性暴力被害 トラウマからの回復。
“魂の殺人”とも呼ばれる性暴力。
被害の記憶は心の傷 ”トラウマ” として残り、PTSDなどの症状として被害者を長期に渡って苦しめます。
内閣府の調査では、約24人に1人(女性の約14人に1人/男性の約100人に1人)が過去に無理やりに性交などさせられた経験があると報告され、性暴力は私たちの身近な所で日常的に起きています。
被害者はどんな苦しみを抱えているのか、そして、そこからどう回復していけるのか、
当事者の証言や、性暴力被害者のためのワンストップ支援センターなどで行われている最新のトラウマケア。
20代の会社員、ヒロミさん(仮名)です。
小学校高学年の頃から高校3年生まで義理の父親から性的な行為を強いられてきました。
行為はヒロミさんの母親が家を空ける隙をねらって繰り返されたといいます。
しかし、幼いヒロミさんはその行為の意味がわからず、誰にも話すことができませんでした。
性暴力はそれが暴力だと本人に自覚がなくても心と体に深い傷を残します。
ヒロミさんが中学生になった頃には、心と体にさまざまな症状が現れるようになっていました。
「ずっとしんどいなと自分で思ってて。胃や腸の調子が悪くて気分の浮き沈みが激しかった。
常に死にたいなと思って自殺のサイトを見たり。
心療内科にも連れて行かれて、その時は何が原因かわからないし、対処法もわからないままずっと何年も過ごしてきました」(ヒロミさん)
被害が周囲に発覚したのは高校3年生の春休みのことです。
母親がヒロミさんが性暴力を受けていることに気が付き警察に通報したのです。
このとき初めてヒロミさんは自分が受けていたのは性暴力だと知りました。
「それを聞いた瞬間、勝手にすごい量の涙が出てきて、怒りなのかつらさなのか今まで抑えていたのがわーっと自分の中でなって、枕投げたりとか、いろんな感情が一気に込み上げてきた」(ヒロミさん)
その後、母親は離婚。ヒロミさんは義理の父親から離れることができました。
しかし、ヒロミさんの心身に現れたさまざまな症状は治まりませんでした。
ヒロミさんは母親に連れられて精神科を受診し、そこで初めてPTSD=心的外傷後ストレス障害と診断されました。
PTSDは心の傷=トラウマによってさまざまな心身の症状が引き起こされるものです。
子どもの頃からの被害で、それが「性暴力」だと理解できなくても自分の意思に反して行為をされた、侵害された経験はトラウマになります。
ヒロミさんが被害を自覚する前から抱えていた、心身の不調もそのためでした。
自分でも気付かないうちに深く傷ついていたのです。
ヒロミさんは、トラウマの存在を早く知っていたら傷が浅いうちに対処できたのではないかと考えています。
トラウマの影響は被害から長い時間を経て突然、現れることもあります。
40代の会社員、ユウコさん(仮名)は、幼い頃から実の父親に性的な行為を繰り返されてきました。
父親の行為を否定できるようになったのは中学2年生の頃。
以来、その記憶には触れないようにして生きてきました。
しかし、被害から30年以上たった3年前、幼いころからかわいがってくれ、心のよりどころとしていた祖父母を相次いで失ったことをきっかけに、被害の記憶がよみがえってくるようになりました。
次第に感情のコントロールができなくなり、周囲にどなりちらすようになったといいます。
「性行為をされたことを思い出して、悔しさ、怒りとかでじっとしていられない。
友人にも腹が立ってきて。友人はこのこと(性暴力被害)を知らなくて、普通の会話なんでしょうけど、私としたら幸せにぬくぬく育ったやつが何をいっているんだって。もう我慢ができなくなって。
自分でも何でこんなにその人に対して腹が立つのかわからなくて、理屈では考えられなくて」(ユウコさん)
人間関係のトラブルが相次ぎ仕事や生活に支障が出るようになったユウコさん。
何とかしたいと助けを求めたのが、インターネットで見つけた性暴力被害者のためのワンストップ支援センターでした。
ワンストップ支援センターは全国すべての都道府県に設置されているもので、
性暴力被害者の相談に応じ、医療機関や警察につないだり、カウンセリングなどの精神的なサポートを行ったりします。
ユウコさんはセンターの勧めで精神科を受診し、性暴力被害のトラウマによるPTSDと診断されました。
