砂鯨を追う 五砂目 市場へ
オリジナル創作物語の続きです。
一砂目、二砂目、三砂目、四砂目
レーヴェは舟の修理があるからと言って先に小屋を出ていった。
リリベットと僕はこれからどうするかを話し合うことにした。
「せんせいは、星旅行自体も初めてなんでしょう?」
「うん…そうだね。はじめてだよ」
まさか、自分の星ではとんでもない犯罪を犯してここにいるとは言えない。
「じゃあ…この星を好きになって…帰ってね」
あぁ、きっと好きになる。この星を。
けれど、そうだ…考えてなかった。いや、考えないようにしていた。
深く考えたら、僕はあの青い星を出られなかった。
僕は、隕石の正体である砂鯨を見つけたあとどうするつもりなんだ。
自分の事なのに…あぁ、また、遠い地球の友人が「お前は…本当にそういうところだよ」と呆れる顔が浮かぶ。
リリベットの言葉に僕は笑顔で頷いておく。
「よし。そうしたら、まずは市場に行きましょう。漁に出たらなかなか陸には上がれないし。色々買い付けもしないと…」
市場か。市場があるのか。
異星の市場。何が売ってるのだろう?地球で言うところのお金はあるのだろうか?
「案内よろしくね。リリベット」
「迷うほど広くないけど…迷わないでね。せんせい」
こうして僕はこの星の文化に触れることになる。
✽✽✽✽✽✽✽✽
小屋を出て通路を進む。
どうやら街の通路は渦を巻いた貝のように螺旋を描いているようだ。
高低差がある。
僕達のいた小屋は最も最下層にあり、今は上り道。
周りには何もないのか永遠と砂の海が見える。
あとは空に浮いている不思議な島。
地球のRPGにありそうな風景に、地球でゲームシナリオを書く人間は地球人じゃなくて宇宙からやってきた異星人だったのでは?と思うほどだ。
「嘘みたいに、綺麗だなぁ…」
白い小屋が砂色の世界に映えている。
地球なら青い海と青い空だが、この星の砂の海とエメラルドの空も良いなと僕は思う。
「せんせい。もうすぐつくよ。」
リリベットの声に視線を先に戻すと登坂がおわっている。
僕は少し早足でリリベットに追いつく。そして、目の前の光景に感動する。
「わぁ……すごいや……」
そこは開けた場所で、地球で言うバザールのような感じで簡易テントが所狭しと建てられ、それぞれが品物を並べている。
目に入ったもの全てが珍しい。
異国を旅行した時に似た胸の高鳴りがあるが、それ以上だ。
「この星の貿易はここだけ。だから、みんな集まってきちゃうの」
隣に立つリリベットがそう言った。
ここだけ?この星はそんなに大きくないのか?
それとも、文明があまり発展していないのか。そもそも、地球のように万遍なく生物がいる事はもしかして珍しいのか?
「さて、せんせいはまず…」
リリベットが僕をジロジロとみる。
なんだろう?何か変かな。
「その着てるを変えないと」
そう言われ、周りに目を向ければ確かにこちらを見ている視線と頻繁にぶつかる。
ヒソヒソとした話し声も聞こえる。
自分の白衣を引っ張り確かめるが穴も空いてないし、中のシャツやズボンも汚れているが許容範囲だと思うのだが。
「え、この格好、まずい?」
「まずくはないけど、このへんの星の人じゃないの目立つし、なにより砂嵐になったら傷つくと思う」
リリベットは僕の問に淡々と答えながら、一つのテントに近づく。
「やぁ、リリ。昼の期間2と夜の期間3ぶりだね」
「どうも。ウェリゴルベ」
僕は目を見開く。
可愛らしい声と共に沢山の不思議な布の中から顔を出しのは、獣の耳に獣の瞳を持った少女だった。
ウェリゴルベと呼ばれた少女は褐色の瞳を細めて僕を見た。猫がじっと目を細めて見てくる時によく似ている。彼女は…獣人というやつなのだろう。
この星には獣人も住んでいるのか?
