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杳として知れず ① 病室にて
「彼女を見かけたのは、事故が起こる一ヶ月前です。学校から塾の帰りに立ち寄る商業ビルに向かう途中で、うずくまる彼女を見かけました」
慌ててかけたメガネには、初夏の窓の景色は青茂る木々が風に揺れている。
だがその音がこの部屋に届くことはない。僕は窓から見える、日々変化する風景を眺めながら、そこで騒めく爽やかに揺れる風について想像する。窓を開ければ、てっとり早くそれは感じられるが、今は憚れる事態
杳として知れず ② 現在まで
一ヶ月ほど前、僕は別の学校の女生徒が、暴力を振るわれている現場に遭遇した。
加害した連中はクラスメイトを含む、同じ塾に通う他校の連中だ。彼らは仲間にしようとしたが拒否した僕を、塾や学校での退屈凌ぎの標的にした。
一週間後、その被害に遭った女子生徒は商業ビルから転落する事故に遭い、それに僕も巻き込まれた。
たまたま歩いていた僕の元に、転落した少女が落下したのだ。幸い、二人とも命は取り留
杳として知れず ③ 彼女がいる夢の街
僕が入院してからというもの、どことなく病院スタッフたちによるやり辛そうな雰囲気を間近に感じていた。確かにスタッフからすれば、勤める病院の愚痴や軽口はおろか、ガス抜きの噂話など普段通りの会話を患者である院長の息子に聞かれては困る。
しかも先ほどの弁護士を装い侵入した男の撃退に、自己防衛目的の動画撮影が役立ったことは、同時にスタッフには密かに自分達が監視されていると不快感を抱かせる副作用を及ぼし
杳として知れず ④ 展開
体が限界に達し、また二日ほど睡眠での回復に専念したのち再び目覚めた現実では、僕の知らぬうちに事態が急展開を迎えていた。
久方ぶりの睡眠により休息し、疲れが取れたのか症状は落ち着きを見せ、ごく普通の生活リズムを取り戻していく。おかげで体はどんどん楽になり、心身ともに不安定さのない回復傾向が見られるようになる。
しかし体調が回復した代償か、あの夢の街へ戻ることが出来なくなっていた。
杳として知れず ⑤ 再会?
久方ぶりとなる夢の街で僕は、たどり着いた時から自由を奪われている。
まるで体が勝手にプログラムされたかのようにしか動かせず、その様を体の奥底から状況を見つめるしかない。なんなら、僕という意識が体から切り離されている。
視界の端から時折見える、覚えのある女子の制服と動作で、これは落下した日の彼女の追体験だと悟った。絶えず吹き付ける強いビル風と共に、不安に煽る背後からの嘲りが聞こえ、小突かれ
杳として知れず ⑥ 夢と現実の再会
音も人もなく匂いもしない、完全に遮断される管理された夢の中の無人の街。繰り返す時間は短く、終わりはすぐに訪れ、再度また束の間の生を繰り返す。儚さを感じさせる間も無く、そのループの輪に捉えられれば逃れられず、ここでは自死することが軽く思えるほど、安直に死と再生は巻き戻されている。
次第に意識下で慣れきった死は、いつか戻れるようになった現実においても、同じように繰り返せるものだと緩慢に思うかもしれ
杳として知れず ⑦ あれから一週間
「なあ、一体どうした?もしかして気が変わったのか?」
VIPエリアの病室での担当医とのカウンセリングは、個人情報を扱うということもあり、いつも二人きりになる。このところは毎日で、しかも時間外だ。担当医は距離を縮め、手の甲で体の外のラインを撫でて離さない。見る目は熱を帯び、高揚している。
「カウンセリングって、・・・こんな時間に今日も?」
「君は慎重なのはわかってる。だが心配しないでいい、こ
杳として知れず ⑧ 秘め事
それは僕も気付かぬうちに起こった、一瞬のことだった。
今までを振り返ると知人による暴力行為を目撃した僕は、その被害者となる彼女と知り合った。その後、彼女が転落する事故に遭遇、共に落下の衝撃を受けた僕は意識を失い以来、倒れる症状が頻発し、同時期に知人からの学校内外でのいじめ被害にも苦しんでいた。
意識を失っている間、僕はいつも同じ夢を見るようになる。それは転落事故や暴力行為を目撃した場所で
杳として知れず ⑨ 再会再度、夢の街へ
依然、僕は彼女の体に入ったまま睡眠を取っても、夢の世界へ戻ることはできなかった。ならば今、出来ることは彼女の体の回復を最優先にするしかない。
彼女を通して何度か見る医者としての姿は、僕の知っている父とは違って見えた。相手が知人の娘だということもあり多少の遠慮はあるだろうが、もし娘なら、または若き日の母とはこうだったのかな、という想像を膨らませた。
なにしろここは母と濃い時間を過ごした、出会
杳として知れず ⑩ 夢の街の正体
大声を出せば反響もするが、答えてくれるものは何もない夢の中の無人街は、ただそこにあり備え付けられたシステム通りに機能している。まるで僕の方が、ある一定の場所にしか留まれない幽霊のように思えてきた。
ひとりだけ取り残される孤立した世界にいて、ずっと戸惑いながら彷徨い続けている。現実でも夢でも、結局のところ答えは自分で探すしかない。
声がする場所には物影一つ見当たらない。さっきから物音はする
杳として知れず ⑪ 夢のあと
彼女の作り込んだ夢の世界は役目を終え、崩壊が始まる。それは現実で引き起こした完全犯罪の証拠を抹消する行為だ。だが現行の法律で裁かれることはない、立証しようのない証拠なのだ。今の法律が定める想定を超える技術が使われ、立証が難しい犯罪。これは自分の取り巻く世界を壊された少女による、我が身を賭けた復讐劇でもある。
「僕も、君にターゲットにされた一人ですか?」
それに彼女は少し、しおらしく申し訳な
杳として知れず ⑫ 二年の月日
僕が自分を再び取り戻してからは、失われたものを取り戻すかのような怒涛の日々が駆け抜けていった。再び学校へ登校すると、かつて僕を痛めつけるものも存在が見えないかように知らぬフリをするものも、"君は僕たちの仲間だ!"とばかりに善意のお膳立てキャンペーンをするほどの過剰な歓迎ムードで迎え入れられた。
僕はその行為に潜む、あらゆる人々の統一された思惑が透けて見え、ひたすら人類皆、友達ブームが過ぎ去る
杳として知れず ⑬ 告解
招かれた場所は街の富裕層エリアから離れ、街で従事する人々たちが多いホームタウンとなる地区の閑静な住宅地にあった。日中、働くもののほとんどが家を空け、家を任されるか在宅で仕事をする以外には誰もいないような、無人に近い静けさが漂う。
そして、そこのエリアに入る際は事前に、簡単なチェックを必要とした。
そこは平屋に近い作りの一軒家で、道路沿いに面して建てられているが敷地内を見られないよう工夫され
杳として知れず ⑭ 青年への疑念
「彼の研究が断たれたのには幾つか理由があり、重大な欠点が明らかになったためです。あの研究は非常にパーソナルなもので人を選びました。研究が役立つ分野は存在しますが、現時点で有効な効能があるとは証明できないのです」
清廉な青年は秘匿さが保たれた空間で静かに語る。その様子に僕は彼女としか入れない、夢の街での白い空間を思い出していた。現実的に今、この部屋は同じ機能としての役割を果たすも、強いて言うなら