1場面物語 精神的リストカット
仲の良い友達夫婦と定期的に会う。
仲睦まじい親子が遊ぶ休日の公園にフラッとでかける。
そうして、私は私の心にそっと刃をたてる。
私は多分、人並みに幸せなんじゃないだろうか。
飢えて死ぬことも無いし、友達だっているし、結婚もした。
順風満帆ではなくても、大きな事件にも事故にも巻き込まれず、大病もせず今日まで生きてこられた事は感謝しかない……はずだ。
そう、そのはずなんだ。
気がついたのは友達に彼氏や、彼女ができ始めた頃。どうしても解らない事がいくつかあった。
心を揺さぶるそれ等を前に
私は初めて自分の手首にカッターナイフをあてた。
けれど、長続きはしなかった。
だってなんの意味もない。
ただ傷が痛々しいだけで、なんの意味もなかった。
友達に心配されても、彼氏に心配されても、これっぽっちも嬉しくなくて、ただ、申し訳無さと瘡蓋の痒みだけが残った。
生きている事を感じると、同じ傷を持つ子たちは言うけれど私は少しも感じられなかった。
『見える傷はなんか駄目だな。周りを不幸にする気がする』
私はそっとため息を付いて、カッターナイフを置いた。
同じ傷を持つ子達とも、同じ気持ちは持てなかった。
そうして、時は過ぎる。
周りが結婚しだした辺りで、また、心を揺さぶられる。
一番大切なものが決まっていくさまが、優先順位が決まっていくさまが、私の心にどうしようもない渦を巻く。
隣を歩く夫を見ながら、そう思ってみようと試みて、その時点でおかしいのではないかと気がつく。
『私は…、私にはない…。ないのか……』
その事が酷く私を切なくさせた。
それからというもの、心のどこかが沁みるような感覚になるのを知りながら、優先順位の決まった、一番を持っている人達と積極的に交流している。
目の当たりにして、思い知って、私に無いことに切なくなって、でもこれが私の生き方よね?と…確かめるように眺め続ける。
そう、それはまるで腕に傷をつけて生きているのを確かめるよう。
私はそっと心に傷をつけて生きている。
これは精神的リストカット。
誰にも見つけられない私だけの痛み。
色々な思考をするなかで思いついたので書いてみた。
解りやすいリストカットなら、手を伸ばしてくれる人もいるかもだけど
心は透けてみえないから……『精神的リストカット』をし続けて、深く深く傷つけちゃった人は…救急車を呼ぶ事もないままに終わっちゃうのかもしれないね。
んー。
自分の他に一番とか、優先順位とか、持っててハッキリしてる人って強いし弱い。
それって、でも輝きなんだよ。
とっても、眩しいんじゃないかな。
あと、温かいよね。やたら。
何も決まらない、自分だけを見つめ続けるのって、まぁそれも覚悟具合な気もするけど……
極寒の誰も来ない真っ白な雪原で立ち続けるのに似てるのかもね。
これは一つの思考で、別に何か決めてるのが偉いとか、リストカットがどーのこーのってことではなくて。
上手く言えないなぁ。
思考してると急に来るんだよ。
『あ、これってこうかも…』
みたいな。
私の中にもきっと物語の中の人の気持ちは多少あって、それを誰かとして見るうちに大きな感情になって、割と私は泣く。
思考泣き。
泣きながら、冷静だから、凄い冷たいことを登場人物に思いつつ、その切なさや、感じることを考え泣く。
普段そう思ってるとか、潜在意識とか、多分言われるんだろうな。違うけど。違うんだよ。
でもそう思ってるって、思いたい人は思ったらいいよね。
だって、誰の心も透けて見えるわけじゃないから『仮定』するしかないじゃない。
なーんて。
頭が動いてる時ってまとまらないよね。
ちょっとアレな内容だからなんか書いとこうと思ったらこれだよ。
これをどこかの1日分の記事にするのなんか嫌だ。
でもこれは出したい気がする。
から、えーいっ。2つめの記事として出しちゃうぞー。
と仕事前にサラサラ書いた私でしたとさ。
心配はない。
納豆ご飯を美味しく食べた私自体は元気なの。