「本当の自分がこういう性格じゃなくて、病気のせいでこういう性格なんだと思って納得もしたし、ほっとしたし、ちょっとショックだったし。
これがなかったら本当の私がいたわけじゃないですか。なんでこんな苦しい思いをして生きていかなければいけないのか」(ユウコさん)
トラウマの記憶とは
PTSDは被害の記憶が突然フラッシュバックし、自分が再び被害を受けているように感じたり、何気ないことをきっかけに緊張してすぐイライラしたりするといったような、さまざまな症状が起こることで知られています。
性暴力被害者のトラウマのケアを行う、公認心理師で目白大学の齋藤梓専任講師によると、
体の傷と異なり、心の傷=トラウマは目に見えないので周りの人が気付かずユウコさんのように人間関係が悪化することもあるといいます。
トラウマの記憶は衝撃的なものだけに、ほかの普通の記憶のようになかなか過去のものにならない、薄れていかないというのです。
トラウマは通常の記憶とどう違うのか。
齋藤さんたちトラウマのケアの専門家は「心の中の引き出し」に例えて、説明します。
心の中にはたくさんの引き出しがあって、これまでの人生のいろいろな記憶が入っています。
引き出しを開ければそれぞれの記憶を思い出すことができるし、思い出す必要がないときは引き出しは閉じられています。
ところがトラウマになるような体験の記憶はほかの記憶と違って触れるのも嫌だし怖いのでとりあえず箱に詰めて心の中に放置されます。
整理されていないので箱の中にギューギューに詰められています。
なぜ整理されないかというと触ることができないからです。
箱のふたがちょっと開いて中身が少し出てきただけでもひどく気分が悪くなってしまいます。
箱の中身を整理するには中身を取り出さなければなりません。
すべてを取り出してきちんと整理すればほかの記憶と同じように引き出しにしまうことができるようになります。
つまり、記憶をコントロールできるようになるのです。
どうすれば引き出しにしまうように、嫌な記憶と向き合うことができるのか。
各地に設置されたワンストップ支援センターの中には専門的なトラウマケアを行っているところもあります。
専門的なトラウマのケアとは
名古屋市の病院の中に設置されたワンストップ支援センターでは、開設から5年でこれまで1500人以上の相談に応じてきました。
精神科の医師と連携し、トラウマのケアを行う公認心理師で看護師の長江美代子さんによると、何年も前の被害のトラウマに苦しんでいる人は少なくないといいます。
「PTSDって時間に関係なくずっとフラッシュバックがおこる。
昨日のことも、10年前のことも30年前のことも今起こっているかのようにおこるんですね。
だから被害がいつってことは関係なく、(センターに)来られた人は急性期なんです。
ですからそういう意味では、そういう状態だったら必ず対応しなければいけないっていうことがありますね」(長江さん)
このセンターでトラウマケアを受けた40代のサキさん(仮名)です。
幼い頃から義理の父親に性暴力を受け、さらに10代後半でレイプ被害にあいます。
日常的に被害の記憶がよみがえり、恐怖心から家に閉じこもりがちになりました。
それから20年以上、トラウマによる症状に苦しんできたといいます。
「性被害の内容がぱっとなったり、フラッシュバックがずっと続いているみたい。
ずっと怖いし、ずっとわさわさしているし、ずっとハエにたかられているみたいな。
とにかく苦しかったので。何とかしたい、何とかならないのか。
わらをもつかむ気持ちでって感じで。勇気を出して連絡しました」(サキさん)
サキさんが受けたのはトラウマの記憶に向き合い少しずつ整理していくPE療法という治療法です。
公的保険の対象にもなっています。
この治療法には大きく2つのプログラムがあります。
一つは、トラウマの影響で避けていることを日常生活の中で少しずつできるようにしていくこと。
サキさんは被害を受けたことによる恐怖心から「家の外に出る」ことを避けてきました。
プログラムでは、専門の医師や公認心理師などが常に寄り添い安全な環境の下でサキさんの恐怖心を取り除いていきます。
サキさんにはまず、毎日一定の時間、玄関の外に出ることが課題として設定されました。
課題を行うたびに、感じた不安の強さを0~100までの数値で表し記録していきます。
毎日記録することで自分の感情の変化を知ることができるというのです。
