これまでの657000字とこれからの1字
2020年の8月30日、「自己紹介」と称した1本目の記事が公開された。
そこから毎日1本noteを更新し、昨日までで447記事をここで書き続けている。
どんなことがあろうと、とりあえず書いて投稿をする毎日。
いつの間にかフォロワーも100人を超え、ただの壁打ちをしているわけではないくらいのコミュニティで記事を書いては投稿している。
当初は自分にとってのアウトプットをするために始めたのがこのnoteで、確かにアウトプットをしているような、していないような。それでもきっちりと何か感じたことや考えたことを言語化する練習を繰り返して行えているのは間違いないはず。
最初のnoteです。よかったらどうぞ。
とにもかくにも、1年間自分はnoteを書き続けることを達成した。それは確からしいではなく、確かに書き切った。
ダッシュボードをあまり確認しなくなったのは自分の書く記事を誰がどれくらい見たのか?みたいな情報をそこまで必要としていなかったからだけど、1年間書き続けてどれくらいの数字になったのかはちゃんと書いた方が誠実かしら。
今回の記事は「noteを毎日書き続けてきた結果どうなったか」について、今から毎日書くつもりの人や毎日書き続けている人に向けて書きます。
noteを1年間毎日書き続けた結果(数字)
全体の期間におけるビュー数、これは37,081回自分の記事が見られた。
記事換算したら82回/本だけど、そんなわけではない。前記事においてぶっちぎりの閲覧数を誇っているのは自分の考えや意見を書いているわけでもない推しのVtuberの話だし、その次に多いのはオンラインサロンの信者(メンバー)に話を聞いてみた結果を書いた記事だし、時点でようやく自分の体験が基になる記事がいる。
noteで面白いことは色々とあって、そのなかでも大手のサークルに入っていたりそもそもnoteを始める前から知名度がないと閲覧数もスキ数も伸びないということは顕著に感じる。
もちろん自分のコンテンツ力が低いこともあるけど、それにも増してそもそもの知名度がない以上お話にならない。ということが大きい。
フォロワーの表示に流れてきた記事を見てもカウントされるんだからそりゃフォロワー増やせばPV稼げますとも。この仕様はちょっと納得いかない。
何かの分野で尖っていてその知識についてしか語られないクリエイターさんとかは固定ファンがつきやすいけど、自分の場合特にこだわっているわけでもないジャンルのことをつらつらと書き続けているからどの記事が伸びるかも未知数の状態で書いていることになる。
となると自分自身のコンテンツが他の人にとって惹かれるものではない。ということになってくるからその辺は反省すべきだろうか。
1800文字×365日=657000文字
大体毎日1000-4000字の記事を書いていた。大体だけど体感ではで1800文字くらいが平均だろう。
1800文字×365日=657000文字
字数の換算をするサイトによると、約10万文字で文庫本1冊の字数になるらしい。
つまり、この1年間で自分は文庫本を6.5冊書いていたということになる。
え?すごいなこれ。確かハリーポッターが7巻で終わってたからほぼそれくらいを1年間で書いていたのか。これはちょっと自分でも驚いている。
ということは、仮に自分がこの1年間の記事を全部本にするには全7巻の大長編を刊行することになってしまう。これはすごい…のか?わからん。
657000文字を書き続けて得られたことは色々ある。
例えば、5W1Hで挙げられる「なぜ」だとか「どうして」とかの疑問を見つけて考える回数が増えたこと。
毎日noteを書くにあたってぶつかる問題で最も多いのが「ネタの枯渇」だろう。
その日考えたことを書くにしても、それなりに何を感じたかとかどう考えたかとかをある程度言語化しないといけないし、日記だから簡単なわけでもない。
それこそ小学生の日記みたいに「たのしかったです」みたいな締めをしていたらもうアホみたいなことになる。学校の感想文で「よかったです」を書くのはどこか頭が悪そうで恥ずかしい思いをしたのが蘇る。
