち着く空間だなあ、と感じた。


荷物の整理を終えて外に出ると、いつの間にか彼が先ほどの男性と何やら英語で盛り上がっていた。

ああ、そうやって彼はすぐに、新しい人と打ち解ける。

さすがだな、と誇らしく思う一方で、何かが心に引っかかるのを感じる。

それがいわゆる寂しさというものなのか、それとも自分とは真逆で社交的な彼への羨ましさなのかは、今はとりあえず、考えないことにした。



「ちょっと行ってみたいお店があるんだけど。」

と言いながら、彼が私の方に戻ってくる。

明らかに興奮した様子の彼に促され、私たちは、目的地を目指して歩き出した。


続く


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作中に登場する、東寺近くの民泊はこちら。

Kamon Inn Toji Higashi
京都を中心に、地域に密着しながら
展開する分散型民泊。
ここKamon Inn Tojiエリアでは、
「交舎」をコンセプトに運営。
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※本小説は、PR記事として作成・公開しています。

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