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子供の頃の記憶と「昔ながら」。

僕が生まれたばかりの頃、実家は八百屋だった(らしい)。
(らしい)としたのはその記憶がないから。物心ついた時には父は会社員。母は専業主婦だったので、八百屋だったと聞いて不思議な感覚だった。

だから家の玄関先にはあたかも店があったようなスペースがあって、そこには自転車やミシンが無造作に置かれてた。友達の家とちょっと違う感じがしたような記憶がある。



僕が小学生の時、突然母がその八百屋だったスペースに「お好み焼き屋」をはじめた。本格的なお好み焼き屋ではなくて大衆食堂みたいな感じ。店の名前も無くて、ただ立て看板に「お好み焼き屋」と書かれていただけの店だった。


母が出していたお好み焼きは、愛知県特有の薄い生地を二つに折り畳んだお好み焼き。こんな感じの東海以外ではちょっと無いようなタイプでした。↓↓

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でもこれが普通のお好み焼きだと思って育った僕はそのウスターソースの味が大好きだった。
それから大人になって大阪や広島のお好み焼きを食べて"本物"を知ったのだけど、今でも懐かしくて食べたくなるのは やっぱり母が出していたこの薄っぺらいお好み焼きだ。なかなか見つけられないんだけど、それには味のクオリティや商品としてのクオリティではない「母との思い出」が詰まっているからだと思う。

少し前に仕事で名古屋に古くからある商店街に行くことがあった。
今どき 昔ながらの八百屋とか魚屋がある商店街。そこを歩くだけでタイムスリップしたような感覚になって、なんだか嬉しくなった。

小さな商店街なのですぐに端から端まで歩いてしまったけど、その最後あたりにお好み焼き屋が目に入った。実際はたこ焼きとか大判焼きとか色々ある店だったけど、僕には一瞬「母のお好み焼き屋」のように見えたのです。

「まだこんな店があるのか。。」と感慨深く感じながら歩いていくとそこに「40年同じ味。昔ながらのお好み焼き  300円」と手書きで書かれたPOPを発見。昼食はついさっき済ませたばかりだったけど思わず足が止まる。

なんとそこで売っているお好み焼きは、母が出していたお好み焼きそのものだった。しかも無地の白い紙で包んでセロテープで止めるところもまったく一緒。思わず僕は持っていた鞄を地面に落としてしまった。


母がお好み焼き屋を閉めてからもうずっとあの”折り畳んだお好み焼き”を食べていないから 正直味を覚えていなかった。美味しかったのかそうでもないのか。大人になってから食べた大阪のお好み焼きとどう違うのか。

僕はお腹いっぱいだったけど そのお好み焼きを買って近くの公園のベンチで食べることにした。公園に向かう途中、あたたかいお好み焼きの温度を感じてなんだか不思議な感覚になった。


公園に着いてベンチに座り、お好み焼きの白い包みを解きながら 何故か涙がポロポロ出てきた。こんなこと初めてだったけど、戻れない昔への切なさが込み上げてきて涙が止まらなかった。


僕はマーケターという仕事をしていて、人が「昔ながらの」というコピーに惹かれる理由が 人の本能の中にあることを知っています。
それは「保守と革新」を求める行動心理。僕らは新しいものが好きである反面、時にその反動で古いものに惹かれるという考えです。
ちょっと古いけど、タピオカに興味を持つ反面 おはぎや赤福にも手が伸びる。まさに 保守と革新。要するに僕らは両極端が好きなのです。

マーケティング的に言うと、人は昔ながらの文化は古いままが好きだし、そうかといって新しいものにも興味を持つものだということですね。
つまり、老舗が暖簾の重さで打ち出す方法もあれば、目新しさや斬新さを打ち出すこともよくある。やはり人は両極端なものを好むのです。

その「人の持つ特性」を知っていれば、新規事業も「新しいもの」だけではなくて「古くからある伝統」を突き詰める戦略も効果的かもしれないということですね。



商店街のお好み焼き屋にあった「昔ながらの」というマジックで書かれたPOP。令和のこの時代にはそぐわない昭和50年代の匂い。
それを「伝統」とは呼べないけど、僕個人にとっては涙が止まらないほどの「昔の記憶」だった。心が、感情が震えた瞬間だったのです。

マーケターとしていろんな目線で戦略的に考えることもいいけど、そんなことでは計り知れない「思い出」という感情。それは無敵だなと、改めて思い、そして改めて知ったのです。

人は「感情」で何かを買います。
「売れる」ということばかり考えて、それを「買う」人の気持ちになれなければマーケターとしてはどうかと思うし、そもそも売れないと思う。

そして人の感情は、快さもあれば感激、感動もあり、そして懐かしさや思い出だってある。
それをひとりひとりに合わせてコントロールはできないかもしれないけど、それを無視することはできない。少なくともこのお好み焼き屋に行って僕は「新しい感情」を知ることができたのだから。

やっぱり僕は、人の体温を感じるビジネスが好きだ。
やっぱり僕は、人の体温を感じてもらうビジネスが好きだ。
この店を知ってその思いは強くなり、そして大きな学びになりました。

そして僕はこの店に必ずまた行きたいと思っています。
母のお好み焼きの思い出を噛み締めながら。



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