初日、玄関の外に出る前の不安の数値は40。外に出たときは100では収まらず130と記しました。
並行してもう一つ行うプログラムが、トラウマとなっている記憶の整理です。
トラウマの記憶を思い出し、繰り返しことばにしていきます。
この様子を録音し、家でも繰り返し聞くことで、記憶を整理していきます。
こうやってトラウマの記憶に繰り返し触れることで、記憶に馴れ、
それは過去に起きたことであって今の自分を傷つけるものではないと考えられるようになっていくといいます。
これまで誰にも話したことのない被害の記憶。
向き合うのは、サキさんにとってとてもつらいことです。
しかし、公認心理師が常に寄り添い話を聞いてくれたことで少しずつ話せるようになったといいます。
「こんなこと絶対に話せないって思ってたけど、それを話したときに『ああ』って思ったんです。自分の中で。
自分の中で気持ちがふーっととけていって。
初めてこういうふうに受け止めてもらえて、初めてこういう人に出会えたんだと思って」(サキさん)
長江さんは、治療の効果をこう話します。
「本当にその人を苦しめている認知っていうものをきちんと変える。
変えるのはすごく難しいんですよ。
でも自分ひとりでは絶対に向き合えないです。怖すぎて、嫌すぎて、つらすぎて。
そして回避して、かい離して、ずっとずっと生きてきたんです。
(被害の記憶を)過去のものにしてやっと今に立てて、先が考えられるようになる」(長江さん)
プログラム開始から3か月。サキさんの外出への不安の強さは130から30まで下がりました。
トラウマの記憶も少しずつ整理することができ、
治療から半年で外出への恐怖やフラッシュバックなどの症状は無くなったといいます。
しかし、こうした専門的なトラウマケアが受けられる施設は限られ、専門の人材も多くはないのが現状です。
トラウマケアの専門家の目白大学・齋藤さんはまずは信頼できる支援者とつながることが大切だといいます。
「1人でずっとがんばっているって本当に大変なことで、
専門的なトラウマケアでなかったとしても、医師や、公認心理師、あるいは都道府県に設置されたワンストップ支援センターの相談員の方とか、自分の状態を知ってくれる誰かがいて、
安心して話せる誰かがいるということはすごく大事なことだなというふうに思っています」(齋藤さん)
トラウマからの回復 それぞれの道のり
40代になり、過去の性暴力被害のフラッシュバックに苦しむようになったユウコさんは、ワンストップ支援センターへの相談をきっかけに大きな決断をしました。
これまで被害について警察に相談するなど、公にはしてきませんでしたが、実の父親を相手取って損害賠償を求める訴えを起こしたのです。
「せめて謝って、ちゃんと謝ってくれないと、くれても許せないけど、くれないともっと苦しいですよね」(ユウコさん)
裁判で父親はユウコさんに対して行った行為について一部認めていますが、「強制した事実はない」と反論しています。
「裁判の結果が、どういう結果がでても、自分はこれから生きていくために、出来ることを、やらないといけないことをやって早く/乗り越えないと前に進めないので」(ユウコさん)
性暴力被害の影響で、外出に恐怖を感じていたサキさんは専門的なトラウマのケアを受けたことで、今は散歩を楽しめるようになりました。
サキさんはこれまでトラウマによる心身の不調から仕事を続けることが困難でしたが、今は再び働くことを目指しています。
「元のとこに戻ったりすることは私は出来ないですけど、自分の中でまた新たに人生を、残りの人生を何か少しでも良いようにできるように作っていったり。
「普通」というゾーンがすごく幸せだと思う。
ここで満足せずにそこにむかいたいぞって今は思っている」(サキさん)
被害にあった方、身近な人が被害にあった方はこちらにご連絡ください。
ワンストップ支援センター 全国共通短縮番号#8891(情報は2021年11月16日時)。
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ボーダーです。 プロダクトローンチの手法にハマりまくってました。 ・「ネット=支援の場」という意識を浸透させる「クラウドファンディングアフィリエイトページ」やってます。 ・ストリートパフォーマンスで人とやりあう活力をつける教室やってます。