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【前編】『飲み×チェーン店×百合アンソロジー 呑んで、喋って、恋をして』感想+よもやま話
はじめに
非常に遅くなりましたが、2023/11/11文学フリマ東京37にてチェーン店アンソロを頒布しました。
ご購入いただいた方、執筆でご参加いただいた方、本当にありがとうございます!
ありがたいことに、書籍はイベントで完売しました。一冊、また一冊と無くなっていく度にとちさんと「もうこんなに、無くなっちゃったよ!」とスペースではしゃぎまくってました。ありがとうございます。
書籍はイベントで完売してしまいましたが、電子版は販売しておりますので、よろしければぜひ!
今回、柊とちさんからアンソロを一緒に作ろうとお誘い頂き、共同で主催をやってみて、『人様から原稿を預かり、内容を整えて本の状態にする』ということの大変さ、そしてその楽しさを十二分に味わうことができました。半年間(特にイベント三カ月前くらいからは)全てが手探りの中で膨大な作業を行うのに何度も心が折れかけましたが、アンソロを主催して良かったな、と今なら心から思えます。
文フリで販売してから気付けば一カ月程経ってしまいましたが、今回の収録作を一作品ずつ感想+よもやま話をしていこうと思います。思ったより長くなってしまったので、前後編に分けて記事にすることにしました。
(今回は、4作目の早瀬さんの作品までです)
今回、執筆者の方々には『実在するチェーン店を登場させること』『飲酒シーンを盛り込むこと』というお題で創作百合作品を書いていただきました。
『チェーン店であることの意味』を色々な角度から捉えていただき、結果的にバラエティに富んだアンソロになりました。主催としては、これらの作品を第一読者として本当に楽しんで読ませて頂きました。
(ここからの感想はネタバレありです!未読の方はご注意ください!!)
ホンマチ、さん『鳥貴族の思い出』
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まず、飲み物と食べ物の描写が具体的で食欲をそそられました。最初のビールの描写、読むと生ビールを呷りたくなる気持ちでいっぱいになります。仕事の後のビール程うまい飲み物は無いと私は確信しています。食べ物もとても美味しそうに描写されていてまさに飯テロでした。メニュー名が具体的に挙げられているのも相まって、鳥貴族に行きたくなりまくりました。特につくねチーズ焼、タレのかかったつくねにチーズというまったりこってり高カロリー、まさにカロリーは高ければ高い程美味しいを地で行くような罪作りな逸品の描写は鳥貴族に意識を飛ばしたくなる程食べたくなりました(これを読んで以来、鳥貴族に行った際は必ずオーダーするようにしています、めっちゃおいしい)。
内容としては、主人公が想い人である彼女の一挙手一投足に思わず注目をしてしまう所、彼女に対する熱い眼差しと強い想いが徹頭徹尾しっかり社会人百合として成している所がとても良かったです。彼女が姿を消した後も尚(むしろ彼女との繋がりを求めるかのように)鳥貴族に通い続けるというのが、悲しみに暮れようがそれでも日々は回り続ける、変わらず日常を続けていなければならないという事を示しているようで残酷な現実をしっかり突きつけられてしまったような思いがしました。題材が大衆居酒屋という日常としての店であるということも、さらにそれを暗示させているように感じます。
というように、食べ物メニューが具体的であるという事、誰が見てもこれははっきりと社会人百合であるということがわかる、つまりは『チェーン店百合』というテーマ性を端的に表す作品だと考え、こちらの作品を出だしに持ってきた、という経緯がありました。
余談ですが、このアンソロをやろうととちさんから最初に話をもちかけられたのが、今年5月開催の文フリ東京の後の打ち上げでした。その打ち上げはまさに鳥貴族で、とちさんに勧められて食べた溶かしバターに付けて食べるフライドポテトがやけに美味しかったのをよく覚えています(あの時は、まさか本当にアンソロを主催するなんて思いもしてなかったんですけどね)。
さらに時を経て、このアンソロの主催+参加者数名でイベント後に行った打ち上げも、奇しくも半年前と同じ店の鳥貴族でした。私がかねてからやってみたかった食べ放題コース・通称『トリキ晩餐会』で予約して、好きな物をめいめい頼んで皆でつつき、作中にも登場したもも貴族焼、つくねチーズ焼、ふんわり山芋の鉄板焼、(後書きの方でおすすめ頂いていた)ミックスジュースに舌鼓を打ち、百合の書き手同士で創作の話をしたりしなかったりするという(むしろこれのためにやってたんじゃないか位には)楽しい時間を過ごしました。楽しすぎて写真は一枚も撮ってません。そんなこんなで、私の中で鳥貴族はとりわけ思い入れのあるお店だったりします。
時邑亜希さん『アラフォー社畜は推しが配膳してくれた黄金色の祝福で優勝したい』
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まずは作中に登場するアンソロきってのパワーワード『黄金色の祝福(ゴールド・インフィニティ)』、これ、ずるいです。こんなの、言いたくなっちゃうでしょ……。しばらくの間とちさんと飲みに行くと、ビールを目の前にして二人でずっとこれ言ってました、本当はカツ丼も無いといけないんですけどね!
