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イーロン・マスク(上・下)を読んで、少しだけ斜め下を行く感想を述べてみる

イーロン・マスクのこれまでの人生が描かれた伝記を読んだ。

イーロン・マスクは将来、間違いなく世界を変えた人物としてスティーブ・ジョブス、ビル・ゲイツと並び歴史の教科書に載るであろう人物だ。そんな人物が今後、成し遂げていくであろう偉業を、時代の生き証人としてリアルタイムで見ることができるのは大変幸福なことである。

読んだ感想を一言で言えば、彼はビジネスパーソンとしても、一人の人間としても様々な意味で「超越」している存在だと思う。いや、彼には仕事も私生活も境目がない。単に「人間が火星に移住できるようにする」という壮大なミッションを掲げ、その実現に向けてできることはなんでもやる、というだけなのだ。このミッションに人生を全振りしているので、特にスペースXに対しては儲けるためやる、といった感覚で仕事を打ち込む感覚は彼にない。地球が滅びた後も他の惑星で人類が生き延びることができるようにする。
このミッションを実現するために人生を捧げているのだ。

昔ベストセラーとなった歴史書「サピエンス全史」の中で、著書ユヴァル・ハラリは、人間と他の生物の違いとして、「周りの環境を自ら変化させていくこと」を挙げている。他の生物であれば、周囲の環境に適合するように長い年月をかけて進化を遂げていくが、人間は自分が進化する前に、周りの環境を自分たちに適合させるのだ。これは灼熱の砂漠に住む人々、極寒の北極圏に住む人々がいること、さらには短期間ではあるが宇宙ステーションで暮らす人々を想像すればわかりやすいだろう。

そして、次は火星を人間が住めるように適合させようとしている。それがイーロン・マスクなのだ。そう考えてみれば、イーロン・マスクもこれまでの人類が行ってきたことをごく当たり前のように行なっているだけなのかも知れない。けれども、到底我々の常識では考えられない超越した考えを持ち、そして大真面目に実現させようと行動している。

彼はビジネスパーソンとしてのキャリアも常人を超越している。

決済会社Xを立ち上げてペイパルと統合し、テスラの株主になってから実質的な経営権を握り本当の創業者以上に有名になり、その後はソーラーシティ、ボーリングカンパニー、スペースX、ニューラリンク、X(旧Twitter)、OpenAIと様々な企業の経営に関与してきている。しかも同時にだ。通常の人間であれば1つの会社で働くだけでも大変なのに、複数の会社に対して同時に時間も経営資源もコミットし、そして何より結果も出し続けている。

面白いのは、いずれの会社も「顧客のペインポイントをビジネスの起点にする」といったビジネスの基本とも言える発想は全く存在しない。全てイーロン・マスクのこうあるべきという理念を起点として誕生しているのだ。だからなのか、ニューラリンクとボーリングカンパニーとソーラーシティのように、結局失敗に終わった事業も多く見受けられる。

そして、働き方も超越している。

マネジメントスタイルも通常の会社を超越している。大所高所から抽象的な言葉だけを述べるマネジメントとは真逆で、現場に入り込みマイクロマネジメントを貫く。

自らに対しても、社員に対しても非常に高いハードルを課す。常に前提を疑い、「できない」という社員がいれば「なぜだ」を5回繰り返し、納得のいく答えがでなければ即クビにする。彼は元々サイコパス気質なので従業員を解雇することに躊躇しない。

何かを決める時は「物理法則」を判断軸として重視し、物理法則上は可能であるのに現状できていない業務があったらそこをすぐ詰める。会議も議論を戦わせ、ダメな意見は容赦無く否定する。そこには心理的安全性などという概念は存在しない。

テスラでは当然のように会社に寝泊まりをし、夜中に社員を集めて会議をしだす。365日、ほぼ休みなく働くことを社員に求める。リモートワークなどもっての他で、出社を強制する。そこにはワークライフバランスなどという概念は存在しない。

社員に罵声を浴びせるのはごく当たり前であり、人格否定ともとれるような発言を容赦なく社員に発する。そこにパワハラなどという概念は存在しない。

彼にとっては心理的安全性もワークライフバランスもパワハラも、「人類を火星に移住させる」というミッションに比べれば取るにたらない、どうでもいいことなのだ。

私生活も超越している。何度も離婚・結婚を繰り返し、累計10数名の子供を産んでいる。

こんな全てを超越するイーロン・マスクなので、私のような凡人に役立つ仕事術や考え方は正直ほとんどなかったのだが、少しだけ役に立ちそうな箇所があったので、以下抜粋を載せておきたい。

<イーロン・マスクの戒律>

  • 第1戒:要件はすべて疑え。要件には、それを定めた担当者の名前を付すこと。担当者がどれほど頭のいい人物であっても、疑え。頭にいい人間が決めた要件ほど危ない。疑われにくいからだ。私が定めたものであっても要件は必ず疑え。そして、おかしなところを少しでも減らせ。

  • 第2戒:部品や工程はできる限り減らせ。あとで元に戻さなければならなくなるかもしれないが、それでいい。実際のところ、10%以上をもとに戻さなければならないのなら、それは減らしたりないということだ。

  • 第3戒:シンプルに、最適にしろ。これは第2戒のあとにやるべきことだ。そもそもそこにあってはならない部品やプロセスをシンプルにしたり最適化したりしてしまうのは、よくある間違いだ。

  • 第4戒:サイクルタイムを短くしろ。工程は必ずスピードアップが可能だ。ただし、第1戒から第3戒までが終わった後にやること。テスラの工場では、なくすべきだったとのちに気づく工程をスピードアップするのにかなりの時間を使うという愚を犯してしまった。

  • 第5戒:自動化しろ。これは最終段階だ。ネバダでもフリーモントでも、一番の間違いは、ステップの自動化から始めてしまったことだ。要件をすべて洗い直し、部品や工程を減らせるだけ減らし、バグを潰し切るまで自動化は待たなければならない。

<上記戒律から導き出されること>

  • 技術管理職は実戦経験を積まなければならない。

  • 仲間意識は危ない。相手の仕事に疑問を投げかけにくくなるからだ。仲間を苦しい立場に追い込みたくないという意識が生まれがちだ。これは避けなければならない。

  • 間違うのはかまわない。ただし、自信を持った状態で間違うのだけはやめよう。

  • 自分がやりたくないことを部下にやらせてはいけない。

  • 解決しなければならない課題に直面したら、管理職に伝えて終わりにしあないこと。階級を飛ばし、管理職の下の人間と直接会うこと。

  • 採用では心構えを重視すべし。スキルは教えられる。性根を他叩き直すには脳移植が必要だ。

  • 気が狂いそうな切迫感を持って仕事をしろ。

  • 規則を言えるのは物理法則に規定されるものだ。それ以外は全て勧告である。


最後に、本作を読んで抱いた懸念点が一点ある。

この伝記を読んだ多くのパワハラ肯定派、ワークライフバランス否定派の経営者や管理職が、「イーロン・マスクもパワハラやって、リモートワークも禁じて、馬車馬のように社員を働かせていたんだ。自分は間違っていなかったんだ」と勘違いし、あたかもイーロン・マスクのように傍若無人な振る舞い始めないか、ということだ。

この本を読んで「自分は間違っていなかった」と思い込む中途半端なパワハラ管理職が増えないことを望み、ひとまず本作品の感想文として筆をおきたい。



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