ジェームス・タレル《光の館》宿泊レポ
”空は青い”なんて嘘では?
最初に感想を。日没に刻々と変わっていく空の色を、それを囲む天井の照明が際立てて、目の前の光景から一瞬も目が離せなかった。
空が空ではないみたいで、でも、とてもきれいだった。
こんなにシンプルな装置で、自然を”人間の知覚能力について考えさせる道具”にしてしまうとは、ジェームス・タレルよ、あっぱれ。
ご存知「光の芸術家」、ジェームス・タレル
ジェームス・タレルは、1943年カリフォルニア州ロサンジェルス出身。同市のダウンタウンからさらに東にあるポモナカレッジで知覚心理学を専攻する傍ら、数学や天文学などの自然科学を学んだ後、カリフォルニア大学アーバイン校で芸術を研究し、同州のクレアモント大学院大学で芸術博士号を取得している。
金沢21世紀美術館でタレルの作品《ブルー・プラネット・スカイ》を見たことのある人も多いと思う。日本では、光の館(新潟)、21世紀美術館(金沢)の他に、直島にある地中美術館や安藤忠雄設計の木造建築(香川)で作品を見る事ができる。
タレルは光を使った空間インスタレーションで有名。特徴は、自然の美しさを観察する力と、それをシンプルかつ実験的な装置で見せるところだと思う。タレルの作品を見るたびに、自分の感覚が研ぎ澄まされていく気がする。
タレルの作品の見方や代表的なシリーズについては、こちらのnoteがよくまとまっていたのでご参考までに。光の館は、前述の《ブルー・プラネット・スカイ》と同じ「スカイ・スペース」シリーズに位置づけられる。
《光の館》に行くまで
光の館は、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」に展示されている作品のひとつ。第1回の2000年から常設展示されていて、芸術祭(トリエンナーレなので3年に1度の開催)の期間外にも訪れることができる。
宿泊しなくても、館内は見学可能。屋根が解放されていれば、和室から空の移ろいを眺めることができるが、見学は夕方まで。つまり、見学では明るい水色の空しか見ることができないのだ。宿泊した人だけが、夜と朝に天井の照明と空のイリュージョンが起こす特別な"光のプログラム"を見ることができる。(と、PRみたいになってしまったが・・・)
私が宿泊したのは、2022年3月4日(金)~5日(土)。
まだ十日町駅の駅から光の館へタクシーで向かう道路の両側に、5mくらいの雪の壁がある時期だった。
オフシーズンだからなのか、宿泊の1か月前だったのにも関わらず予約が取れ、”アート作品に泊まる”という念願が叶うことになった。
タレルは複数家族の交流を望んでいるらしく、予約状況によっては3つある部屋に1組ずつという形で、同泊になることもあるそう。今回の滞在は貸切だったので作者の意に反するが、じっくり、静かに、満喫させてもらった。
もちろん目当ては"光のプログラム"、《アウトサイドイン》。
日の入りの時間(今回は17時23分から)、日の出の時間(今回は5時23分から)に合わせてプログラムが組まれるのだが、我々は幸運なことに日の入りのほうを見ることができた。というのも、この季節は雪の関係で、屋根の上に積もった雪が凍っていると空を覗くための屋根を開閉できないことがあるそうだ。前日に宿泊した人はどちらも見れなかったそう。(我々も日の出の部は見る事ができなかった。)
《アウトサイドイン -Outside in- 》
プログラムが始まる前は天井からは青空が見え、ときおり上空を通過していく飛行機の残す雲がゆったり流れていくのを眺めながら、「・・・とはいえ、退屈してしまって80分間も見ていられないだろうな~」と思っていた。
そんなまだ夕焼けも迎えていない空を、囲う天井をピンクの照明が照らし出した後は、刻々と変わる視界に夢中で、気づいたら夜になっていた。
ピンク→紫→オレンジ→白→青→紫→赤→…と変化していく照明。
紫のときに見えていた明るい水色の空が、水色に照らされると一瞬で灰色の空になり、白に照らされると今度は真っ青な空に変わる。
"青”といっても、LAWSONのような濃い青から、ティファニーブルーのようなターコイズブルー、Switchの左側ジョイコンのようなネオンブルーまでいろいろ。ローソン色のときは空の青がより深くなるのに、ティファニーブルーのときは空が灰色に見える。
空は青いというこの世の常識を疑ってかかるくらい、紫、緑、灰色に見える、、一瞬も同じ色はなかったように思う。
そして照明の変化はループされていくことから、完全に日没を迎えるまでにあと数周しかないことが途中でわかる。
「プログラムが終わる頃には、真っ黒な空になるだろう。」そう思いながら空を見上げ続けるのだが、もう黒になった!と思っても、照明が変わると、途端に空は灰色や青みを帯びて明るく見える。次はもう真っ黒だろうと何度も思っては裏切られた。ときおりベランダの向こうに目を向けると空はもう完全に暗く見えるのに、天窓へ視線を戻すとまだ全然明るい。
青から黒までの間に何十、何百もの色があった。
明日宿泊する人はまた違う空を見ることになるだろう。
空の色の深さに感動すると同時に、身近にある空のことをよく観察したことがなかったんだなと、自分のことがちょっと恥ずかしくなったのも事実。
タイムラプス動画はこちら。
家屋の一部となっている作品を楽しむ
館内には他にも作品がある。
《浴室 -Light Bath-》
まずお風呂としては広すぎる、そして暗すぎる空間にテンションがあがる。
照明を入れると、光ファイバーで浴槽の淵と自分たちの体が青白く光り出す。浴室横の窓が開けられるので、冬以外は露天風呂としても楽しめると思う。(光の館は豪雪地帯の伝統様式に則った家屋で、冬になると1階部分は木の板でできた"雪囲い"でぐるっと囲われるため、今回の滞在中は外を眺める事ができなかった。)
ちなみに照明を入れても暗いのでシャンプー達を探すのが大変。シャワーのあるところから段差なく浴槽が続くので、水が流れ込まないよう一苦労した。
終わりに
こんな素敵な体験ができて、部屋もお風呂も広々なんて、正直星○リゾートの何倍もお得では?と感じてしまった。(宿泊がメインの滞在目的で、アートがおまけの方にはお風呂の使い勝手やアメニティの少なさなどが不便に感じてしまうかもしれない。)
今年(2022年)はトリエンナーレ開催年で、4月29日(金)から11月13日(日) まで作品も多数展示されると思うので、是非宿泊もしてみてほしい。