【読書コラム】クレーマーをやめたいのにやめられない主婦の話が文学だった! - 『成瀬は信じた道をいく』宮島未奈(著)
圧倒的な面白さで話題となった『成瀬は天下を取りにいく』の続編が出た。コロナ禍で閉店を迎えた西武大津店へ毎日通い、ローカル番組の中継に毎日出続けると決めた成瀬のその後が描かれていて、『成瀬は信じた道をいく』というタイトル通りの内容で、これまた文句なしで面白かった。
ジャンルとしてはライト文芸になるのだろうか。魅力的なキャラクターたち。ワクワクするストーリー。やたら読みやすい文章は心地よく、ページをめくる手が止まらなくなってしまう。
アニメ化してくれないかなぁと期待している。実写化もよさそうだけど、あまりに素敵な作品なので、イメージと違ったら嫌だなぁと思わなくもない。なんて、言いたくなってしまうあたりも、エンタメ要素が強い証拠なのかもしれない。
ただ、今回の二冊目にひとつだけ、これまでと趣向の違う短編があった。それは『やめたいクレーマー』という話で、近所のスーパーでお客座の声にやたら投書している主婦を主人公とした物語で、端的に言って、わたしは純文学の匂いを感じた。
一応、成瀬はそのスーパーでバイトをしていて、二人が出会う形で成瀬シリーズに回収されてはいくのだけれど、仮に成瀬がいなくても十分に成立しそうな強度があった。
なにせ、設定がめちゃくちゃ興味深く、かつ、現代的なのだ。具体的にはクレーマーな主婦はクレーマーをやめたがっている。本心ではクレームなんて入れない方がいいと思っている。でも、クレームを入れることがやめられない。要するに、この主婦にとって、クレームだけが社会とつながる唯一の手段と化している。
この主婦は成瀬と出会って、孤独から抜け出す方向に一歩踏み出すことができるけれど、クレームはどんどんエスカレートし、いつしか認知の歪んだ正義を押し付けるに至っていたかもしれない。
これって、たとえば、ネットの炎上で盛り上がってしまう人たちの心理に似ている気がした。断片的な情報をもとに、誰かの人格を否定するような言葉を発信するなんて、本来、よくないことだとみんな知っている。でも、つぶやかずにはいられないから、毎日、誰かが過剰に叩かれてしまう。
いや、炎上だけではない。誰がどう見ても誹謗中傷される謂れのない人でさえ、理不尽な攻撃にさらされている。
最近も東池袋自動車暴走死傷事故の遺族である松永さんに、「殺しに行く」と脅迫した容疑で62歳の男性が逮捕された。
なぜ被害者である松永さんにそんなことを言わなきゃいけないのか。普通の感覚ではまったく理解できない。でも、実際にそういう不合理なことを考え、不合理な行動をとり、不合理に誰かを傷つける人がいるという現実は、頭がおかしいの一言で片付けるにはあまりにも深刻だ。
クレーマーはなにを求めているのか。たぶん、誰かの反応なのだろう。
大人になると自分の話を聞いてもらう機会がびっくりするほど減ってしまう。子どもの頃は山なし・オチなし・意味なしな会話ができていたけど、いつしか、そんな話は時間の無駄とみなされて、目的のない人間関係は次から次へと淘汰されていく。
共通の経歴だったり、共通の仕事だったり、共通の趣味だったり、共通の境遇だったり、なんからの共通項がなければ、新しいつながりは生まれない。
だから、寂しさを紛らわすためにSNSを始めても、共通項のないつぶやきを見てもらえることはない。反応を得るためには、みんなが興味のある話題をつぶやく必要がある。
自然、ニュースについてのコメントが手っ取り早い。とは言え、無難な意見を言っても面白くはない。感情を込めて、強めな言葉を選んだ方が刺激的。ざわっと流していても、思わず、目についてしまう過激な発言をしなくては。
こうして、クレーマーができあがる。
やがてコメントが届くようになる。同意の声もあれば、否定的な声もあるけれど、ともに自分の発信を見ている人がいるという事実には違いない。
もっと反応がほしい。もっと、もっと、みんなが喜ぶ言葉を使わなくては。きっと、そんな風にして、薬の量を増やすように暴言は知らず知らず強さを増していく。
意外と、クレーマーはクレームをやめたいと本心では願っているのかもしれない。成瀬と出会えればいいけれど、普通、そんな奇跡は起こらないので、クレーマーは孤独を極め、いつ爆発してもおかしくないほどストレスをひたすらに溜めていく。『やめたいクレーマー』という作品は逆説的に、そのような現代的な問題を巧みに描き出していた。
驚くべきは、宮島未奈さんは成瀬というフォーマットを維持したまま、この文学性を両立させているところ。シンプルに凄過ぎる!
成瀬ファンとして、成瀬の続きが気になるのはもちろんだけど、成瀬とは別に、宮島未奈さんが真正面から挑む社会派をわたしとしては読んでみたい。たぶん、文学として面白いだけでなく、この時代を生きる上での重要なヒントが見つけられるような気がする。
だいたい、成瀬にしても、なにを目指していいのかわからなくなってしまった混迷の2020年代に現れた理想であり、わたしたちが成瀬にこれほど夢中になるのは、
「そうか、わたしがなりたかったのは成瀬みたいな人間だったのか」
と、気づかせてくれるからではないか。
これはもう、どう考えても文学だ。
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