最初作者の亜希さんから『なか卯をテーマにします』と連絡が来た時、(私がなか卯に行ったことが無かったというのが大いにありますが)『なか卯で飲めるんですか?』と思わず訊いてしまいました。確かにメニューに一番搾りがあるので、飲めない事は無さそうだ……と思い、実際に店舗に赴きビールとカツ丼をオーダーし『黄金色の祝福』をしました。どんぶりに広がる茶色。それはちょっと甘めでしょっぱくて味濃いめなお汁のせい。カツの油分によるジャンキーさを卵が包みこみ、染み染みなあまじょっぱいお汁も相まって美味しさと罪悪感で震えそう。またビールに合うんだなこれが……。まさに美味しい物は脂肪と糖で出来ているを地で行っている。そこにアルコールを合わせるという罪深さを二乗した組み合わせに「確かになか卯で十分飲める!」と思いました。とっても美味しかったです。教えて下さった亜希さんにこの場を借りてお礼を。
話が逸れましたが、内容はというと、アラフォー中間管理職の独身女性が軽妙な語り口で『この辛い世の中をどう生き抜くか』というお手本を見せてくれているようで、近い将来明日は我が身な私にとってたいへん響くものがありました。積極的に楽しみを見いだし、時間や労力を惜しまないこと、お一人様であること逆手に取り身軽にやりたいことを実現していくことがより良く生きるために大切なんだなあとしみじみと思わされました。
終電で最寄り駅までなんとかたどり着き、気付けば夜も更け、体は労働でヘロヘロ、そんな難しい事は考えたくない状態、そんな時でもサクッと晩酌できるチェーン店に入って、食べたい物を食べ、推し店員に癒される……。という実際にありそうな出来事が日常の中に小さな喜びを見つける行為の一つの例であり、こうやって主体的に小さくても喜びを見いだし自分の機嫌を取ることがすごく大事なんだなと。個人的には、このアンソロの中で一番『自分事』として捉えた作品でした。
もずさん『a glass of time』
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もずさんは学生時代にpixiv小説の百合タグを片っ端から読み漁っていた頃、よく拝読していたので個人的に思い入れのある方です。昔からただのファンだったので、ご参加頂けることがわかった時本当に嬉しかったのをよく覚えています。(打ち上げで目の前に座っていらっしゃって、お話できたのが、今でもめちゃくちゃ感動しています……!)
