『サンタの正体』を教えましょう。
無垢な問いに、言葉を失ってしまった経験が誰しも一度はあるかと思う。
さて、あなたはどう答えたらよいのだろうか?
サンタさんは皆が寝静まった頃にこっそりとやってくるから…。
当たってはいる。が、ではなぜ寝静まってから来るのだろうかと聞かれたら???
アベントカレンダー2024年12月16日、今日のお題は『サンタ』である。
あなたが上記の問いに答えられるよう、じっくりとサンタの正体を探って行こうではないか。
サンタさんと言えば子供達が目を輝かせ、心を躍らせる存在である。
しかしながら、多くの大人たちでさえ「サンタさん」が何者なのかを知らないはずだ。そもそも「クリスマス」自体なんの日なのかを知らない人もいる。それは、他でもない宗教と大きな関係があることから始まる。
クリスマスはイエス・キリストが誕生した日…そう、キリストの誕生日だ。この聖夜に現れるサンタの正体も、キリスト教から始まる。
(『説』とされることもあるが)「サンタ」はこの聖者なしでは語れない…
● St. Nicholas (セイント・ニコラス/ニコラウス)
聖ニコラス、またミラの聖ニコラスとも呼ばれる彼は300年頃に実在したキリスト教の司教である。といっても、聖ニコラスの幼少期などについて書かれたのは彼が亡くなった何百年後のことであるから、多少美化した部分があるかも知れないことだけは記しておく。ニコラスはローマ帝国時代のパタラという町(今でいうトルコ辺り)で裕福な、そして熱心なキリスト教の両親の元に生まれた。が、流行病で両親共に幼い頃に亡くしてしまった彼は、司教を務めていた叔父に育てられた。
両親の多額の財産を受け継いだ彼だったが、ニコラスはその財産を多くの弱者を救うために使ったのだ。
● 聖ニコラスとサンタを繋ぐ重要な聖伝
聖ニコラスと問われると、クリスチャンなら誰でも語ることが出来る聖伝がある。現に私の子供達も、聖ニコラスについて語れと言われれば、Wikipediaに記されていることはほぼ口頭でスラスラと言えるほどである。
まだニコラスが若く(20代だったと記憶している)司教であった時の話だ。
[St.Nicholas and the three daughters]
聖ニコラスと3人の娘
(*知恵袋* この時に金が散らばり、干してあった靴下に入ったという説から、今のクリスマスのストッキングを吊るす習慣が出来たと言われている。また他の説では靴に金が入ったというものから聖ニコラスのフィーストデー(聖人日)である12月6日…その前日の5日の夜に空っぽの靴を並べておくという習慣もある。私の子供達の靴の中には金貨チョコ―レートや、小銭(コイン)が入れられていたりする)
さて、ニコラスは何故に隠れた足長おじさん行為をしたのであろうか?
そこには、キリスト教の教えがあったのだ。
But when you give alms, do not let your left hand know what your right hand is doing, that your alms may be in secret: and your Father who sees in secret shall repay you. =MATTHEW 6;2-3
施しもの(善意の寄付)をするときには、(己の左手にをも、右手が何をしているか悟られぬ程に)人に悟られずにしなさい。どんな秘密をも知る神はそなたを報うことであろう。
感謝や賞賛も求めない、何の見返りも求めない真の助けの手を差し伸べるというキリスト教の教えを、ニコラスはただ実行したのである。
悟られぬよう…そう、皆が寝静まった夜に、こっそりと贈り物をする。
Act of Giving まさに善意たる行動。善意たる贈りものなのである。
もうお分かりであろう。
この聖ニコラスこそが、サンタのモデルなのである。
が、間違えないで欲しい。
聖ニコラスがサンタだというわけではない。
あくまで、聖ニコラスがモデルとなっているのである。
聖ニコラスの祭服が赤であったことも伝記されており、それもサンタの赤い服に繋がったと言われているのである。
またサンタ・クロース(クラウス)もニコラウスから来ているという説もある。
では、サンタは誰なのだ!?!?!
簡単に言ってしまうと…
オランダのニュー・アムステルダムのプロテスタントが聖ニコラスを北欧人マジシャンと普及させた人物像
これがサンタである。
ー なんだ、やっぱり架空の人物かよ!!
