【INUI教授プロジェクト】最終回 第四章 まとめ:『Conclusion 』
ここまでの話を振り返ってもらいたい…
多分「納得の行かない展開」が所々にあったと思う。が、特にいままで太字で書かれた場所は、このプロジェクトを七田視点で解いてゆく上での重要ポイント・要素を示している部分である。
今からここで皆の納得を得られる事が出来れば嬉しいので、最後まで読んでもらい意見を頂ければ光栄に思う。
(追記あり)
●【まとめ】:『Conclusion』●
行動科学。。。私はこのプロジェクトをこのような方面で説いてゆく事にした。が、これは「人間の行動を科学的に研究・解明するもの」とされている。それには「数字」が必要であり、実験方法としては「再現可能なもの」でなければならなく、それが不可能であれば「科学」ではなくなってしまうのである。よって、行動科学。。。の中でも、心理学の側面で、このプロジェクトを眺めてゆきたいと思う。プロジェクトの方針からして、
『人間行動と社会の関係性』
ここに着目してゆきたい。
社会性を取り除いた時の人間行動である。
人は生まれながらにして【善】でもなければ【悪】でもない。
しかしながら、私達人間が主観的な世界に生きている以上 【善】にもなることが出来れば、【悪】になることも出来るのである。
ではどうしたら、主観的な善と悪が生まれるのであろうか?
それは「社会」に適応出来るか出来ないかによって生まれるものであると思うのだ。
社会に適応し、社会が認めるものが【善】であり、
社会に適応できず、社会が隅に追いやるものを【悪】と呼ぶ。
そのような中で、善悪の基準となる「社会」を取り除いてしまった時に
人は
「個人の利益」また、「個人の主観」を第一に考える【悪】と化す危険性を持ち合わせているのではないだろうか?
この実験で社会性を取り除いた時に、小春・夏樹・文秋そして冬音。。。
それぞれが、それぞれの想いを軸として行動していた結果
小春の冬音への疑念。思考暴走に脅迫概念。
夏樹のアイデンティティー・フュージョン(個人と他人の境界線が曖昧になる現象)。言動・行動暴走。
文秋の不安から来る妄想性障害に自身の追い込み。
冬音の場合にのみ、この『社会からの隔離』がプロジェクト参加以前に家庭事情による物で起こっていたとみられる。が、その状態で参加をしたために、小春への想いに「歪み」が発生していたと考えられる。
4人共に、社会から切り離されたことによる思考の原始化が起こったと私は見ている。
ただし、先程も言った様にこの実験は再現不能な物である。
というのも上記の通り各被験者に現れた心理学的歪みは、各被験者特有の物であり、今回の結果は上記4人が故のものとなっているからだ。
今回は特に各被験者が皮肉にも共鳴しやすい点があった事が挙げられる。
冬音が実験参加に作り出した「小人」という空想物が都合良くも夏樹の「受け入れられない夢」にシンクロし、監視カメラによる性的誘惑が不可能と判断し「弱み」を探すことにした冬音の元に文秋の秘密が舞い込んだ事。小春の妹への想いを受けた犬の名前に冬音が負の反応を示し、夏樹の冬音へのアイデンティティ・フュージョンに拍車をかける様に、文秋が心理的錯乱に陥った時に作った薬草茶が幻覚・思考混濁を招いた事。小春が冬音への怒りを他にぶつけずに自身に放った事など、個々の個人概念がパズルの様に当て嵌まってしまった結果による悲劇だと言える。
しかしながら、個々の心理変化後の根底にある自己中心性・被害妄想。。。様々な歪みは社会という基準無き物が生み出したただの個人概念が本能的行動に結びついたものであると言えるのは確かである。
例え被験者間での共鳴が無かったとしても、被験者の個人概念が「個人の利益」また「個人の主観」中心になっていた事であろう。
それを考慮すれば冬音の当初の計画であった「何か」が必ず起こっていたと予想でき、冬音の計画が決して的外れではなかったと言えよう。
人間の行動は社会と密接しているという事が、このプロジェクトで証明されたのではないだろうか?
