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筋 力

 本心を打ち明けることを表す慣用句「胸襟《きょうきん》を開く」を入力している途中、「きょうきんを」のところで変換キーを押したら、〈胸襟〉ではなく〈胸筋〉が出てきた。けれども、1回で〈胸襟〉が出ると思い込んでいた流れで確定してしまったため、あ~あ、また入力する羽目になってしまった。
 ちなみに、「きょうきんをひらく」と入力して変換すれば1回で「胸襟を開く」になるので、それを知らなかったオイラがアンポンタン。
 その後も〈胸襟〉と入力する場面で、なんでだろう、同じ失敗をくり返し、次第に誤っている〈胸筋〉が正しいものであるかのように錯覚するようになってしまった(学習能力、低め)。
 その錯覚の影響は地味に尾を引いて、紙に書くときにも誤って〈胸筋〉と書いてしまうという小災難が多発した(学習能力、ヤバめ)。

 だが、さすが〈おきあがりこぼし野郎〉と言われたオイラだけのことはある。さっそく、この問題への対策を思いついてしまった。それが、「いっそのこと〈胸筋〉が正しいことにしてしまおう」というものである。
 だってそうだろう? 胸の筋肉を開いて打ち明けるのだ。それほどのことをして話し合いの席に着くという真剣さ、それほどのことをして話した内容の信頼性の高さを感じさせる。要するに、露出度の深さがパねぇ(ハンパない)のだ。襟派(「胸襟を開く」支持者:胸襟パーソン)には悪いが、着物の襟を開くなんて楽ちん楽ちん。
 それに「胸筋を開く」(筋バージョン)は、ネットでも誤用例としていくつかのページに記載されているから、多分もう、多くの人の間に広まっている。

 そうして、実際に筋バージョンが正しい表記(正用)になったとしよう。すると筋バージョンは、同じように本心を打ち明けることを意味する「腹を割る」と対決することになる。だが、それぞれの述語をくらべたとき、筋バージョンの〈開く〉は「腹を割る」の〈割る〉のインパクトに及んでいないため、〈裂く〉か〈切る〉に変えて印象の強さを盛ったほうがいいだろう。そうすれば、腹派(「腹を割る」支持者:腹割パーソン)にも筋バージョンを使ってもらえること間違いなす(なまっちゃった)。 
 それからもう1点、筋バージョンの特筆すべきストロングポイント(競走馬のほうではない)を挙げたい。それは、「今日  筋を開く」にすると、話し合いまでの時間が差し迫っていることを表現できるという点である。こんな機能、「腹を割る」にはないヨ。
 筋バージョンが持つ、こうしたフレキシビリT、つまり柔軟性は、「胸襟を開く」や「腹を割る」に対する強力な強みである。

 と、これだけの使い勝手の良さがあるのだから、世界中で話し合いに臨んでいる腹割パーソンや胸襟パーソンのみなさんにも、筋バージョンを使ってほしいのだが・・・。
 どうですかぁ~、早割パーソンのみなさぁ~ん⁉ 
 どうですかぁ~、ひょうきんパーソンのみなさぁ~ん⁉ 

 もしも少数派になるのが嫌だと感じているなら、「見得を切る」を「見栄を切る」と書いている人を見習おう。広まった誤用例を自然体で使っているではないか。筋バージョンだって、今から一斉にみんなで使い始めれば、何年か後には違和感もなくなって、使っているのが当たり前の状況になるはず。だから君に伝えたい。我々が設立する〈胸筋会〉に入って、一緒に筋バージョンを広めていかない会?
 もちろん、初めて〈胸筋〉を使うときは恥ずかしくて赤面してしまうだろうが、これまで説明してきた長所を理解して誠実に使い続ければ、必ず〈胸襟〉時代と同じように使えるようになる。そして近い将来、〈胸襟〉を追い抜き「腹を割る」を追い越す〈胸筋〉の姿を目にするだろう。そのときは仲間同士、たがいに胸筋を開きまくって喜び合おう。楽しみだね ♡

 そんな最高な日を1日でも早く迎えられるよう、入会したみなさんにはこんな任務を遂行してもらおうと考えている。
 「腹を割って話す」「腹を割った話ができた」などの表記を見つけたら、しれっと、こう書き換えるべし。

 「腹筋  を割って話す」
 「腹筋  を割った話ができた」




Ⓒ2023  Namio Kotori


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