そう思ったあなた、早まらないで頂きたい。
本当に「架空の人物」なのであるのか、サンタの「真の姿」を考えてみてもらいたいのである。
そうなのだ。サンタはただ子供達の欲しいものをホイホイと飛び回り、与えているのではないのだ。
聖ニコラスのように、
祈りを捧げる人達にそっと寄り添い、
助ける者・手を差し伸べる者。
サンタは、聖ニコラスの精神像そのものなのである。
そこでだ、あなたの物書き能力を発揮してもらいたい。
「サンタはね、聖ニコラスの(Act Of Givingという)精神そのものなんだ」
これを、子供達の夢を壊さずに、その上で伝わるようにあなたなりに翻訳してみて欲しいのだ。
どうだろうか。
あなたは、どのようにサンタを翻訳しただろうか?
私はこう訳す。
『サンタさんはね、聖ニコラスのAct of Giving(奉仕の心・親切な心)から生まれた Gift Giving(贈り物の心)の精(精霊)なんだよ』
贈り物
それは、贈られた物そのものにあるのではなく、
送り主の『心』にあるものなのだ。
クリスマスは恋人同士や家族同士のただのプレゼント交換日ではない。
キリストの誕生を祝い、その教えを見つめ、感じるために
サンタという精が人々の頭上をソリで駆け抜ける。
今一度、愛する人・助けを必要としている者達に
あなたの手を、愛を差し出そうと。
私は子供達が小さい時から、お互いに何かしらの贈り物をさせている。
贈り物は、お金や買う事のできるものだけではない。
言葉・手料理・心を込めて描いた絵・優しい行い・笑顔・歌声…
形無きものも「贈り物」になるのを忘れてはならない。
辛い思いをしている人たちの傍に寄り添い、「共に過ごす時間」を贈る。
お疲れさんの言葉と共に差し出す、たった130円の飲み物一本。
一人トボトボと歩くクラスメイトへの「一緒に帰ろ」。
階段を上がる老人の後ろに立ち、そっと見守る。
レジでお金を払う前の人の 足りない額をそっと出す。
一人暮らしのご近所さんにちょこっと顔を出しにいく。
それは愛する人でなくてもいい。見知らぬ誰かでもいい。
大きなことでなくとも、小さな贈り物をこのクリスマス贈ってみようではないか。
聖人でなくとも誰でもサンタになることが出来る。
子供だってサンタになれる。
もし、あなたに子供がいるのならば…
「今年のクリスマスは、誰かのサンタになってみようか?!」と提案するのも良いではないか。
独り住まいの老人の家に、名を書かずにクリスマスカードを届けるもよし。先生の机にそっと一輪の花を置くもよし。お小遣いを少し寄付箱に入れるも良いだろう。
これがクリスマスのサンタが伝える
「贈る喜び」なのである。
主人も子供達もカトリックとして洗礼を受けているが、私は無宗教だ。
家族もカトリックと言えど、他の宗教の良いところ、またカトリックでもこれは違うのではないだろうかと己の判断をする、いわば柔軟なカトリックである。
子供達には将来、自由に宗教を選ぶといいとも言ってあるし、幼稚園から小学生まではカトリックの学校に行かせるも、そこからは世の中の色々に触れるために公立の学校に行く選択肢も与え、
上三人は中学・高校と公立に進んだ。(一番下はまだ4年生)
それぞれ皆 イスラム教や仏教の友達、
同性愛者や 性同一性障害の友達も沢山いる。
信じるものが異なるから、相手を拒否するのではなく、その相手をまるまる理解し、受け入れられる子供達に育ってくれているその根底には、
偏見や差別のない、相手を真の意味で想うことが出来る心があってこそだと私は思っている。
それは間違いなくキリスト教をもって教えてもらったことであり、そしてどの宗教にも、その教えはあるはずなのである。
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『サンタさん』をテーマにお届けさせてもらったが、
あなたはこれを読んで、サンタを そしてクリスマスを
子供達に笑顔で説明することが出来るようになったと思えるだろうか。
そうであって欲しいと切に願う。
一応、休みん俳だ。。。
最後は俳句で締めくくるとする。
今あなたに メリークリスマス
七田 苗子
おまけ:一週間くらい前に、このタイミングで聖ニコラスの御墓(御棺)をトルコで特定というニュースが入りました。
80年代から行われているこの調査…やっと信憑性の高い事実が浮かび上がり話題となっています。まだ棺桶の蓋の部分の調査が終わった段階らしいのですが…ワクワクという気持ちがないわけではないのですが、それよりも…私だったら、掘り起こされたく……ないなぁーーー。。。(笑)
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