人間がゼロから発展するのとは異なり、既に遺伝子の中に「社会性」が組み込まれている状態で、周囲の条件をゼロに戻すことは、行動・思考をも狂わせるという事に繋がると考える。
現に、社会という世界に戻った4人の行動を見てみると、
4人全員が社会における自分の立ち位置をもって、プロジェクト内での自身の行動を【悪】と認めることが出来ている
のである。
被験者達は大いなる心のダメージを負った事は間違いないが、
社会に戻った後の彼らの足取りが光に満ちている事が何よりの救いだと言えよう。
【夏樹】はうつろながらに自身の行動を覚えており、真の自分ではなかったと認めつつも、自分の身体に残った傷を眺めながら、「スタント」という新たな目標を掲げている。体中に残る梅子の牙の跡がハクをつけたのか、学生という立場でも今やテレビシリーズのレギュラースタントを務めあげ成功をおさめている。
人生が終わったと思い込み、自らの人生をほおり投げた【文秋】。
父親に再会した時点でこの世の終わりだと思ってはいたらしいが、プロジェクト内で起こった事は「社会」に漏れることがない事を知った父親は、文秋の話を聞くうちに、怒りを示すどころか、思い立ったように新しい事業を文秋に提案したのである。
『CBD』…大麻草の茎や種から抽出されるカンナビノイドを使用して合法に作られた精神不安緩和製品である。これを大々的に日本で展開し始め、今や国内においてこの業界の先駆者として文秋の名が知れ渡っている。
そして、、、
【冬音】と【小春】…
塀の外の「社会」にいた警察の話を聞いたと同時に、
二人は病院のベッドの上で抱き合いながら涙を流していた。。。
小春がプロジェクトに参加してから一年、冬音は小春が受け続けてきた苦痛を味わっていた。が、冬音がプロジェクトへ参加し、鬱憤をぶつける的がなくなってしまった彼らの家族は、
「社会」へとその矛先を向けだしたのである。
冬音と小春、どちらもいない7か月間の間…
母、男(冬音の父親)そして兄は、
数々の暴行罪・傷害罪、公然わいせつ罪に強制わいせつ罪といった性犯罪を犯し、「社会」に適応していない【悪】が露にされ、「社会」のなかの「法」により、それぞれ懲役16年以上を言い渡されていた。
小春と冬音はお互いの手を取り合い、今まで逃げる事の出来なかった場所からすっぽりとその存在を消すかの様に、新しい人生のスタートを切った。
(*小春と冬音に関してはレポート本文最後に追記あり。教授からの質問:冬音の当初の小春へのたくらみについて。小春を連れ戻して、どうさせたかったかについて等。)
無事に回復へと向かった梅子。。。退院と同時に梅子も消えた。
病院の監視カメラには、両手を広げ梅子を抱く小春と冬音の姿が映っていた。あんなにも冬音を威嚇し続けた梅子だったが、再会の時には梅子の冬音への威嚇は全く持って見られることがなかったのが不思議ではある。
が、私は梅子が本能的危険を社会に復帰した冬音に見受ける事が出来ず、「本能」が冬音を受け入れたのではないかと考えている。
私達の行動は、「社会」という物により善悪を見つけ、「方向性を示してもらっている」と言っても過言ではない。
身近な者の助言や見解、自らの悩みを吐き出す場所なども「社会」に付属している自身の中で生まれた悪への『制御作用』なのではないかと考える。
現に夏樹の場合、自身の夢の行き先を周りの発言などによって制御されており、それにより爆発・暴走をも制止されていたのである。親の助言に、合コンでの女性達の反応…反発をする前に、一旦自身を見直すことで「ちがうな。。。」とふと『思う事』に留まっていたのである。
文秋の場合は、「悪」であると理解している事柄が、「社会から切り離された世界」を目にした瞬間に、悪を実行する条件を手に入れ、悪事を働く心が自由に羽ばたく空間を見つけてしまったにすぎない。もし、文秋がこのプロジェクトに出会っていなかったら…果たして彼は悪を「社会」の中で実行したであろうか?