「リリ。趣味悪い…」
「ウェリゴルベ、失礼。この人は、旅行しに来たの。案内してるのよ」
「そう。リリの趣味を疑って悪かったよ」
「もう、いつもそんなことばっかり言うんだから。この人はせんせい。チキウ?から来たんだって」
僕は何だかウェリゴルベに歓迎されていないようだ。しかし、異星での僕はなんの力もない生命体なわけだから、少しでも仲良くしておいたほうが良いだろう。 「お前の笑顔はヘラヘラしてて…たまにムカつく」と地球の友人に言われる笑顔で乗り切るしかない。リリベットは人型で笑顔を向けると嬉しそうにしてくれるけれど、他の星で笑顔って地球と同じ意味なんだろうか?
「どうも、はじめまして。先生と、呼ばれています。」
「どうも異星人。チキュウ?聞いたことないなぁ。僕はウェリゴルベ。リリの友達だよ。」
一応、挨拶は交してもらえた事にホッとする。笑顔で大丈夫みたいだ。
そんな僕らを置いてリリベットは軒先に出ていた不思議な布を手にとってみている。
どの布も宝石のようにチカチカと瞬いている。
「ねぇ、ウェリ。いい布ある?」
「リリ、服新しいのにする?リリにはこの色が似合うよ」
ウェリゴルベは嬉しそうに薄桃色の生地をリリベットの目の前に出した。
それは陽の光を浴びて磨かれたダイヤのように輝く。
この星のものはまるで銀河を見ているように輝く物が多いのかなと思う。綺麗。
きっと、あの薄桃色で仕立てた服はリリベットによく似合うだろう。
「私のじゃなくて…今回はせんせいのやつ」
リリベットがそう言うと、先程までの嬉しそうな顔が引っ込んだウェリゴルベに軽く睨まれる。
「この異星人の?」
「そう。それからウェリ、さっき紹介した。せんせい。」
「あーはいはい。センセーの服の布ね。これでいいでしょ。今着てるのより上等。でも似てる色」
ウェリゴルベはとてつもなく面倒くさそうに僕の前に布を出した。それは、白い布だったが真っさらな雪のようにキラキラと輝いていた。綺麗だ。
「あら!素敵。何も知らないせんせいにピッタリ」
何も知らない…白って色は、やはりそういうイメージなのだろうか。他の星でも。
「じゃあ、それで砂の海を渡る服を。せんせい、この布でいいよね?」
リリベットに聞かれ僕は静かに頷く。
この星の布事情はわからないし、なにより、リリベットが「素敵」と言ったものを否定したら、目の前の獣人の爪の餌食になりそうだ。
「お願いします」
僕は素直にそう言った。
ウェリゴルベは面白くないと言うように鼻を鳴らした。
「仕上げは…出来たらリリのところのウィーウィーに知らせる」
「ありがとう、ウェリ」
「ありがとうございます」
僕とリリベットはお礼を言ってテントをあとにした。
そういや、採寸も何もしてないけど……どうやって仕立てるんだろうか。
異星人のせんせいを連れて市場にきた。
辺りをキョロキョロして、本当にウィーウィーそっくり。
なんて考えていたら、せんせいが質問をしてくる。
「ねぇ、リリベット。ウィーウィーってなんだい?」
ウィーウィーみたいな癖に、ウィーウィーを知らないなんて何かおかしい。私は少し笑って
「ウィーウィーが何かって?せんせい、本当にこの星の事、何も知らないで来たのね…」
やれやれと溜息をついた。