アンソロの中で唯一、フードメニューが登場せずお酒だけで勝負している作品。フードメニューの食レポをするのも勿論苦心しますが、お酒の味やそれに付随する知識を描くのもまた違った意味で骨が折れると思います。特にお酒の味って、時に想像もつかない物に表される事も多々ある(実際飲んだ事がある中で一番不可解だったのが濡れた岩。濡れた岩なんて食べたことある人いる?)位、風味の表現が人によりけりな所が大きい分野でもあるので逆に難しいと思うんですよね。その上、お酒って醸造方法、醸造所、歴史等々果てしなく付随する知識があるし、これはこれで奥深いものだとは思います。実際、作中でもしっかりお酒の知識に掘り下げて頂いていています。『チェーン店で飲酒する』というテーマのお酒の部分を切り取ってそれを題材にして下さったのは非常に面白いですし、作品の幅を広げて下さって本当に感謝しています。
特に今回、題材となったHUBの、キャッシュオンデリバリー制という『軽く1杯飲んで帰る』がしやすい特性がしっかり踏まえられた内容で、具体的なチェーン店を題材にしているアンソロのテーマ性が生かされているという点も非常にありがたく思っています。
内容に関してですが、この作品は『かわいい』が詰まった作品だと勝手に思っています。具体的には、
・無愛想な幸田さん、先輩の原町さんに一杯付き合ってと誘われると嫌々なポーズを見せておきながら結局誘いに乗っちゃう、かわいい
・幸田さん、原町さんとお喋りしながらお酒を飲むの、なんだかんだで楽しそう、かわいい
・幸田さん、誰とでも親しくできる原町さんが他の人と仲良くしてるのがつい気になっちゃう、かわいい
・幸田さん、原町さんに頼み込まれるから一緒に飲みに行ってるんですよポーズを取ってるくせに、本当は誘われ待ち、かわいい
・原町さん、いつも幸田さんを引っ張ってる立場だったのに本心を話す時になると照れてるの、かわいい
・幸田さん、原町さんからの告白を受け、嬉しいのにやっぱり生意気になっちゃうの、かわいい
などなど。
この方の創作百合作品は、世話焼きでフェミニンな年上×クールで人付き合いが苦手な年下が出てくる作品が多々見られる(ような気がする)のですが、クールな年下が世話焼きな年上にだけ懐くのもかわいいし、普段はしっかりしている年上が年下の前では調子を崩されて弱い所を見せるのもかわいいしで、ある種の様式美だと私は勝手に思っています。
デートはウイスキー好きの原町さんが行き着けにしてそうな、ウイスキーが沢山置いてあるオーセンティックバーとかに行くんですかね、雰囲気がお洒落すぎて固まる幸田さん、かわいいですね(妄想)。
早瀬凛さん『夢と花束』
ツイッターでも色々言っていたのですが、作者の早瀬さんは今から10年程前、私が東方projectにハマっていた頃からそれはそれはほんとにもう大好きな方で……。そんなわけで、長いこと割とガチなファンをこじらせていたのですが、普段は二次創作をしていらっしゃる方なので本当に恐る恐るお誘いの連絡をしてみると快諾いただき、この時ばかりは自分も創作をやってて良かった、と噛み締めました。
お読みになった方はお分かりかとは思いますが、繊細で夢心地な少女の心の中を示したような、確固とした世界観があって、それが内容とバチっとはまっているのがお見事なんです。まず一文読んだだけでもわかる、漢字の開き方が非常に独特で、そこからもう世界観の演出が始まっているんですよね。ご本人曰く『そのキャラが知らなさそうな漢字は漢字にしない』そうで、どんな漢字を開くか閉じるかはその時の匙加減らしいのですが、私には出来ないなー、と同じ書き手として思わされます。だってもう冒頭に出てくる『すてき』とか『うそ』とか、お話を書く時にひらがなにしようとは私は思わないですもの……。時折口語混じりな所もちょっと生意気な女の子っぽくて好きです。
今回登場するお店は『炭火居酒屋炎』という、北海道を中心に展開しているローカル居酒屋で、お話自体も『新千歳空港』が登場していたように、道内が舞台になっています(私の中では『ご当地ローカル枠』だと思っています)。今回、『ご当地ローカル枠』のお話が『夢と花束』を含め2作あるのですが、どちらもローカル展開であるからこそ、その土地柄の様子がしっかり文章から伝わり、地方ローカルである事を生かした内容で、作品の幅を広げて下さりありがたいなと。チェーン店というと私個人としては全国展開しているお店が連想されがちなのですが、地方ローカルなのもリアリティがあって良いですね。
余談ですが、こちらのお店は東京にも1店舗あるようです。
とちさんと年明け行こうと(勝手に)画策中です。ラーメンサラダ、食べてみたい……!生つくねも美味しそう……!
