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「人種というもの」は存在しないけど、人種差別は存在する。

人種というものは、「人種というもの」それ自体が、本質的、生物学的に存在するのではない。

「人種というもの」そのものは普遍の本質でない。
しかし、私たち人間の頭の中に人種という概念、人種という言葉で想定される仮想的な分類は存在する。人種という集団的信仰と言ってもいいかもしれない。

人種という信仰は、18世紀以降リンネをはじめとする科学者たちが、肌の色や頭蓋骨の形などの外見的特徴を基準として人類をいくつかに分類したところから始まった。

当時、リンネはそうした身体的な差異を人間の知性や道徳的価値観と結びつけ、人種間の優劣をつけた。「この肌の色を持つ者は、違う肌の色を持つものより知性や道徳において優れているから、劣った人種を征服してよい」と、植民地主義の正当化に使ったのだ。

このようにして生まれた人種という分類は、普遍なものなどではなく、自然に存在するのでもない。植民地主義という歴史的な文脈の中で、人為的に、恣意的に、社会的に構築された概念だ。

もう一つ、人種が普遍でないという例をあげれば、アメリカではかつて、アイルランド人は「白人」とみなされなかった。今となっては驚くことかもしれないが、どの人をどの人種カテゴリーに配するかということも、時代によって変化してきた。

あなただって赤ん坊の頃は、「あの人はこのくらい肌が白いから白人」だなんて、区別しなかっただろう。私はいまだに黒人と呼ばれる人たちと褐色人種と呼ばれる人たちの境目が見分けられない。

このことは、人種という概念が、生物学的に自然にあるのではなく、社会的に構築されたものであり、歴史的・文化的文脈に依拠することを示している。


性別というのも、実は同じである。


最近ではジェンダーという言葉の普及によって、あたかも社会的性(Gender)と生物学的性(Sex)が二分されているように理解されることがある。社会的性(Gender)というのは、性別役割や女らしさ・男らしさなど後天的に獲得していく性別で、自然に存在する先天的な男女の性差という生物学的性(Sex)とは区別される、という考え方だ。

しかし「生物学的性(Sex)」というものそれ自体も、実は社会的に構築されたものである、ということが、ジュディス・バトラーによって明らかにされた。

すなわち男と女というものが自然と存在しており、それが生物学的性(Sex)だ、という概念自体も、人為的・恣意的なものなのである。

女とはなにか?男性とはなにか?男性器がついていれば男性なのか?では事故で男性器を失った人はもはや男性ではないのか?ホルモンの値か?テストステロンの値がいくらになったら男性といえるのか?染色体の組み合わせか?XYY、XY、XXY、XO、XX、XXXという組み合わせがあるなかで、どうやって性別を二分するのか?

このように考えてみれば、男女という「生物学的性(Sex)」も、普遍的なものに見えて、実は人間が恣意的に、便宜上、生み出した分類にすぎないことがわかる。

これは植物と動物との境目を、人間が定義し(自然が定義したのではない)、片方を植物、もう一方を動物と「呼ぶことに決めた」ことと通じる。

その境目の定義がいかにリーズナブルであろうと、それを人間自身が「定義する」という作業を経ていることが、分類が自然でないことの明らかな証明である。

分類というものは、それ自体が自然界に本質的に存在するのではなく、「人間が」「自分で」分かりやすいように世界を切り分けただけにすぎない。

人種という分類も、性別という分類も、自然界に本質的に存在するのではなく、科学者たちが/私たち人間社会が、じぶんで生み出した概念なのだ。


しかし、このようにして恣意的に生み出した分類を私たちが「本質化」し、あたかも人種というもの自体・性別というもの自体が自然に存在するものと「信じてしまう」ことによって、その頭の中にある人種や性別を、目の前の人を排除したり、貶したり、殺したりすることの言い訳に利用してしまうことがある。

このようにして、人種差別や性差別は「現実として」存在する。

「黒人」という人種カテゴリーがいかに人工的に画定された分類であっても、その分類を「信じる」警官によって、黒人であることを理由にジョージ・フロイドは殺害された。

「女性」という性別カテゴリーがいかにおざなりで非本質的な分類であっても、その分類を「信じる」実の父親によって、女であることを理由に娘はレイプされた。

「人種というもの」や「性別というもの」の分類がいかに虚構であり、私たちの頭の中にしか存在しないとしても、その分類を私たちの頭が「信じてしまっている」ことによって、人種や性別を理由とする差別や抑圧は、実際に、この世界に、生身の人間に対して存在するのである。

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