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それは"彼女"が座る椅子



夜。外は暗い。
会社に残ってるのは俺灰谷と、横の女葉山。
前には、背もたれ付きの椅子がある空いた席。

そこに座っていた、如月アミがいなくなった。

正式に言うと、3日前から来なくなった。
噂によると連絡もつかず黙って辞めたらしい。

そんなような事をする子では無いと思うのだが。
ただ、別に俺も特別話したことがある訳では無い。ご時世で、必要最低限の会話しかしなくなったから。

ただ、愛嬌があって好かれる人。そんなイメージはしっかりある。
俺はどことなく憧れていた。

同僚も彼女が辞めた理由を知らなかった。

―そういえば、彼氏とかいたのかね
―どこに住んでたんだろうね
―そもそも、何でここに来たんだろうね

誰も、知らなかった。

でも俺は
彼女はなぜいつも笑っていたのか
どうして辞めてしまったのか
そして

俺はなんで、彼女のことを知りたいのか

ただ、知りたかった。

「死んだんだよ」

葉山は俺にそう言った。
「死んだ」
「な、何を急に…」
「私はあの子と友達だったからね。昨日私、休みだったでしょ。葬式よ」
「葬式…」
「そ。死んだの。朝に、首を吊ってたんだって」

葉山は真っ直ぐパソコンを見つめながら作業を進める。

「何でそんなに軽く…あっけらかんとしてんだよ。友達だったんだろ」
「友達、だったから」
「死んだからか?それなら」
「違う。あの子はね…いや、なんでもない」
「……」

俺はもう少し言いたかったが、葉山が言いたくなさそうに見えたので、これ以上突っ込むのはやめた。

「…でもね、灰谷。私はあんたが気になったこと全部教えてあげられるよ」
「え?」

葉山は立ち上がり、如月アミが座っていた椅子の隣に立った。

「彼氏はいない。練馬に一人暮らし。ここに来たのは、私がいたから」
「…」
「あの子はね、不幸だったのよ。笑ってないと親に殴られて学校でも虐められて。笑っていればいいんだよって泣いたら余計やられるよって私が言ったこと、守り続けて…笑ってた」
「……」
「私には、それしか出来なかったの」

俺は何も言えない。
まさか彼女の笑顔の裏にそんな陰があろうとは。
葉山は続ける。

「で、あなたの前の席になったのは私と席が近くて、かつ空いてたから。私が頼んだの。友達ってなると甘やかしている風に見られたりしそうで、それはお互いのためにならないって話して。私たちは関係を隠してあの子を入社させてもらった。でも責任はあるから、監視できる席に。それだけ」
「…」
「どうして辞めたかは…」

葉山は如月アミの席に座った。

「私なら、教えてあげられるよ」
「え」
「あの子が辞めた。いや、死んだ理由」

葉山は少し寂しそうに、でもどこか怪しく口角を上げた。

「あなたが最後に思った質問がそれに関係してるから」
「最後…」
「"僕はなんで、こんなに彼女のことを知りたいのか"」

さっきから、葉山はおかしい。
だってそれは、

「「口に出してないはず」」

声がハモる。

「へ…」
僕は驚きが隠せず、思わず情けない声を漏らした。

「ねえ、アミ。こんな情けない声出すやつだよ?本当にいいの?」
葉山は誰かに話すように、独り言を言った。

「まさか…」
僕はゴクリと唾を飲む。

「正解。私の中に、この席だったアミがいます」
「…??」
「驚くの無理ないよね。私達も、こんなに上手く行くとは思わなかった。でもアミは、今までの汚い自分であんたと関わるのが嫌だったんだって。だから私の身体で代わりにあんたと関わろうって。憑依…ってやつ?」

またもあっけらかんという葉山に呆気にとられる。

「汚くなんて…なかったのにね…」
少し寂しそうに呟き、葉山はまた誰かに話すように独り言を言った。
「アミ、それは…いいの」
「…?」

暫く無言の時間が続いた。
時計が刻む音がオフィスに響く。

「で、どうするの?」
「どうするって」
「私なら、いや、私たちならあんたが望むアミへの質問に答えてあげられる」
「…」
「付き合ってよ、私たちと」

そう言って、彼女はまた怪しく微笑む。

「…はい」

僕も知りたかった。如月アミのことを。
この気持ちがなんなのか、それもわかる気がしたから。

でも何故だろう。僕がはいと答えた時、葉山がまるでこうなることを望んでいたような顔をしたのは。

僕にはその顔が、葉山が彼女を殺したんじゃないかと、これは葉山が仕組んだことなんじゃないかと、そう見えてしまった。

僕がそう思った時、
彼女は席を立ち、また僕を見て笑った。

それは、どちらの笑みですか?

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