近代日本文学を代表する傑作―三島由紀夫の『金閣寺』③
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11月第1作目には三島由紀夫の小説、『金閣寺』を取り上げます。
『金閣寺』は、1950(昭和25)年七月二日に、実際に起きた金閣寺放火事件をもとに書かれた小説です。
鬼才・三島の全青春をかけた総決算にして、近代日本文学を代表する傑作として、海外でも高い評価を得ています。
『金閣寺』……鬼才・三島の全青春の総決算にして、近代日本文学を代表する傑作
三島由紀夫(1925~1970)
【書き出し】
幼時から父は、私によく、金閣のことを語った。
私の生れたのは、舞鶴から東北の、日本海へ突き出たうらさびしい岬である。
父の故郷はそこではなく、舞鶴東郊の志楽である。
懇望されて、僧籍に入り、辺鄙な岬の寺の住職になり、その地で妻をもらって、私という子を授けた。
【名言】
※あらすじ(前編・後編)はこちら⇓⇓
【解説①】
『金閣寺』は、主人公が『金閣寺』に火をかける、というセンセーショナルな終わり方をしていることで有名です。
これは、1950年7月2日に実際にあった「金閣寺放火事件」をもとに、三島由紀夫が脚色したものです。
この「金閣を焼く」という題材を「美」という概念を中心に組み立て直し、戦後の暗い世相を背景に、主人公が芸術的理念としての「美(=金閣)」を追求する哲学的説となりました。
近代文学を代表する傑作として、国内および海外で高い評価を得ています。
『金閣を焼かなければならぬ』
金閣寺に放火したところで、主人公を取り巻く世界は何も変わらないはず。
なのに、どうして、「金閣を焼かねばならぬ」になるのか?
『金閣寺』の最終場面を見てみましょう。
この最終場面は、「生きよう」と本人が決意することで終わっています。
つまり、ほんの少しではあるけれど、「生に対する肯定感」が見られる。
これが、三島文学特有の、難局を乗り切るための、美的ロジックの展開、にあたるそうです。
難局を乗り切るためには「超越的存在」が必要―三島文学の「揺らぎ」
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