「社会」は主観的な善悪をつけるものであると同時に、
人に規制を促すものであり、
それは人間行動科学において切り離すことのできない心理的要素に繋がる物なのではないだろうか。
このプロジェクトに参加してくれた被験者の将来が「社会」の中で光り輝き続けることを私は願いながら、このレポートを終了したいと思う。
人類学部行動科学科心理学専攻 七田 苗子
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という事で、
●冬音の小春へ抱いていた「歪み」説明●
上記通り、冬音については「社会からの隔離」がプロジェクト参加以前にあったと述べた。これは家族のドメスティック・バイオレンス(以下DV)から起こったものと言えるだろう。
DVを「身体を傷つける暴力」と考える人が多くいるが、実際の所その本質は社会的・精神的・精神的・経済的・そして性的なものを含む
「支配とコントロール」である。
長年直接的DVの対象になっていたのは小春ではあるが、「DVを目撃させる事」も「児童虐待」であることを忘れてはならない。(*児童虐待防止法)
それを踏まえると、直接的な暴力を受けてこなかった冬音、またその兄も被虐待児(直接暴力を受けた子供)と同様にDVの被害者と呼べる。
その中で冬音は唯一小春との絆を認識していた。
言わゆる小春が「母親代理」的な存在であり、小春への心理的アタッチメントそして依存をしていたと思われる。
信頼を置いていた小春が突然姿を消した事への喪失感、そして小春への信頼の崩壊はここで起こったと考えられる。
続いて冬音を襲ったのが家族からの直接的DVであり、冬音の供述により家族から冬音へのDVは「小春がいなくなったせいだ」と言われ続けてきたことが判明した。これ自体も精神的・言葉によるDVではあるのだが、この時点で小春に「裏切られた」という観念があった冬音の思想を家族の言葉が突き詰める事になり、「小春がいなくなったから」・「小春が戻ってくれば」という思想に変換されるようになったのではないだろうか。
冬音の本質的心理を読み解くと、小春へのアタッチメントの心理的要素が大きく、小春を恋しがる気持ちや小春に会いたいという物であったと思われる。が、前に述べた通りDVによりこの感情に歪みが起こってしまったと思うのだ。
研究によりDVの被害者で
依存性が高い人ほどDVによる自己信頼感が低下し、
依存性が低い人ほどDVによる自己信頼感が変化しない
という結果が出されている。
冬音は前者であり、小春は後者と言っても良いだろう。
自己への信頼感が薄れた中で、比較物となる「社会から心理的に隔離」されていた冬音にとって、家族のDVが冬音の想いを捻じ曲げ導いていったと考える。
冬音がプロジェクトに参加した時点での目的は
『小春を連れ戻す』とだけ私は述べた。
というのも、レポートの物語を語るうえで、心理的要素は一切出さぬようにした事と、ここに被験者の心理的負の共鳴を読み取って欲しかったからである。
第⑤話を振り返って欲しい…冬音が放った言葉は「目的は小春を連れ戻す事」とある。
冬音はそこで、小春にまたDVを受けさせたいとも、地獄へ戻したいとも言ってはおらず、しかしながら小春の個人概念は
「連れ戻す」=「冬音が地獄に自分を引き戻したがっている」
と受け取ったのである。
また、⑤話は『小春2』であるため、小春視点からの解説となっている事で、小春から見えた冬音の姿が描かれている事になっている。
実際冬音の中であった物は『小春を連れ戻す』一点だけに絞られており、その後の計画は全く持ってなかったのである。
これは長年のDV、そしてその後起こった直接的DVにより追い詰められた冬音がこの1年心の中で唱えていた物が、小春を見つけ出した瞬間に「目的」になったからだと言えよう。それはインプリント(刷り込み)にも似た心理学的行動だと考える。
レポートでも述べた通り監視カメラの足取りを見た所、夏樹の異常性に気づく前の冬音は、当初の目的だけを見つめていたと私は読んでいる。が、小春への暴力を目にした瞬間に冬音の表情はオロオロとし始め、小春をかばう行動に出ているのである。この時点で小春が家を出る前のステージに冬音が心理的にも戻されたからではないだろうか。
小春が自身を傷つけた後も冬音は「それが目的ではない」と感じていたように私は感じ、また社会復帰後の冬音により私の仮説は裏付けされた。
冬音は決して小春、また他の被験者を「傷つけよう」としていた訳ではなく、「小春を連れ戻す」この一点だけを考えていたことが分かった。
そこには小春を連れ戻した後に小春及び自身の身に起こりえる事柄の想定など到底含まれているわけではなく、ただ単に「小春を自分の元に戻す」事に絞られていた。
小春が夏樹に暴力を振るわれた現場を目撃したことで、以前の二人の関係性が冬音の中に戻って来たこと。
小春に対するアタッチメントが正の働きをもって戻って来たこと。
小春を失うかもしれない状況下にあって、「小春を失いたくない」心情が一気に溢れ出したことが、術後回復した小春を抱きしめる素直な行動に現れたと考える。
そこには、素直に自己の感情を形に出来る状況(家族の逮捕)また医者・カウンセラーなどの「社会」との繋がりが用意されてあり、そこに安心感を冬音自身が見出すことが出来たDV被害から立ち上がる進歩の第一歩だったと言えるだろう。