自分自身の解像度を上げるために必要だったことは、目に映るものに対してどれくらい考えることができるかということだったのかもしれない。
テレビを見ていても携帯を見ていても、何か新しい情報があればそれについて少し考える。少し考えてもっと考えたくなったらそれがその日のnoteのネタになった。
案外周りにはわからないことが散らばっている。
今だって目の前に置いているコストコで買ったペットボトルの水を見て(これって結局得なんか?)とか(いつからペットボトルの水を買う価値観は生まれたんだ?)みたいな疑問がすらすらと出てくる。
でもこれが特に何も考えていなければただの水であって、それ以上でもそれ以下でもなくなる。
それに対して真摯であること。それこそが質問力なのだろうかとふと考えた。
質問って難しい。質問を考えることも難しいし、質問をしたくてもその疑問を自分の言葉で説明することも難しし、その質問をスピーカーの方に話す勇気がでないかもしれない。
そう考えると質問って簡単そうでなかなか難易度が高いのかも。
それでもこうやって日頃の疑問を自分の言葉で表現する練習を積んだおかげかどうかは分からないけど、自分でも驚くくらい人に質問する回数が増えた。
去年の大学で質問をすることはほぼなかったし、仮にそんな場が設けられても質問に行くことはなかった。
それが今年は毎回の授業で質問をしていたしなんなら終わってからも質問するために教壇に向かっていた。
聞けば聞くほど自分の興味がある分野について詳しくなれることのお得さを質問しない大学生はきっと知ることなく卒業するのだろう。あぁ勿体ない。
ネタ切れの問題も最近はそこまで見当たらなくなっている。というのも、なんとなくのネタはそこそこ保存していてあと大体183個はネタが残っているから。
全部が記事として成立するかは分からないからおそらく120個くらいがネタ要員として待機中の状態。
何もしなくてもあと4ヶ月は毎日書けそう。
大学生こそnoteを書け
この前の春学期のレポート試験、自分でも驚くほどすらすら書けた。まさか提出1週間前とかに全部書き終わるとは思っていなかったし、大学生あるあるらしい提出締め切り直前の提出を体験し損ねたのが残念なくらい。
間違いなく毎日noteを書き続けたからだと思っている。
自分の考えや意見をきっちりと文字にして表現する練習を繰り返していた結果がこうして現れたのは嬉しい誤算だったし、日頃最低1000字は書いているのだから逆に2000字そこらのレポートに困るはずもなかったといえばそれはそう。
おそらく数日後に発表される成績発表では単位を落としていることはないはず。だって全部真面目にやってたしまぁ悪くてもCは取れるでしょうといった甘い希望的観測をしている。今になって不安になってきた。どうしよう。
毎日書かなくてもいい。それでも、自分が感じたこととか考えたことを言語化して発信してみる。それだけできっと見えている世界の情報量がぐっと増すはず。
これからどうするのかについて
当初は1年間毎日書くことを目的にしていたこの毎日更新。
ちょうど昨日で1年間毎日書いたことになる。
さて、どうしようか。
多分ここでやめたり週3投稿とかに切り替えることはできるけど、一回やらかして毎日投稿がリセットされるまでは続けてみたいと思う。
多分これ、やめるのも変えるのも簡単にできる気がする。でも、きっと何も書かずに眠ろうとしている最中に間違いなく自分の中で(本当にいいのか?書かなくていいのか?)と自問自答する羽目になるのが目に見えている。
とりあえずはやれるだけ、書けるだけ書き続けてみます。
もうちょっとだけ続くんじゃ。長押しGTとか長押し改とか長押し超とかまで続けるように頑張りましょうか。
ではまた明日。明日もお付き合いください。
365日と1日目、約657000字と3310字でした。これ本当に1年で657000字か?もうちょっといってるやろこれ。うーん、わからん。
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