ウィーウィーは見せたほうが早いし、せんせんいにもウィーウィーを持ってもらったほうがいいかもしれない。
「いいわ。ウィーウィーも調達しましょう」
私は馴染みの縞模様のテントにせんせいを引っ張っていく。
「マレンゴ!!」
店の店主に声をかける。
マレンゴは大きな体の持ち主で、赤い髪を一つに束ねている。
「リリベット!!久しいな!!」
レーヴェと同様に、迫力を持っている。
なにより声が大きい。
砂の海の上で聞くのにはちょうどいいが、市場だと少し大きすぎると思う。
「元気そうで嬉しい。今回の漁は来ないって本当に?」
「あぁ…星渡りの関係でな」
「そうなんだ。残念」
マレンゴも漁の仲間だ。マレンゴがいる漁はとても豪快で、なにより船員達の士気があがる。レーヴェだけでも十分なのだが、マレンゴもいるとそれはそれは大盛り上がりするのだ。
「ところで、リリ。今日はどうした!!異星人まで連れて!!」
そうだ。影が薄いからちょっと忘れていた。
せんせいを見ると、マレンゴを穴が開くほど見つめている。私と会った時も、レーヴェと会わせた時も、そうだったけれど、チキウの人は会った人を見つめることで何かを得ているのかもしれない。名前も聞いたことのない惑星から来た異星人…。
「そうそう。この人は、せんせい。漁に一緒に行きたいんだって。星旅行は初めてよ。」
私が紹介すると、マレンゴは楽しそうに頷いた。
「漁に!!そりゃー豪快な異星人さんだっ!宜しく!俺はマレンゴだ。」
「どうもはじめまして。先生と呼ばれています。地球から来ました。」
「漁に行くって、レーヴェには会ったのかい?」
「えぇ。ここに来る前に挨拶をさせてもらいました」
「そうか!!おっかなかったろう!!あれは俺の姉だが、俺もおっかなくてなぁ!!」
ガハハと笑うマレンゴと、困った笑みを浮かべるせんせいを私は横目で見る。
全く知らない惑星の異星人だけど、敵意がないのは伝わるから割と皆と打ち解けるの早いほうかも。これなら、大丈夫そう。
この人には、舟に乗ってもらわないとならない。
私はそう感じている。
「マレンゴ。せんせいに、ウィーウィーをあげたいの」
大笑いしながらバシバシとせんせいの背なかを叩くマレンゴにそう声をかける。
このまま叩かせ続けていたら、せんせいが真っ二つに折れそうだ。
むせているせんせんいの背なかを擦りつつ、私はマレンゴに続けて言葉をかける。
「この人、この星の事色々知らなすぎるから、サポート出来るようなウィーウィーがいい」
「おう!!せんせいが良い奴なのは空気でわかる!!最高のウィーウィーを連れてくる。ちょっと待ってろ!!」
そういうと、マレンゴは店の奥に引っ込んだ。
むせているせんせいに
「大丈夫?」
と聞くと、大丈夫と小さな声が返ってきた。
「リリベット…聞いていい?」
まだ少し苦しそうな感じだ。
「どうぞ」
「この星の人は、えーっと、家族って括りがあるの?さっき、マレンゴはレーヴェのこと姉って言ってたけど」
「あるよ。一応。レーヴェとマレンゴは同じ石から生まれたからきょうだいってやつ。珍しいけれどね」
せんせいがとても驚いた顔をする。
時が止まってしまったように、せんせいは動かなかった。
どうしたのだろうか?
