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【料理エッセイ】うちは大晦日にはすき焼きを食べる

 子どもの頃、大晦日の夕飯はすき焼きが定番だった。わたしは蕎麦アレルギーなので、年越し蕎麦の代わりに〆のうどんをすすってきた。年末年始はあまり他所の家に行くことはないので、ずっと、そういうものだと思ってきた。

 大学生になり、実家を出てから、大晦日の食事には各家の伝統があるらしいとわかってきた。お寿司だったり、カニだったり、寄せ鍋だったり、焼き肉だったり。珍しいと思ったのはピザパーティーをするところ。他にも、ひと足早く、おせちを食べる人もいた。

 いずれにせよ、みんな、ご馳走を食べることは共通していた。「あけましておめでとうございます」なんて言葉は紋切り型もいいところだけど、やっぱり、新年を迎えるっておめでたいことなんだろうなぁとしみじみ思った。

 むかし、『パペポTV』で上岡龍太郎さんが一年を無事に終えることは大変なことだと日本人は考えてきたのだと言っていた。だから、一月一日にみんなで一斉に歳をとる「数え年」という仕組みが長いこと採用されてきたんだとか。加えて、「数え年」だと、生まれた瞬間に一才なのはお母さんのお腹にいる時間も組み込むからで、ここに日本人のヒューマニズムが垣間見えると説明していた。

 そういう意味でも、大晦日の食事は大切だ。紆余曲折、いろいろなご馳走を見てきたけど、個人的な思い出に基づいて、ここ五年ぐらい、わたしは原点回帰ですき焼きを食べることにしている。

 特に、いま住んでいる町には最高のお肉屋さんがあるので、迷う理由がなくなった。十二月二十九日になるとすき焼き用の松坂牛のセールをやってくれるのだ。

 朝から行列ができるけれど、ここぞとばかりに並ぶのが毎年の恒例となっている。一回、寝坊して昼に行ったら、綺麗さっぱり売り切れていた。以来、あるだけの目覚まし時計をしかけている。

 その甲斐あって、今回は無事買えた。

 綺麗なサシの入った美しいお肉。これで100g1,800円。一口で数百円分だと思えば震えるけれど、この一年、なんとか生き延びたお祝いに贅沢してもいいはずと自分自身を納得させる。

 その後、帰宅し、肉を冷蔵庫に閉まってから、野菜の調達に取り掛かる。駅前のスーパーで白菜と長ネギ、シイタケ、エノキ、白滝、焼き豆腐を購入した。ちょっと前まで1袋100円で売っていた春菊が300円に値上がりしていた。むむむ。あのとき買っておけばよかったと後悔しつつ、他のお店だったら安いかも移動を決める。

 ところが、探せども探せども、300円より安い春菊は見つからない。挙句の果てに、うちから徒歩三十分のスーパーにたどり着くも、400円だから泣けてくる。結局、最初の300円が最安値だった。とはいえ、いまさら戻るのも大変だし、春菊のないすき焼きはあり得ないし、諦めて400円で買うことにした。

 さて、準備はこれで終わらない。割り下を作らなくては。

 わたしは赤ワインで割り下を作る。一時期、大量にハウスワインを頂いたのだが、そのまま飲むには物足りなく、放ったらかしにしていた。年末の大掃除で捨てようと思ったのだが、それはそれでもったいない。で、赤ワインの活用法を調べたところ、牛肉の料理に使うとよいと書いてあったので、割り下に使ったところ、なるほど、これは美味しい。我が家の味になってしまった。

 作り方は簡単。赤ワインと本みりんを同量混ぜて、火にかけ、アルコールを飛ばし切る。そこに砂糖を多めに溶かし、赤ワインと同量の醤油を加え、冷ますだけ。これを一晩寝かせれば、とてもコクのある割り下の完成。

 あとは紅白を見ながら、卓上の鍋で調理すれば完全優勝。わたしは焼いた肉も、煮込んだ肉も同じぐらい好きなので、関西風で始めて関東風に移行するスタイルを採用している。

 ビールを飲んで、肉を食べ、ビールを飲んで、野菜を食べ、ビールを飲んで、肉を食べ。ああ、本当、大晦日って最高!

 むかし、一度だけ、ネット番組の仕事で年越し生放送の現場に入ったことがある。大晦日だからって、別にいつもと変わらないだろうと軽い気持ちで引き受けたのだが、実際、働いてみると、予想以上のしんどさに驚いた。

 大晦日なのに弁当を食べなきゃいけないのか……。大晦日なのに知らない人たちと過ごさなきゃいけないのか……。大晦日なのに怒られなきゃいけないのか……。などなど。

 仕事としては当たり前な出来事の数々に、自分の中でいちいち「大晦日なのに」が枕詞のようについてしまって、ストレスが溜まりまくった。

 もう二度と大晦日には仕事をしない。わたしは密かにそう誓った。

 でも、わたしが仕事をしないで大晦日を過ごすためには、いろいろなところで仕事をしている人たちがいるからなわけで、本当に、感謝してもしきれない。

 つくづく、平穏な時間は特別だ。

 とりわけ、今年は年始から、平穏な時間がいかに特別か、思い知らされるニュースが相次いでいる。すき焼きを食べてきたときには、まさか、こんなことになるとは想像だにしていなかった。なんだか、申し訳ない気分が湧いてくる。

 いつだったらいいって話ではないけれど、きっと、「お正月なのに」と苦悩を抱えていらっしゃる方がたくさんいるはずだ。

 運よく、平穏なお正月を過ごせたわたしに、できる協力があるのなら、可能な限り協力しなくては。大変な一年をなんとかみんなで乗り切るためにも。

 改めて、そんなことを思ったりした。



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