今回お読みいただいた方で、実際にお店にいらっしゃった方がいて、こちらとしては何よりです。ありがとうございます。チェーン店は生活に根付いた馴染み深い店であることが多いので、こんなふうに、わりと気軽に聖地巡礼できるのも、このアンソロの良い所ですね!(自画自賛)
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あと、読むとわかるのですが、なんと途中でパフェが出てくるのです(私はパフェが好きなので勝手に『ファンサ』『skebとかでお金払わなくて良いんですか』と思ってます)。
北海道はお酒を飲んだ後にパフェを食べるシメパフェという素晴らしい文化があるらしいのですが、これにひっかけてパフェを登場させるというご当地感が流石……!となりました。パフェ好きとしてはこのパフェも解説しない訳にはいかないのでちょっとだけ。登場したお店は札幌市内にある『Parfaiteria PaL』というお店です(メニューのネーミングが独特なのでそうだろうと思い、実際にご本人に伺ったらやはりそうでした)。
こちらのお店は夜パフェ専門店という変わった形態でお酒を使用したパフェを常時数種類頂く事ができるという夜営業のパフェ屋さんです。おまけに道内の他にも都内や大阪にも系列店があり、ある意味お酒が飲めるチェーン店と言っても差し支えないかな……とも思います。その意味でもしっかりアンソロのテーマ性に則っているわけです。素晴らしい……!パフェ屋さんが登場するのは私も本文を読むまで分からなかった完全サプライズだったので、あえてパフェ屋さんの店名は表立ってとしては伏せました。
内容としては、自我強めな卒業間際の大学生で主人公の沙綾と、進路等々を含め支えてくれたスクールカウンセラーの一ノ瀬(通称ちーちゃん)とのやりとりが展開されています。このちーちゃん、沙綾ちゃんに対して身体的な接触はかなりあるし、思わせぶりな発言をしまくってるくせに、出自どころか名前すらよくわかってないミステリアスな存在で(『とち狂って手を出しても沙綾なら喜んでくれそうって思いこみは自惚れかな?』とか、スクールカウンセラーとしては勿論失格ですが言われたら相当ドキッとしますよね)。このちーちゃんの本懐を知っていくことで物語が進んでいくのですが、何かを知るとちーちゃんが一線引いてきたり、存在を消してしまったりとまあ厄介なキャラなんですね。根本が学生とカウンセラーという立場で、学生である沙綾が卒業間際という、すぐそこまで別れが来ている中、二人はこのままだと破滅してしまうのではないか……という予感すら感じました。しかし沙綾は『夢を叶えて海外留学するちーちゃんに追い付く』という極めて前向きな考え、対するちーちゃんは全てを捨ててでも愛する沙綾と一緒にいたいという重すぎる愛情をお互い露わにすることによってようやく思いが通じ合うことができ、めでたしめでたしとなります。留学を突然やめて、急きょ都内に就職なんて、愛がなければそんなことできません。あまりに大きすぎる愛です。沙綾はこの先その愛を受け止めきれるのでしょうか……?
それは置いておくとして、かつて二人が望んだ夢の先で、幸福な未来の道筋を二人で歩み出していく、というハッピーエンドで読後感も非常に良い作品でした。あと、二人がスキンシップをしている描写が何度か出てくるのですが、非常に百合みが高くてえっちなんですね……。空港であんなことをしてしまうの、まさに愛です。今回のアンソロの中では一番の濃厚接触でした。こういう作品が一作品あると、ちゃんと百合アンソロと謳えるような気がします。ありがとうございます。
後編へ続きます