≪続:①≫女性が全国転勤で働くということ
縁もゆかりもない地方支社での生活に泣き笑いしながら過ごしていた私に、再び転勤の辞令が。
異動はまさかの3日後?!そしてその半年後には再び転勤…。
転勤だらけの会社で働きながら、25歳の節目を迎える私が、今考えることを綴ります。
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■私が再び書く理由
2020年1月、「女性が全国転勤で働くということ」をテーマに、私が思うままにつづったのが以下の記事でした。
今見直すと、ただの愚痴…(笑)
ところがいつの間にか「スキ」が3桁に(30くらい行けば十分すぎると思ってました(笑))。
興味を持っていただける誰かの目に留まればいいな程度に書いた記事が、私の想像以上の反響を頂いておりました。
暖かいコメントも頂いておりました。ありがとうございます♡
スキをくださった皆様のプロフィールを覗いていると、就活をされている学生さんも多くいらっしゃったような気がします。
コロナ禍で就活の在り方も大きく変容したのではないかと思います。
今はもう全く違うかたちになっているかもしれませんが、私の就活時代を振り返ってみて思うこと。
今勤めている会社に関しては、私が出逢った敏腕人事の女性のおかげで色んな環境で働く人々にお話を聞くことが出来ていました。
それでも私側が「自分のこれから」「働くこと」を具体的にイメージ出来ていなかったせいで、貴重な機会をフル活用出来ていなかったなあと思います。
よく周りの就活生が言っているありきたりな質問集みたいなのを聞いて終わるのは非常にもったいなかったですね。。。
しばらくNoteからは離れてしまっていましたが、今後就活をする皆さん、昔の私のように、将来のことなんて考えたってわからねえよーとぽやーっとしたイメージで進んでいる特に女性の方に、何かお役に立てるのではないかと思ったので、ひっそりその後の私について綴ります。
綺麗ごとを言ってますが、自分の考えを整理するためでもあります。
意識は低すぎず、決して高くなく、出来れば楽して楽しい人生送りたいーと思いながら(意識低い(笑))、悩みまくってる一般OLの現状を見て、今後の素晴らしい人生のための踏み台にしていただければ。笑
今度は愚痴ではなく、あくまで自分軸で、もっとどうすればより豊かな転勤生活が送れるか、今の私なりの仮説を交えて記事にしてみます(笑)
こうすればもっとうまく生きていけるよーという先輩方からのアドバイスもあれば伺いたいものです。
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■コロナと突然の転勤:「終わり」を意識することの大切さ
日本全国でコロナの影響が大きくなっていた2020年春のことです。甲信越地方の雪国支社での生活も1年半が経ち、寒い冬を2回乗り越え、なんとなく生活に慣れてきたころ。
私の所属する事業部の業績はコロナの影響で一時的に大打撃を受け、日々の営業活動で行えることも少なくなっていました。そんな中、事業部の体制変更が予告されます。
所属する支社で転勤ができる雇用体系は私一人だったため、異動を覚悟しておりました。
案の定、業務中、突然上司からの呼び出しが。
「KIKI、単刀直入に伝えます。部署異動の辞令がおりました。3日後から東京で勤務してください。一旦、2週間のホテル滞在。その後はどうしてもらうか未定です。」
元々、私の勤める会社は尋常でないスピード感で物事が進みます。
聞いた直後は思わず笑いが出ました。
弊社のスピード感には慣れてきたと思っていたけれど、3日後か…(笑)
しかも2週間先の未来さえ分からなくなってしまいました(笑)
このコロナ禍、多くの人に想像もしなかった生活が訪れ、会社を辞めざるを得なくなったり、守ってきたお店をたたまなければならなくなり、生活もままならなくなったり、そんな方々が大勢いる中で、異動してでも働かせてもらえるだけ、本当に有難いことです。
とはいえ、私はまだまだ本当に未熟な人間。不安や不満、戸惑いがなかったかというと全くの嘘になります。
営業苦手ながらも、必死で向き合ってやっと関係が築けてきていた取引先の方々、前向きに生活を楽しみたいと色んな場に顔をだして知り合った友人たち。急な異動のせいで、誰1人直接お別れをいえずに、1年半過ごした社会人生活最初の赴任地を離れることになります。
1番お世話になった取引先の社長にお電話したとき、結局まだ何もかたちに残せず去ることになってしまった自分が悔しくて悔しくて大泣きしました。
数年居る、いつまでかはわからないけど、長くいると思っていたからこそ、その土地での生活に悩み、不安に思っていました。
でも自分が思っていたよりもずっと短い期間で離れることになって思い浮かんだのは色んな感謝と少しの後悔。
まだあの場所にも行ってない、あれもしたかった、取引先さんにもっとこんなことができたんじゃないか、仕事のことも、プライベートのことも、もっと色んなことがしたかったという後悔です。
このままずっとここにいたら結婚できるのだろうか、いつ地元に帰れるのだろうかという将来への不安。取引先の方とも長い付き合いになると思っていたが故にできなかった、思い切った提案・踏み込んだ提案。
いつまでこの生活が続くかわからない、そんな状況だったからこそ、生まれていた不安がたくさんあったのだと気づきます。
「この支社での勤務は1年半で終わる。」ともしあらかじめ知っていたとしたら、私の意識・行動はもっと変わったと思います。
今回はコロナという誰も予期しなかった要因での終わりを迎えました。それが無ければ、確かにここでの生活はもっと長かったかもしれません。
もしそうであっても、自分で仮のゴールを決めて、不確定で遠い「終わり」を見るのではなく、少し先の未来を考えて確実に行動出来ていれば、、、もっと悩み方が変わっていたのではないかと思うのです。
KeyPoint①:「終わり」、自分の中の「ゴール」を意識することの大切さ
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■予期せぬ新生活の始まり、25歳女性が直面すること
思ってもみなかったかたちで、あっけなく終わってしまった初任地での生活。3日後からは東京で新しい生活が始まります。
不安だらけ、その一方で、東京に戻れることへのワクワク感もありました。仕事にプライベートの充実。もう、知り合いがいない、転勤族だから相手にしてもらえないなんて悩む日々とはおさらばだ。
そんなちょっとしたキラキラへの期待を抱えながら上京したKIKIを待っていたのは、25歳女性だからこそ直面する「東京女子図鑑」ばりの周りの変化でした。
長くなったので、続きは次の投稿で。
KIKI
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