小春においても、(この部分は監視カメラの無い冬音の部屋での心の声で、私の仮想ストーリーであるが)冬音が小春を能の面。。。「般若」に例えたように、彼女の中で鬼の様な「怒り」と共に、「哀しみ」がそこに存在していたのだとみている。冬音に怒りを表していた小春だったが、私が「般若」としたのには、小春の中の冬音に対する「姉の想い」そして「妹への愛」がそこにあったからだと思っている。
二人の兄も先ほどDVの被害者であると述べたが、実際にDVの被害症状として、DV連鎖があげられている。特に男親が暴力をふるう家庭で育つ子供は男児はDV加害者に、女児はDV被害者になりやすくなることがあげられている。「小春が自分の思い通りにならなければ、また自分が気に食わない事があれば暴力で言うことをきかせてよい」といった力関係を学習してしまったケースである。男児は父親を、女児は母親を、いちばん身近なロール(役割)モデルとして成長するDV家庭において、DV被害者のみならず加害者も同時に見てゆかないとDV問題が解決しないのは、このような連鎖が知らずのうちに被害者に身についているからである。
現に二人の兄の弁護人も裁判でこの点を上げ減刑を申し出ており、成人している事や事件数などにより、さほど刑期には反映されなかったとはいえ、逮捕された3人の内、兄は一番刑期の短い判決が下されたのである。
冒頭でも述べたように、物語中(1-10)は個人の心理的要素を含まずに描いている。よって、レポート提出者の私自身でも読んでいて不可解な点があるのだが、ここを心理的に読み解いてゆく事が出来る仕様にしてみた次第だ。その心理学的な物を全て書いてしまうとこのレポートがとてつもなく長くなってしまう為、太字で示し、その箇所が「おかしな点」に繋がる様になっている。
要としては冬音と小春のDV被害視点と心情、またDV被害者に見られる心理的症状を少しづつ顔出しさせている事。
社会から隔離された状態での思想の行方に、個人概念の突き進み(自分の考えの中だけで処理をしてしまう・個人の思想や概念を深く見つめすぎてしまい方向性を見失ってしまう)などを夏樹・文秋から読み取れるように物語を構成してみたところなのだ。
もし、教授の様に「ここが知りたい」という点があれば気軽に質問してほしい。私の見解で説明できることは精一杯答えたいと思っている。
教授、ご質問有難うございました。
(教授の質問への回答おわり)
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長いレポートになりましたが、最後までお読みくださった生徒の皆さんに深く感謝申し上げます。
それと…
監視カメラを見た方、また私のレポートを読んでくださった方々…くれぐれも口を開かぬようお願い申し上げます。
【あなたも、もうこのプロジェクトで起こった惨事の一部なのですから…】ふっふっふ…。
(『Inui教授プロジェクト』レポート : 終わり )
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【付け加えあとがき】
誰が見ても…このプロジェクト最大の被害者は「梅子」だと感じると思う。
なので、梅子のその後物語を加えさせていただきたい。。。
『梅子の入院中…差出人不明の郵便が動物病院に届いた。
中には小枝を編みこんで作った野球球サイズのボールが大量に入っていた。回復し歩けるようになった梅子そして、動物病院に入院する全ての犬がこれらボールで楽しそうにはしゃぎ遊んだらしい。
また、梅子が退院した後、これまた差出人不明の郵便が届く。
箱の中には大量のCBDオイルが入っていたという。
この動物病院で手術を受けた動物たちに、このオイルで術後の傷、筋肉疾患の緩和、また入院というストレスからくる異常行動の緩和など様々な形で使われているそうだ。
小春、冬音と過ごす梅子。冬音の実名という事で名前を変えようと検討されたのだが、小春・冬音共に身を隠す事も考え、梅子の名前は変えず自分たちの名前を変えたそうだ。梅子は「雄なのに梅子」のまま、そのユーモアで公園に来る子供達の人気者となったそうだ。。。おしまい。』
プチ知識①
アセトアミノフェンの他にもイブプロフェン、ビタミンD錠剤なども犬には危険な薬となっておりますので、犬を飼っていらっしゃるご家庭ではくれぐれもご注意願います。多分…梅子はかなり頭の良い犬だったと…普通の犬では食べてしまうと思うので。。。
プチ知識②
CBD :Cannabidiol(カンナビジオール)大麻草の茎や種から抽出される成分ですが、精神作用や中毒性はありません。ヘンプ(麻)も過熱すると精神作用及び中毒性をなくし、七味唐辛子や鳥の餌に使用されている様に、このCBDも合法です。リラックス効果があり美容にも使用されています。また、メキシコのお母さんはリュウマチを患っていたのですが、これが痛みの緩和に利くと言っていました。確かにオイルは筋肉痛などに効果的です。
プチ知識③
人類学行動科学の実験として、マウスを箱庭で飼育するという実験を行う大学もありますが、それは心理学を軸とした研究方法です。主にマウス箱庭実験は行動解析をもった行動生理学・脳科学実験となっています。精神疾患研究にも使用されている実験方法です。ということで、このプロジェクト…折角の箱庭なので心理学から攻めてみました。
すごく物書き・ストーリー構成の勉強になったので、是非皆様もレポートを提出してみてください:)
しめじさんの「教授プロジェクト企画」はこちらから。
全てはこちらのマガジンからご覧いただけます。
ありがとうございました:)
七田 苗子