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僕の左手がかえってきた。散々殺菌された手はひどく他人行儀に振る舞っていた。アイデンティティを漂白され限りなく物に近い何かになっているように思えた。そのせいで逆に僕の体の一部としては異質の存在となった。 高校を卒業し、僕は地元の大学へ、未羽は東京の大学へとそれぞれ進学した。寂しがり屋の彼女は東京へ僕の左手を持っていった。未羽はそれで安心し、僕はそれを感じ安心した。 「ほんとキス魔だよね」 「そうかな」 初めて東京のアパートへ泊まりに行った日、そんな話をしたこと
第4回六枚道場参加作です。
ジェラニエ クラクションが鳴らせない。スマホに夢中で進まない運転手にも、確認不足の進路変更でぶつかってこようとする車にも。立体駐車場の暗がりで目の前の車がこちらに気づかずバックし始めた時も僕はただ息をのんでそのバックライトを見つめているだけだった。もしかすると被害者になりたいのかもしれない。自傷行為を他人のせいにしたいというような。自分で手首を切るようなことはしない。けれど誰かが切ってくれるなら、行為の責任を誰かがとってくれるなら、僕を被害者にしてくれるなら、なんてことを