「週刊金曜日」2023年2月3日号にチョン・セランほか『絶縁』(吉川凪ほか訳、小学館)の書評を書きました。(9つの収録作品ぜんぶ紹介したよ)
ここ数年、僕はアジア文学を読むことに比重をかけて書評家業をやってきているのですが、というのも、アジア各国の文学の翻訳の勢いが過去最大に凄まじいからなんですね。以前、『文藝』2020年春季号に掲載した「東アジア-日本文学年表2014-2020」では、2014年を韓国文学ブームにおけるエポックメイキングの年とさだめて(その理由は拙文をお読みください)、そこから、いかに、チベット、台湾、中国、タイなどのアジアの文学を翻訳/読むモードが確立されたのかみたいな話を書きました。
そういう関心をずっと抱えてきたので、アジア現代文学のアンソロジーとして、日本、シンガポール、中国、タイ、香港、チベット、ベトナム、台湾、韓国の作家が共演する本書は、最高に大きな喜びを持って読みました。いやぁ、素晴らしい一冊です。
書評では頑張って収録されている9つの作品すべてを短い紙幅のなかで紹介しました。マジで頑張りました。褒めてほしいです。
収録作は以下の通り。
村田沙耶香「無」:家族の繋がりも、社会の通念も忘却して独りで生きるライフスタイルが流行し、その波に呑まれる母娘を描いた作品。
アルフィアン・サアット「妻」/藤井光・訳:夫とかつての婚約者は親の理解が得られず幸せになれなかった。妻は、以来侘しい生活を送る彼女に驚くような提案をする ――。
ハオ・ジンファン「ポジティブレンガ」/大久保洋子・訳:ネガティヴな感情を持つ人間が検出され、矯正される世界を描いた、中国的な管理社会の深淵を覗かせる作品。
ウィワット・ルートウィワットウォンサー「燃える」/福冨渉・訳:タイと香港それぞれの民主主義への失望が人物たちの繊細な心の揺れ動きの内で融和し、離別していく作品。
韓麗珠「秘密警察」/及川茜・訳:疫病の蔓延する香港の監視社会のなかで人々が寄り添うことを問う物語。
ラシャムジャ「穴の中には雪蓮花が咲いている」/星泉・訳:都市と地方における資本主義、あるいは伝統社会の息苦しさを映し出し、切なさが滲むチベットの現在を伝える秀作。
グエン・ゴック・トゥ「逃避」/野平宗弘・訳:縁を切った甲斐性なしの息子が出戻りをしたことで、今際の際にある母が子への憎しみを奔出させる物語。
連明偉「シェリスおばさんのアフタヌーンティー/及川茜・訳:カリブ海のある島国を舞台に、異なる人種同士の共生というこの世界の喫緊の課題に潜む困難を描く作品。
チョン・セラン「絶縁」/吉川凪・訳:一人の男性の女性に対する加害性を巡って、主人公たちの間で立場が分かれ、長年の関係性に亀裂が走る、社会的な分断がもたらす寂しさを物語の主軸にした作品。
これからも、ずっとずっと、アジアの文学が僕たちにたくさん届く世の中でありますように。
ここで一曲。タイのポストロックバンドDesktop Errorから「น้ำค้าง」。