「せんせい?」
「……石から生まれる?」
「そうよ」
「リリベットも石から生まれたの?」
「そうよ」
この星の人はみんな石から生まれる。
私は気がついたら星の空を眺めていた。
新しい命を見つけたら、みんなで世話をして育てる。いつ生まれるのか、なぜ生まれるのか誰も答えられない。
けれど、この星の教えが「星のあるがままに生き、星のあるがままに死ね」なのだから、あるがままに生きるだけだ。
「僕は僕の常識の外側を次々と見ているよ。でも、そうか…ここは…本当に遠い遠い星なんだ…」
せんせいはそんなことを呟いた。
この人は自分の星を出て、なぜ観光地でもないこの星に来たのだろう。砂鯨の歌がいかに魅力的でも、その歌の意味を知る事はとても難しいのに…。この星の人だって、ほとんど知らないのに。
「せんせいの星では石から生まれないのね。じゃあ、これもいいお土産話になるね。」
「うん…まぁ、戻れたらね」
「……普通、星旅行の人は自分の星に帰るけれど、せんせいは帰る気ないの?」
何も持たずにやってきた異星人。
遠い遠い星からやってきた異星人。
この星の事も、周りの星のことも、きっと何も知らない異星人。
「僕は、なんていうか、片道切符を切ったから…本当は僕の星では、星間移動は禁忌なんだよ。それを無理にやって来たんだ」
だから、戻れるかもわからないんだとせんせいは笑った。その横顔は寂しそうで、でも楽しそうで、私はなんとも言えない気持ちになった。
『この星を出ることなんて私には考えられない』
店の奥からゴトゴトと音が鳴る。
キィーキィーと言う鳴声とマレンゴのあやす声が聞こえてきた。
「頼むよウィーウィー。お前は星屑のように美しいんだから」
マレンゴの太い腕に抱かれた小さなウィーウィーは、抗議の声をあげ続けている。
「リリベット!!すまねぇ!!ウィーウィーがこの子しかいなくてな!!美しい子なんだが、ちょっと気難しいんだ」
「そうなの…せんせい、どうしよう?」
「これがウィーウィー…」
せんせいは、ウィーウィーをじっと見つめる。
騒いでいたウィーウィーが黙った。
やはり、せんせいの星ではじっと見つめることで何かを得ているし、何かをしているのかも。
せんせいは、そっと腕を伸ばした。マレンゴは腕の力を弱めた。
「僕は遠い遠い星からやって来たんだ。君のことも何も知らない。檸檬色の綺麗な君のことが知りたいんだ」
れもんってなんだろう。
ウィーウィーみたいなものがせんせいの星にもあるのかな。
ウィーウィーはじっと紺碧の瞳でせんせいを見つめていたが、ヒョイッとマレンゴの腕から飛び出てせんせいの腕におさまった。
「わぁ…見た目は檸檬みたいだけど、触るとふよふよしてるんだね。綺麗だなぁ」
ウィーウィーは無表情でせんせいに触られている。
「ウィーウィーは便利よ。色々届けてくれるし、鉄屑を食べると光るから夜の期間の灯りになるの。尻尾の葉っぱは大切にして。それはその子の命だから」
私はウィーウィーの説明をサラサラとした。
「君は光るのか!素晴らしい!」
せんせいはとても楽しそうにウィーウィーを眺めた。
マレンゴはホッとしたような顔をしている。
いつもなら沢山のウィーウィーを所持しているはずなのに、どうしてこの1匹だけなのだろう。
「マレンゴ。何かあったの?」
私の顔を見たマレンゴは頭をかいた。
「レーヴェには言わないでくれるか?」
「いいわ。このウィーウィーくれるんでしょ?」
「勿論!せんせいはウィーウィーを大切にしてくれるのがわかるからなっ!!」
「で、何があったの?」
せんせいは飽きずにウィーウィーをこねくりましている。
マレンゴは私に顔を近づけ、マレンゴができる小声の最大限でこう言った。
「星賊団だ」
新たな出会いの予感。
星を渡り歩く物語。
《作者のぴよぴよ》
お読みいただきありがとうございます。
長い。今回、長いね。
早く舟のせたいけど、まだ陸です。
ヘッダーは先生のメモ風。ウィーウィーだせました。
星のことも、チラホラ出てきましたね。
リリベットサイドからだと、星のことって当たり前だから説明がつかないんですよ。あんまり。
二人の視点で進めちゃってるので……むむむ、難しい。
でも、このあとも、地球との違いとか、色々だしたい。
続きは…何だか物騒そうですよね。
地球人が思うより異星人達は交流が盛んなので驚いたりは少ないかも。けど、先生は弱々ポンコツなの見抜かれる。
よろしければこの先も、一緒に見知らぬ惑星を旅しましょう。
銀河の果てから、愛を込めて。
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