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「夢」掌編小説
夢に押しつぶされた。夢に重みなどない筈なのに、私は上から物凄い力で押さえられて危うく窒息するところだった。
妙な苦しさを感じながらゆっくりと目を覚ます。髪とズボンが汗で濡れている。
また私は夢に命を取られかけたのだ。
夢が私に敵意を向けてからというもの、私は寝るのが怖くなった。まるで、寝ている時間だけ拷問を受けているようだった。
小さい頃は、寝る前に今日はどんな夢が見れるかな、と半ば楽しみにしていた。それが今では、今日はどんな悪夢を見せられるのかと怯えるようになってしまった。
気持ちを切り替え、ベッドからのそりと出て、身だしなみを整え、スーツに着替えた。
勤務先の市役所に着き、業務に取り掛かる。
開庁時間を迎えると、徐々に市民の方たちが自動ドアから入ってくる。
様々な手続きに追われ、手を動かすスピードが早くなる。同じ部署の先輩方も忙しくなるため、少し張り付めた空気が場全体を覆う。
そんな中、グレーのダウンを着た、小太りの初老の男性が受付から近づいてきた。
「マイナンバーカードを発行したいんだけども」
そう言いながら、顔を異様な距離まで寄せてきた。枯れ草のような、古い臭いが漂ってくる。思わず顔をしかめそうになったが、なんとか堪えた。
「マイナンバーカードの発行ですね、交付通知書と本人確認書類はお持ちですか?」
「いや、持っとらん」
「すみません、それでしたら、運転免許証などは?」
「だから、持っとらんって」
左頬に浮かんだ大きなシミを目立たせながら、男はそう答えた。
「ああ、やっぱそうなんか、運転免許証。まあ持っとらんから」
そう男は言うと、のそのそと帰って行った。
男の枯れながら肉が付いた顔と、独特な異臭が印象に残った。
家に帰り、育てている「エキノカクタス」というサボテンに霧吹きで水をあげた。
鼻に染み付いたあの男の異臭をかき消すように、スティックタイプのお香を炊いた。
煙の臭いしかしなかった。
午後11時、一日の疲れと共にベッドに潜り込む。夢のことなど考えず、今日はいつもより早く眠りにつくことができた。
気が付くと、市役所の中にいた。私以外にも人がいて、目の前にはあの初老の男が立っていた。
「運転免許証!運転免許証!あるわけないだろ!はははは!」
そう叫びながら、私の肩を両手でがしっと掴み、
「俺のお袋はなあ!ガンにかかって死んじまったんだよ!アンタが代わりにお袋になってくれよ!」
と唾を飛ばして訴えてきた。
何故か私は、
「分かりました」
と答えた。
そこで目が覚めた。カーテンの隙間から通り過ぎた車のライトの光が漏れた。
夢は私に巧妙な嫌がらせをすることを覚えたらしい。