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思いつき1場面物語

Hello Hello

もしもし もしもし


これでいいのかな?


呼び出し音は数回、プツッと音がして現実になる。

「もっ、もしもしっ……!!」

「あははっ、なに?そんな緊張したの?」

「そ、そんなに笑わなくても…」

「ごめん、だってガチガチなんだもん」


あぁ、よかった。
声が聴けて。

「何かあったのかなって心配したの」

「大丈夫だよ」

「怖い夢をみたの」

「大丈夫だよ」

「相変わらずね、あの散歩コースにいくの」

「懐かしいねぇ」

「歩いていると信じられないのよ」

「綺麗だよね」

「あなたが隣にいなくても、景色は変わらず綺麗なはずなのに、ちっとも楽しくないの」

「大丈夫だよ」

「何時か忘れて、笑える日が来るのかな」

「大丈夫だよ」

「……。」

「笑って。笑顔が一番好きだ」

「上手く…笑えてるかな?」

「世界で一番」


そこで、プツッと音がして世界が無音になる。

「世界で一番…どうなのよ」

零れ落ちる涙を拭ってくれる手がないから、あとからあとから落ちていく。


『あの人と、会話ができます!!ほんのひととき、あなたの世界で夢の会話を楽しもう!!』


そういう謳い文句のアプリだった。
話したい言葉のいくつかと、あれば音声をインプットさせて、まるで会話しているかのようになるという昔流行ったチャット型AIの音声版。

たぶん、故人と会話しようとしたのは私だけじゃないかな……普通は叶わない恋の相手とかとするとか、自分の理想の人との妄想会話を音にするんじゃないかな。

すっかり冷めた珈琲を口に運ぶ。
好きでもない珈琲を飲むのは、忘れたくないからだ。
家に遊びに来ると嬉しそうに豆を挽いてくれて、私は珈琲苦手だって何度言っても「この豆なら!きっと気にいるよ!」なんて言って、結局二杯飲むのだから笑ってしまう。

散歩コースにしていた川辺は、毎日綺麗で、その事が私の心に小さな痛みを起こす。
初めて会った時から、無機質な白いベットの上までの景色が風に捲れる本のページのようにペラペラと頭の中にある。
1枚ずつゆっくり捲っていたら心が保てない。

そんな風に思っていたのに、声を聴きたい欲に勝てなかった。


「世界で一番、君が好き」

眩しいほど、真っ直ぐな言葉が耳の奥に眠っている。AIにインプットさせられなかった。
やっぱり肉声でないといけないのだ。大切な言葉ほど。

でも、その体が崩壊して、そうしたら世界が一つ消えてしまって、その一番もなくなってしまった。

二度と聴けない。
その、当たり前の残酷な現実が私の日常を削っていく。

それでも…。

今度は、アプリに繋いでいないヘッドホンをする。
無音のはずの向こうから、遠く街の喧騒と水鳥の鳴き声がする。
何時もの川辺で、私達は川の流れを見つめていた。

『大丈夫』

「いつも、大丈夫っていうけれど私は…不安だよ。この先……何もないし、どうしていいかわからないし」

『きっと大丈夫』

「そうやって、大丈夫っていって、何も話してくれなくて、だからずっと怖かった。あの時も……」

『ごめん、でもね』

覚えている。温かくて、いい匂いがする。
私にはない体の厚み、大きな手。

『君は君の世界で、きっと素敵に笑い続ける。大丈夫、俺が保証する。そういう人生が、君には似合うよ。世界で一番、君が好き』

その言葉が、せめて嘘にならないように。
私はこの世界を生きていかなくてはならないね。


ヘッドホンを外して、カーテンを開けると柔らかな日差しが届く。
街の喧騒が少しずつ窓から入ってきている。
朝になったのだ。
新しい一日の始まり。


私は、日の光の眩しさに目を細めた。
涙が一筋零れて落ちた。






『もしもし』
って、書きたかっただけなんだけど、そしたらこんな話しになってしまったのでした。

書いてる場合じゃないよ。着替えて仕事行く準備しろよ。

というわけで、読んでくれた人有難うございました。あなたの今日が素敵なものでありますように。

肉体があると窮屈でふべんだけれど、それって愛おしいことだよね。きっと。



サポート設定出来てるのかしら?出来ていたとして、サポートしてもらえたら、明日も生きていけると思います。その明日に何かをつくりたいなぁ。