英霊の「声なき声」に導かれて
三島由紀夫の『英霊の聲(えいれいのこえ)』という短編小説がある。私の胸に大きな爪痕を残した作品である。
作品内では、神風特攻隊として、大空へと散っていった青年たちの声が、恨めしげに響き渡る。
「などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし」
敗戦後、人間宣言した天皇を呪うかのような、哀しみのリフレインが続く。
英霊の「声なき声」。彼らの魂の叫びを筆に載せるように、言葉で紡ぎ出す三島由紀夫。どちらの存在にも畏怖の念を感じて、読んでいて全身の震えが止まらなかった。
あまりの筆圧に、しばらく読了感が抜けなかった。居てもたってもいられなくなり、靖国神社を参拝し、自分なりの弔いを行った。ただ、「ありがとう。死は無駄にしないから」と心の中で祈ることが精いっぱいだった。自分でも驚くほどに、涙がとめどもなく流れた。
時を同じくして、映画「永遠の0」を鑑賞した。岡田准一扮する主人公の宮部久蔵は、天下随一のパイロットだが、「死にたくない」が口癖の異色の存在。そんな彼が、特攻へと身を投じるまでが描かれる。最期の特攻シーンは、岡田准一の迫真の表情だけで全てを語らせるという、映画史上稀に見る傑作だ。この映画の鑑賞後も、私には得体のしれない涙がこみ上げ、放心状態となってしまった。
この特異な体験は、しばらくの間、私の心を掴んで離さなかった。
その後の長期休暇では、英霊の「声なき声」に突き動かされるように、知覧の特攻会館を訪れた。館内には、特攻へ向かう若者が家族に残した最期の手紙や、遺品が大切に保存されている。
まさに、「永遠の0」の宮部久蔵のような最期を遂げた方々が実在する。
その事実を目の当たりにしている自分が、どこか恐ろしくもあり、足が震えた。恐る恐る、手紙に残された彼らの「声」を聴いて回る。
神風特攻隊というと、身を挺してでも出撃する決意をしたツワモノたち。よほど強靭な精神の持ち主だったことだろう。それでも、家族に向けて最期に残した手紙の多くには、まだあどけない青年の、血の通った温かい心が残っていた。
「ご飯はしっかり食べられていますか?」
「家族の健康にはくれぐれも気をつけるように」
「お国のために働いてきます。あなたの元に生まれて来たことは私の誇りです」
「お母さん」
自分の事よりも、残していく家族たちのことを真っ先に心配している。
「お母さん」と書いて最期の言葉にしている手紙があまりにも多い。
その事に気がついた私は、「お母さん」と書かれた文字を目にする度に、頬を伝う涙を拭うことになった。
私自身も母となり、息子を想う母の気持ちを、より身近に感じられるようになった。「お母さん」という言葉を残して、片道燃料で出撃していく愛しい我が子。親としてこの世に遺される側になったとしたら、きっと居たたまれない。我が身を切り裂くほどに鮮烈な痛みを感じるはずだ。
それでも母たちは、誇りを抱いて出撃していった彼らに、最大の敬意を払うだろう。
手紙を目にした瞬間、私の心に「声」が聴こえてきた。
「愛していなければ、戦えなかった」
それは、自分の錯覚だったのかもしれない。真実は分からないが、確かに聞こえたのだ。
「あの戦争」が間違いであったとか、正義であったとか、そんなことを議論したいわけではない。
ただ、大切なものを護るために、数多くの青年が命を捧げたということ。
彼らの心は「愛」で溢れていたということ。
それが後世に伝わることが、一番報われることなのではないだろうか。
私には、あの「声」から、そう感じられるのである。
あなたには、知覧からの「英霊の声」がどう聞こえますか。
【完】(1487字)
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